この約束を捧げるのはあなただけ。

星ふくろう

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届いた手紙

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 ある夜、夢を見ました。
 あまりにも悲しく、最悪なもの。
 その内容に目覚めた朝はショックで吐きそうになったほど。
 あれは最悪の体験。
 その中で私の最後は、あっけなく訪れたのでした。

「なあ、アミュエラ。
 僕は跡継ぎが欲しいんだ。
 産まれないこどもを待っていれるほど、我が家はのんびりとしていられないのだよ」
「でも、旦那様!
 わたしが全て悪いと言われるのですか?
 あなたを待っていたあの四年間で結婚が遅れたのは、戦争が原因だわ。
 その間、わたしは老けるばかりです。それを悪いと言われるの?」
「結婚が遅れたのは、神の意志だ。
 だが、子供ができないのは君の責任だよ、我が伯爵夫人。
 君にたいする愛よりも、いまは――」

 そう言って、夫が抱き上げたその赤子は彼が戦場から連れ帰った愛人が産んだ存在でした。

「このステイシアの子供、アランがいるからね。
 我が家は安泰だ。
 君は実家に戻ってくれないか?
 これは命令だ。静かに従ってほしい」
「‥‥‥そう、旦那様。あなたは結婚前の不貞を恥じることもなく、正妻に出て行け、と。
 そうおっしゃるのね。神の御前でのあの約束はどうするのですか?
 生涯――」
「君だけを愛する。そして、添い遂げる、か。
 やめてくれ、アミュエラ。
 そんなものは口約束にも等しい。
 第一、この子の母親であるステイシアとは結婚前からの付き合いだ」
「本当にひどい人。
 あなたに神の罰がくだるといいわ!!」

 その――たった一言が問題でした。
 呪いの言葉を吐いた。
 夫はそういい、わたしを教会に売ったのです。
 子供を産めない、悪魔に魅入られた魔女として‥‥‥

 教会にとって魔女であるかどうかは関係ありません。
 魔女裁判は、民衆にとっての快楽、貴族の処刑は貧乏に不満をもつ彼らにとっての数少ない娯楽でした。
 処刑の檀上でしずかに述べられる処刑役人の口上はたんたんとしたもの。
 それを聞きながらわたしは神に祈ったのでした。

 彼の愛は偽りでした、神様。
 どうか、正しき処罰を与えてください、と。

 そして、振り下ろされる冷たい刃にわたしはその生涯を終え‥‥‥再び目覚めた時。
 そこは、あの結婚式の数年前。
 このことに奇跡を感じたわたしは、そっと神に祈りをささげたのでした。

 

 四年後――


(愛しのアミュエラ。
 元気かい?
 僕は視界が揺らぐような熱い南の地で任務についている。
 戻れるのは、再来月になるだろう。
 君との結婚を楽しみにしているよ)

 見慣れた筆跡とともに、彼は愛の言葉を文面で語っていた。
 南方にある隣国との国境線。
 そこを進軍しようとする亜人の王国と、我が帝国の陸軍がにらみ合いに入ってはや半年。
 わたしは二度ほど延期され、中断さされた結婚をようやく迎えることができるとその時は喜んでいた。

(御機嫌よう、愛しのカール。
 あなたのフワフワな綿毛。
 色といい、触り心地といいまるで金色に燃え盛るたんぽぽのようなその髪色が懐かしく思えます。
 三度目の結婚式は、親戚や友人たちにこんどこそと言わせるような盛大なものにしたいわ。
 どうか、戦争で怪我などしないように願っています)

「‥‥‥愛する、あなたのアミュエラより、と‥‥‥」

 いいのかしら、こんな陳腐な文面で彼はなっとくする?
 それとも、最初の帰途の予定から、すでに二か月ほど延びている今回の遠征。
 まだまだ、王国との折衝は芳しくないみたい。
 ここは西の王都で、彼は南の辺境にいる。
 わたしは見知らぬ、戦場の香りと足音を聞いたような気がしながら、そっと手紙にロウで封をしたのでした。

「カール?
 あなた、生きて帰ってくるわよね?」

 その独り言に近い神様への願いが、無事に叶えられたのは丁度、三か月後のこと。
 その姿はとても美しいものでした。
 彼はまた、連れ帰るのでしょう。
 あの、銀色の髪と緑色の瞳をした純朴そうな、奴隷の少女――ステイシアを。

「不貞は二年前から、よね?
 カール、今度は許さないから。
 あなたを愛しているのは、わたしだけよ」

 二人の帰還の日を待ちながら、わたしはそっと手紙を送り返したのでした。
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