ギルド嬢のひとりごと

星ふくろう

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プロローグ

異世界から来た少女 1

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 それは夜も更け始めた春の頃。
 いや、春という季節の表現はこの世界にはあるだろうけど、この大陸のこの国にあるかどうかは分からない。
 ただ、やって来てから数か月。
 最初は、雪が膝辺りまで積もる季節からいまは暖かい風情になってきて。
 こんな場末の海に近いところで夜を過ごしても少しばかりの肌寒さを感じる程度。
 あれが真冬だとすれば、その頃の上着を被って寝ればどうにか過ごせる。
 そんな夜に、彼はやってきた。

「よう、暇かい?」

 二本差し。
 故郷の日本の江戸時代でいえば、サムライなんて言葉が似合うような三十代になるかならないかの人間族。

「アッシュ様。こんな夜中に、こんな場末に‥‥‥。追い剥ぎならまだしも、辺りには狐や狼なんて可愛いような悪党も大勢いるんですよ? あなたの命だって、そんなにお安いものじゃないでしょ?」

「命の安さ、な? 俺と斬り合って防げる奴は、こんな辺りにはいないだろう。なあ、アカネ?」

 日本では、いや地球ではまず、見ることの無い髪色。
 彼の髪は‥‥‥まるで透き通るような水色の髪色だった。
 不思議な人たちだ。
 アカネと呼ばれた少女は、ここ数か月で見慣れたそれをいまも面白そうに見ていた。

「それで何の御用です? この青天井。わたしが寝起きしてるのは宿屋でもない、路面の上。雨が降ればその辺りの軒先を借り、雪が降れば寺院に匿ってもらう。日々の生き死になんて仕事も無い、この身を売るようなそんな身ですよ?」

 わたしのような汚い女といちゃいけませんよ?
 そう語るアカネに、だからどうした?
 アッシュは面白そうな顔をして微笑んでいた。
 起きれるか、そう言い差し出された手を借りてアカネは半身を起こした。

「こんな場末だろうが、なんだろうがこの世には関係ない。故に俺にも関係ない。俺は好きに生きる、その為の冒険者だ。つまり、お前にも気がねなどすることはない。そう言いたいだけさ」

 ほら、一献どうだ?
 どこから仕入れて来たのか、魚の干物を焼いたものを紙にくるみ、彼は土瓶のようなものに酒を入れて持っていた。

「まあ、呆れた。アッシュ様、また御実家にお戻りになられてないんですか? おふくろ様にお叱りを受けますよ?」

 その名前を出すな。
 アッシュは渋い顔をして、アカネに盃代わりの小瓶を渡した。
 まあ、この人。
 わたしに会うなんて口実を作って‥‥‥行き場を無くして適当に来たわね?
 アカネはそんなことを思いながらそれを受け取った。

「ねえ、アッシュ様。あちらの世界ではまだわたしは未成年。十六にもならないってお知りですか? この世界の法は知りませんけどね?」

 注がれる杯を掲げて、少女はそれをそっと喉に注ぎ込んだ。

「心配するな、それは酒ではない。神殿から頂いてきた、神水だ。こんなものにでも入れなきゃ、神官共‥‥‥また業つく張りの面の皮が厚くなるからな」

「ああ、そういうこと。どうりで、お酒の味じゃないのね。なんでこんな高価なものをわたしなんかに?」

 アカネは覆っていた上着をそっと取ると、その全身を明らかにした。
 太ももまでないプリーツのスカートに、紺色のブレザー。
 その下には白い、なぜか色褪せないワイシャツがある。
 あちら側。
 地球の日本にいた頃には、女子高校生なんてブランドを掲げて夜を遊んでいた。
 たまたま季節が冬の渋谷で人気のない路地に差し掛かったところを誰とも分からない影に出会った。

「気づいたらこんな異世界、か。なんの因果でしょうね、アッシュ様。男なら誰にでも身体を任せて日々を生き抜くばかり。黒色のアカネなんて、無粋な通り名までつく始末。ねえ、旦那?」

 アカネはこの年齢の少女には見ることができないほどの色気のある。
 艶やかな視線をアッシュに向けた。
 まあ、食えよ。
 そう言うと、彼は魚を焼いたものを差し出した。

「お前のような春を売る女はこの王都には大勢いるし、どこにもあれだ。縄張りがあるというが、こんな材木置き場で夜を過ごさなきゃいかんような人生も物悲しいもんだ。まあ、夜の星々の恩寵だけは‥‥‥素晴らしいものだが」

 アカネはまるで世間知らずのようなことを言う彼にクスリと笑みを漏らした。

「冒険者なんて言われながら、その内実はおふくろ様から逃げたいだけの旦那。可愛いもんですね、今夜は何があったんですか? 御屋敷も不在にされれば、お困りになられる臣下の方々もおられるでしょうに?」

 この世界。
 ハルフゲインという名前らしいが。
 悪魔だのデーモンだの、魔法使いだの、魔王だの勇者だの。
 文化ははるかな中世ヨーロッパのようでいて、どこか日本臭い。
 江戸時代?
 いや、そこにアカネは産まれていないから知る術はない。
 だが、国が。
 この七の国、ハイフの王都ナルシアは北方に位置し、その足元にははるか古代から続くダンジョンがアリの巣のように張り巡っているという。
 この国は、どこか故郷に似た匂いを残していた。
 言葉もわかる、文字は読めないということにしているが計算などは何も変わらない。
 ただ、異世界の人間は‥‥‥まともな職には付けない。
 それが、この国の法律だった。

「いいんだよ、屋敷とはいえ家柄だけが良い、貧乏貴族の家だ。家人もせいぜい三十人もおらん。俺の妹夫婦に任せておけばいいのさ。当主はあっちだしな」

 ふうん、前の宰相様が貧乏貴族?
 まあ、いいか。興味がないと忘れることにして、アカネは贅沢ですね、そう言い神水を再度、あおった。

「美味しい。身体が癒されるようですよ、旦那」

 普段、この時間より少し前までは客を取る時間だ。
 避妊具なんてものはない。
 相手は悪魔から獣人、オークでもゴブリンでも。
 人間でもいい。
 この王国の国民として籍がある証明を持って入れば、客取りは許された。

「その、なんだ。こんな大きな樽というか桶というか。こんなものの中で狭くないのか?」

「桶?」

 ああ、とアカネは自分の寝ぐらを見あげて納得する。
 そういえば、ギリシャ時代にこんなものに住んでいた哲学の徒がいたと聞いたことがある。
 自分も変わらない生活をしているんだな。
 そう思い返すと、懐かしさに心が寂しくなった。

「狭いですよ? まだ亜人や獣人、旦那みたいな人間ならいいですけどね。オークの旦那方なんて、あれも大きいし、この身体に入るようになるまで随分‥‥‥」

 痛みに耐え抜いたもんですよ。
 それは言葉にせず、アカネは黙々と魚の干物を裂いてアッシュに渡し食べさせていた。

「お前、俺に食べさせてどうするんだ。これはお前用に‥‥‥」

 ふふっ、とアカネは微笑み新たに裂いた魚を渡す。

「いいんですよ、旦那。こんな人にも満足になれない身分の女には、この魚ですら、御馳走なんですから。わたしの口には勿体ない」

 でしょ?
 試すような視線を受けてアッシュは言葉に詰まった。
 このハルフゲインには年に数人、アカネのような様々な異世界からの来客が訪れる。
 彼等は奴隷以下の存在。
 マールと呼ばれて、女は身体を売り、男は鉱山などの日雇いに身をやつす。
 それが、この国の方針だった。
 それも、マールという身分を与えられ、異世界の人間が属するギルドに登録し所属しているれっきとした仕事なのだから。

「それでも、俺はお前が好きだ」

 不意の言葉に、アカネの手が止まる。
 まるで子犬の口にエサを差し出したような手つきのまま、固まってしまった。

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