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遺された贈り物
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ほうっ‥‥‥。
大きくため息が漏れました。
エバンス様が庭の石畳をカッ、カッと神経質な足取りでそれでいて単調なテンポを静かに鳴らし、朝日を受けとめた枝葉がそれとなく、その音を受け止めて消し去ってしまうようにして、彼の姿が消えたとき。
閉じたはずの玄関の扉をそっと開いて薄めで覗き込むようにしていた私は、ようやくの安堵を得たかのような気分になりました。
姉のリドルの真似事をしたことは、決して許されることではありません。しかし、あの場でアミュエラでございます、と間の抜けた亡者のように認めていたらどうなったか。エバンス様の私に向ける視線は、リドルに向けるよりも更に深みと哀愁の増したものとなり、この心は与えられた書類から推察される愛すべきカールの優しさを強く拒絶していたでしょう。
でも、まあ‥‥‥あの御方はもう二度と、当家にはお越しにならないはず。
そう思うと、一部始終を黙って見ていてくれた侍女たちには申し訳なさと、感謝が絶えないというべきかそれとも黙っているようにと口止めするべきか。
どうしようかしら、一人で迷走している私に対して、彼女たちが向けてくれた言葉はしかし、予想外のものでした。
「‥‥‥お嬢様」
「はっ、あ、ええ‥‥‥何かしら?」
お父様、お母様も含め、リドル御姉様にも知られれば叱責をいただくかもしれない。
これは何も褒められたことではないのだから。
「お可哀想なお嬢様。
カール様を亡くされた上に、まさか‥‥‥贈られる物が奴隷などと、まるで古い時代の悪癖をそのまま受け継いだようにしか思えません」
「あなた、彼を悪く言うのはおやめなさい。
カール様はどんなものであれ、私に愛の証をしめそうとしてくださったのですから。
その思いを否定することは、死者への冒涜になりますよ」
「お嬢様。
申し訳ございません。
一番辛いのはお嬢様なのに――」
「いいのよ‥‥‥。
人の生き死には誰にも読めないと言われているもの。
何よりカール様が生きているのか死んでいるのかの判断もつかないより‥‥‥まだ、ましですわ」
「お嬢様。
ですがリドル様の真似事はいささかやり過ぎかとも存じますよ?
旦那様と奥様にはどうなさいます?」
「どうもこうもないわ、あなたたち。
お叱りをいただくよりも同じような憐みと、カール様の見識のなさを世間に知らしめることのないように計らうでしょうね。
はあ‥‥‥」
二度目の大きなため息。
侍女たちも呆れ半分、それでいて同性であることからの悲しみと主に向けられた元婚約者からの非礼に対する怒りも含んでいたのかもしれません。
その朝はこうして重たい悲しみと深いやるせなさを私に与えて始まったのでした。
******
「お嬢様、書類をお忘れです」
「あら‥‥‥ありがとう。
二階で――しばらく休むわ。
何か運んで頂戴」
「かしこまりました。
お食事がとれるようであれば‥‥‥少し安心いたしました」
空元気かもしれないかもね、そう言い私は侍女の一人から床に落としていた書類。
あの譲渡契約書を受け取ります。この白い紙面のたった数行の文字とサインだけで、誰かの身体をその人生を簡単に左右するなどと我が身がもし、そうなればどうなるかという想像を先人たちはしなかったのでしょうか?
その意味では侍女の言う悪癖という言葉はどこか正しいものだったような気がしました。
ただ、我が家の侍女たちは姉上やお父様、お母様への注進は控えることはないでしょうから、今夜にはお叱りと慰めを頂くことになりそうです。
「安心してもらっても困るのよ?
これから夜にかけて私には良いことはないのだから」
「それは致し方ありません。
お嬢様のなさったことでございますから」
「辛辣ね、でも、それでこそ任せていられるというものだけれど。
休みます、あとで何か持ってきてね」
「はい、お嬢様」
その返事と心配そうな視線を背に受けて階段を一歩一歩、踏みしめるようにして私は二階にある自室に戻りました。
‥‥‥そう、カール様は戦死なされたのね。そして‥‥‥あの愛人だけが生きている。
悪夢だわ。
軽くない目まいを感じて私は自室のソファーに座り込んだのでした。
大きくため息が漏れました。
エバンス様が庭の石畳をカッ、カッと神経質な足取りでそれでいて単調なテンポを静かに鳴らし、朝日を受けとめた枝葉がそれとなく、その音を受け止めて消し去ってしまうようにして、彼の姿が消えたとき。
閉じたはずの玄関の扉をそっと開いて薄めで覗き込むようにしていた私は、ようやくの安堵を得たかのような気分になりました。
姉のリドルの真似事をしたことは、決して許されることではありません。しかし、あの場でアミュエラでございます、と間の抜けた亡者のように認めていたらどうなったか。エバンス様の私に向ける視線は、リドルに向けるよりも更に深みと哀愁の増したものとなり、この心は与えられた書類から推察される愛すべきカールの優しさを強く拒絶していたでしょう。
でも、まあ‥‥‥あの御方はもう二度と、当家にはお越しにならないはず。
そう思うと、一部始終を黙って見ていてくれた侍女たちには申し訳なさと、感謝が絶えないというべきかそれとも黙っているようにと口止めするべきか。
どうしようかしら、一人で迷走している私に対して、彼女たちが向けてくれた言葉はしかし、予想外のものでした。
「‥‥‥お嬢様」
「はっ、あ、ええ‥‥‥何かしら?」
お父様、お母様も含め、リドル御姉様にも知られれば叱責をいただくかもしれない。
これは何も褒められたことではないのだから。
「お可哀想なお嬢様。
カール様を亡くされた上に、まさか‥‥‥贈られる物が奴隷などと、まるで古い時代の悪癖をそのまま受け継いだようにしか思えません」
「あなた、彼を悪く言うのはおやめなさい。
カール様はどんなものであれ、私に愛の証をしめそうとしてくださったのですから。
その思いを否定することは、死者への冒涜になりますよ」
「お嬢様。
申し訳ございません。
一番辛いのはお嬢様なのに――」
「いいのよ‥‥‥。
人の生き死には誰にも読めないと言われているもの。
何よりカール様が生きているのか死んでいるのかの判断もつかないより‥‥‥まだ、ましですわ」
「お嬢様。
ですがリドル様の真似事はいささかやり過ぎかとも存じますよ?
旦那様と奥様にはどうなさいます?」
「どうもこうもないわ、あなたたち。
お叱りをいただくよりも同じような憐みと、カール様の見識のなさを世間に知らしめることのないように計らうでしょうね。
はあ‥‥‥」
二度目の大きなため息。
侍女たちも呆れ半分、それでいて同性であることからの悲しみと主に向けられた元婚約者からの非礼に対する怒りも含んでいたのかもしれません。
その朝はこうして重たい悲しみと深いやるせなさを私に与えて始まったのでした。
******
「お嬢様、書類をお忘れです」
「あら‥‥‥ありがとう。
二階で――しばらく休むわ。
何か運んで頂戴」
「かしこまりました。
お食事がとれるようであれば‥‥‥少し安心いたしました」
空元気かもしれないかもね、そう言い私は侍女の一人から床に落としていた書類。
あの譲渡契約書を受け取ります。この白い紙面のたった数行の文字とサインだけで、誰かの身体をその人生を簡単に左右するなどと我が身がもし、そうなればどうなるかという想像を先人たちはしなかったのでしょうか?
その意味では侍女の言う悪癖という言葉はどこか正しいものだったような気がしました。
ただ、我が家の侍女たちは姉上やお父様、お母様への注進は控えることはないでしょうから、今夜にはお叱りと慰めを頂くことになりそうです。
「安心してもらっても困るのよ?
これから夜にかけて私には良いことはないのだから」
「それは致し方ありません。
お嬢様のなさったことでございますから」
「辛辣ね、でも、それでこそ任せていられるというものだけれど。
休みます、あとで何か持ってきてね」
「はい、お嬢様」
その返事と心配そうな視線を背に受けて階段を一歩一歩、踏みしめるようにして私は二階にある自室に戻りました。
‥‥‥そう、カール様は戦死なされたのね。そして‥‥‥あの愛人だけが生きている。
悪夢だわ。
軽くない目まいを感じて私は自室のソファーに座り込んだのでした。
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