ギルド嬢のひとりごと

星ふくろう

文字の大きさ
3 / 40
プロローグ

異世界から来た少女 2

しおりを挟む
 いきなりなにを言いだすんだろう、この人は。
 アカネは思わず聞き返してしまった。

「旦那?」
「ああ、いや‥‥‥こうやって俺の不満に、な。付き合ってくれる者も数少ない。そういう意味だ」

 ふっとアカネは優しく微笑んだ。
 そんな優しい言葉、もう何千回聞いたことか。
 この身を抱く男どもは誰もがその言葉を必ず、二度は言って帰る。
 一度目は抱く前の雰囲気作りに、二度目は、次に会う時ように。
 少しでも、アカネの心に彼等の面影が残るようにして去って行くのだ。

「ええ、そうですね。そんなお言葉、特に旦那から頂いた日には‥‥‥さて、春になったというのに。季節外れの雪でも舞い散るかもしれませんね?」

 アッシュが持ってきた魚の八割は彼の腹の中に収まってしまった頃。

「旦那、これ本当に神殿の神水だけですか? どうにも、旦那のお顔が赤いような気がしますけど?」

 世界から異世界へ。
 物理現象の壁を乗り越えたからか、姿は元の世界のままに。
 アカネは歳を取らず、病にかからず、空腹にもならず‥‥‥怪我をしても、ある事件で足をもがれてたことがあったがそれでも、肉体は再生した。
 異世界人は不死にして食糧要らず。
 排泄すらも必要がない。
 おまけにー‥‥‥この世界にはない知識を多く持っている。
 有用なものは王宮内で軟禁され、無能なものは市井で最下級の暮らしをさせ精神を崩壊させる。
 それが現国王の考えた方策。
 そんな異世界の人間に、こうしてたまにだが酒だの食事だの。
 寂しさをまぎわらせてくれるアッシュのような存在は珍しくて仕方がなかった。

「んん? さて、な。まあ、多少の聖水は入っているかもしれんな。いいではないか、このような暖かな夜だ。たまには愚痴に付き合ってくれんか?」
「もう、肴も残り少ない時に愚痴ですか? で、何があったんです? また嫁取り? それとも、おふくろ様のあのご贅沢のせいで借金取りに追われていたりするんですか?」
「お前は俺の行動を見抜いているように言うやつだな‥‥‥。嫁取りなど、随時、国王陛下からお声がかかっているわ。逃げ回るために、冒険者に身をやつしたというのに、内務大臣まで‥‥‥あのジジイ。まだあきらめる風情がないと見える」

 ジジイって。
 アカネは面白くてついつい笑ってしまう。
 王家に連なる血筋でありながら、最下級の貴族であり、それでいて王に拝謁できる家柄だけは最上位の貴族の長男。
 それが、彼。
 アッシュ・スナルフェーゼン侯爵だった。
 いや、家督は妹の夫が継いでいるからいうなれば、子爵か。

「だって、アッシュの旦那。あのクロウ様やアスラン様と同じ高家、つまり王家に連なる血筋の文官様がこんな場にいるなんて。どこぞの三文芝居にも登場しない筋書きですよ。まったく困った御方」

 あら、もう肴も無くなりましたねえ?
 アカネはさてどうしたものか、そう小首を傾げた。
 アッシュは酒に弱い。
 もうほろ酔いに酔い、その身をアカネに預けるようにして太ももに頭を置いていた。

「旦那。風呂にも入っていないこんな身に、お身体を預けたら汚れますよ?」

 この世界に着て風化しないのはアカネの身体だけではない。
 その衣装もまた、時間が止まったように劣化することなく綺麗なままだった。
 ただし、埃もかぶればこんな樽のようなものの中に寝ぐらを持てば、妙な臭いもまた‥‥‥。
 男たちに抱かれたその臭いすらも残るだろう。
 だが、彼女に水を与えるような者は誰もいない。
 井戸を使わせてくれることすらなく、人目につかない小川まで行き、身体を洗えるのは数日に一度だ。

「まるで、生き地獄ですよ、旦那」

 もう、夢の世界の入り口にいるのだろう。
 アッシュは、一人なにかを叫んでいた。

「母上、いやしばらく、いましばらく。仕方がないではありませんか、我が家には少ない給金しか頂けぬのです。父上の頃のような豪奢な料理など‥‥‥!!!」

 多分、舌が肥えていると噂のおふくろ様に叱られている夢でも見ているのだろう。
 散々、その趣味の高尚さに金がかかり、長男ということで兄弟姉妹から先に逝った父親の残した遺産を分捕られ母親だけを押し付けられている人の良い元高級文官。
 あーあ、こんなになるまで酔ってしまって。
 可愛い人。
 わたしなんかの足にそのお顔を埋めて眠るなんて。

「起きていれば満足させて差し上げるのに。いつも早く寝るんだから‥‥‥」

 恋人でもない、愛人でもない。
 妾でもなく、友人以上の距離を縮めないかと思えばこうして甘えてくることもある。
 だけど、身体を求めたことも預けたこともない。
 あの冬の夜。
 いつの間にか紛れ込んだこの異世界で、奇遇か縁か不遇なのか。
 この場で寝ることと客取りを許されるように計らってくれたアッシュ。
 彼には感謝しかなかった。

 そして、不意に足元から返ってくる言葉。

「すまんな」

 太ももの間に顔を埋めたまま、アッシュは静かに言った。

「あら、起きてたの?」

 しかし、それに返事はない。
 いつもはこんなに迫ることもないのに、その手は胸に伸びていた。

「旦那、もう客取りの時間は終わってるんですよ? あの塔の大時計が鳴り終わるまでが許された時間。いますれば‥‥‥」
「知っているさ。そこまでは求めてない。ただな‥‥‥俺に力があればお前たち異世界の住人の待遇ももう少しはましにできたものを」

 悔やむように顔を上げないで言う彼はとても悲し気だった。

「真冬でしたね‥‥‥出会ったのは。あの夜から世界が繋がったのか。わたしが初めてだったのかわかりませんけどね」
「そうだな。あの雪の夜に、道端に寝転んで雪に半ば埋もれていたお前に出会ったのが妙な縁だな。なあ、アカネ‥‥‥」
「なんです、旦那?」

 俺の屋敷に来ないか?
 俺の女にならないか?
 そう言いたいが、あの母親は良い顔をしないだろう。
 だが、俺はお前が気に入っている‥‥‥
 言いたいが言えない。
 そんな関係が続いて、そして、今夜。

「あのな、ギルドの受付嬢にな。空きが出来たんだ。算額がまともに出来れば、文字はおいおい読めればそれでいい。どうだ、やってみないか?」

 ギルドの受付嬢?
 こんな、場末の薄汚い女に?
 アカネはおかしくて苦笑してしまった。

「続くとお思いですか、旦那? ギルドなんて、良くは知りませんが。それでも、国の機関なんでしょ?」

 わたしのような身分を保証してくれる後見人がいない人間が入れるわけないじゃないですか。
 そうアカネはささやいた。

「それな、ああ、そういう問題もある。公的なものならな」
「なら、なんです?どなたかの豪商かお金持ちが私設に作られたものでも?」
「私設というよりは、冒険者に限らず、多くの技能を持つ者たち。盗賊、殺し屋、スリ、冒険者に、中には教会関係もな」

 教会?
 この神水を与えて下さった教会?
 アカネはこの国の情勢に明るくない。
 教会といえば、あの青い月。
 天空に浮かぶ、赤、青、銀の三連の月の真ん中。
 青い月の女神フォンテーヌを崇拝するフォンテーヌ教会しか思い浮かばなかった。
 世界各地に支部があり、辺境の人がいるかいないかの村にすらもその支部があるという。

 教会、ね。
 そんな大組織、あの時代。
 平成から令和へと年号が変わった地球にも無かったな。
 アカネはそう思った。

「それって、教会の意向とかそんなものですか旦那? いいんですか、異世界の人間に肩入れしたなんて‥‥‥国王様に知れたら」

 アッシュは埋めていた顔をひるがえして下からアカネを見上げる。

「変わらず綺麗な顔だな、お前は。まるで、フォンテーヌ様のようだ‥‥‥」

 アカネの髪に触れ、彼はそっとささやいた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。

ねーさん
恋愛
 「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。  卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。  親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって─── 〈注〉 このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

処理中です...