上 下
24 / 85
第二章 ルケードの狼姫

9

しおりを挟む
 耳にした途端、憤怒の怒りが心をこみ上げて理性を忘れさせる。
 消し去れ。
 目の前のこの愚か者を。
 殲滅しろーー
 身体が本能に従い、攻撃態勢に映ろうとする。
 その数瞬をアルバートは利用した。
 獣と人の相の子など、所詮は、訓練された暗殺者たちには及ばないんだよ、エイシャ様?
 そう心で嘲笑して彼は行動に出る。
「ほら、脇が甘い」
 怒りが攻撃へと変じる前に、愚鈍な第一王子は隙をついてエイシャの首輪を掴むと一気に引き込んだ。
「はっーー!?」
 気づいた時にはもう遅い。
 視界は反転し、捕まえた後頭部部分の革はそのまま己の気道を締め上げる凶器となっている。
 アルバートはエイシャを引き寄せながら自身はベッドの反対側に降りてしゃがみこんでいた。
 そしてエイシャを引き寄せたまま、仰向けにベッドに倒れこませていた。
 その自重で首がしまるようにアルバートは調節をしながらその首を締め上げる。
「あっー!?
 かっ‥‥‥は‥‥‥!?」
 笑顔で彼は狼姫に声をかけた。
「どうです?
 子供の頃から身体の不自由な弟を、暗殺者から守りながら生きてくるとーー
 こんな芸当もできるんですよ、狼の気高さを失ったお姫様?」
 わざとらしくそう伝えてやる。
 その両手を伸ばしてアルバートを殺すこともエイシャには出来ただろう。
 ただし、息が出来れば、だが。
 いまの彼女の両腕は革製の首輪にかかりなんとかそれを外そうともがいていた。
「さてー‥‥‥」
「がはっ」
 喉が更に閉まるーーエイシャは声にならない声を上げた。
 アルバートは少女が抵抗できないように、再度強く首輪を引くとそこに片足をかけて手を放し、そのままエイシャの上に座り込む。
 両手を塞がれ、それでも少女は蹴りを放ち、アルバートの首を狙って足で首を締めようと反撃に出た。
「だめですねえ、エイシャ様。
 長いスカートはこういう時には両脚を巻き上げるのに好都合なのに」
 片足で首輪をうまく引き込み、そのまま反らした上体のアルバートの頭があった部分に猛烈な勢いの蹴り込みが入ってきた。
 怖いねえ、当たれば即死ものだ。
 美しい両脚をなぜ捨てたのか、あの愚弟は。
 足首まであるスカートはいい捕縛道具にしかならないんだよな。
 腰の部分を抑えつければ、そこから上には足は自由に上がらなくなる。
 スカートに巻き取られた足はそのままアルバートの両腕に抱き止められてこれで抵抗する術が消えた。
「はっーー」
「苦しいですか?
 そうですよね、気道を締めてるんですから。
 このまま後頭部から落として首をへし折ることもできるんですよ?
 甘え過ぎましたね、エイシャ様?
 黒狼の身体能力に…‥‥」
 アルバートは楽しそうに笑いかけた。
しおりを挟む

処理中です...