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第一章 緑の水晶と山賊たち
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しおりを挟むしかし、いつまでもそんな弱い女ではアッシュに笑われてしまう。
気を取り直して、辺りを観察することにした。
「さて、と。そんな感慨深いのは後にして運河沿いだとあるのね、あそこと同じような材木置き場」
辻馬車はそのまま王都の外塀を抜け、内側の華やかな街並みへと差し掛かる。
マールは与えられた区分け地と呼ばれる地域からの出入りを禁じられていたから、この光景は茜にとっては初めて目にするこの世界の豪奢な建築が目を引いた。
ガス灯でも電灯でもない灯りが定期的な間隔を開けて、辺りを照らし出している。
「へえ‥‥‥日本でも、住宅街とかならここまで明るくないのに。月明かりを数倍集めたような感じ。どうなってるんだろ‥‥‥」
昼間とはいかないが、それでも目に優しい灯りが夜を包みこんでいて王都自体が夜のようで昼のような。
そんな不思議な空間に包まれているようにも思えて、茜は辺りをついつい見渡してしまっていた。
「河の水、そのまま引き入れて。まるであれね、水の街みたい‥‥‥なんで、こんなに暖かいんだろ」
王都の塀の外と内とはまったく体感温度が違っていた。
魔法‥‥‥?
不思議な世界ね、本当に、不思議な世界。
茜はその世界に見入ってしまっていた。
「旦那、そろそろ、東の果てですぜ?」
ふと、御者席から車内にいるアッシュに声がかかる。
彼はそれに相槌をうったのか茜からは分からなかったが、内堀外というだけあって幅の広い堀の外で辻馬車は止まる。
「待たせたな、茜。おいで、さ、ほら」
降りてきたアッシュは、まるで宝物でも扱うと言うか。
お姫様にでもなったかのような気分にされそうな扱いをして、優しく茜を荷台から降ろしてくれた。
「旦那様‥‥‥いけません。わたしはマールでございますよ?そのような光景、人に見られましたら‥‥‥申し訳ありません」
御者がなんだこの態度のでかいマールの女は?
そんな目つきで睨みつけているのを茜は見取っていた。
マールの謝罪は‥‥‥そう、犬のように地面に伏せてするものだ。
日本で言えば、土下座よね。
なんて情けないんだろ。
そう思いながら、茜は深々と伏せて謝罪をする。
御者から見ればアッシュは殿上人。
茜風情が声を交わし、顔を見ることも許されない。
それが、身分だ。
「旦那、あんまり甘やかしたらいけませんぜ? そいつらは、犬畜生と同じ。股を開いて生きるしか許されない、そんな奴隷以下なんですから。さっさとそんな御大層な服なんかひんむいて、四つん這いにでもして首輪を引いてやりゃいいんですよ。ムチでも棒でもいいから、叩きつけて躾けりゃいいんです。どうせ、死にはしないんですから。マールなんて、生きたオモチャなんですぜ?」
御者はやってきて、茜の頭をその靴底で踏みつけようとする。
こんなやつ、なんでそう大切にするんです?
そう、アッシュに問いかけながら足をあげたそれを――
「おい、御者。身の程をわきまえろ。これは、俺の持ち物だ。意味がわかるな?」
アッシュはさっと手でその足を払いのけた。
持ち物。
その指摘に御者は青ざめた顔になる。
危うく、侯爵様のご機嫌を損ねるとこだった。
そう、慌てて謝罪を述べると彼はさっさと逃げてしまった。
「茜‥‥‥すまん。立てるか?」
これがこの国の腐ったところだー‥‥‥。
アッシュはそうぼやく。
ダメですよ、そんなこと言ったら。
茜はそうアッシュをいさめた。
彼は侯爵様。
いまはまだ、誰かに聞かれただけで彼の身分が危うくなる発言をさせることは茜の失態につながる。
「お互い、難しい役どころだな。お前を抱いて寝たいものだ、今夜は、な」
荷物を持ちあげてそう言うアッシュは、ふと、歩みを止めてしまった。
どうしたのかしら?
茜が彼の視線の先を見ると――
「あら。門が閉じられていますね、旦那様? もしかして、時間がくれば――」
「そうだ、門が閉じられる。
しまったな‥‥‥こんな遅くに出入りするなどあまり経験がないからつい、忘れていた」
ふうん、ならその辺りで夜を過ごしますか?
あの材木置き場とかなら、夜露くらい凌げそうだけど。
茜がそう言い、アッシュは先に行っておいてくれ。
すぐに追いつく。
そう言い、どこかに消えてしまった。
「どこ行ったんだろ? ま、いっか‥‥‥」
懐かしい、切り出された杉やヒノキに似た木材の香り。
多分、昼間はこの場で働く誰かがテーブル代わりにしているのだろう、巨大な丸太と手頃な丸太が数個。
イスとテーブル代わりになるわね。
「待たせたな。露店でな、腹に入れるものを仕入れてきた」
茜がそこに腰かけているのを見つけたアッシュは、手に酒瓶と何やら良い匂いのする料理を持ち帰り用の容器のようなものに入れて運んできた。
「あら、旦那様。まさか二人分買ってきたの?」
「いや、そうだが‥‥‥ああ、そうか。空腹にもならないのだったな‥‥‥」
「いいですよ、お酒のお相手は出来ますから」
寝床で飲んでいた時の器を出して、酌をしていた時だ。
材木置き場の裏側に通う河沿いで、何やら激しい怒声と共に聞こえてきた音。それは――
「剣戟の音だな!? 何があった?」
「あ、ちょっと、旦那様?」
ここにいろ、そうアッシュは言い音のする方向へと走り込んでいく。
いろなんて言われても、ついていく方が面白そうだし。
茜はそっとその後を追いかけた。
荷物、盗まれないといいんだけど。
そう思いながら、アッシュが曲がった角に茜が達した時。
茜は国内でも五本の指に入る剣術使いだと豪語するアッシュと対峙する十数人の黒服たち。
十数本の鋼の雨が降る中、易々とそれらをさばき斬ることなく打ち倒していく彼の凄腕に見惚れてしまっていた。
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