この約束を捧げるのはあなただけ。

星ふくろう

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権利のない階級

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「アミュエラ、起きていたのか」
「はい、お父様。
 ご心配をおかけしました。
 もう――多分、しばらくは大丈夫です。
 多分」
「しばらくでなくてもいい。
 苦しい時は休むことも大切だ。
 何よりお前が一番辛い目に遭っているのだからな」
 
 そう言い、朝食の席に座る前に抱きしめてくれた父親はやはり、とてもありがたいものでした。
 とは言っても舞台に出てくるような大広間でたくさんの使用人を使って食卓を囲む……そんな時代は十六世紀には姿を消しています。
 暖炉と水道の発達により、各自がそれぞれの部屋で食事をすることが当たり前になった昨今。
 我が家でも、朝の挨拶は交わすものの一家団欒というのはソファーに座り、テーブルを囲んでの午後からのひと時くらいでしょう。
 いまはまだ会話の時間ではない。
 そう思っていたのですが、お父様に書斎へと呼ばれたのはそれからすぐのことでした。

「アミュエラ。
 来たか、まあ座りなさい」
「はい、お父様。
 お呼びになられたのはやはり、あのお話の続きでしょうか?」
「うむ、まあそれもあるのだが。
 お前が会ったのは、陸軍のエバンス殿で間違いないのだね?」
「……?
 そう、ですが。
 それがどうかしましたか?」
「うん、そうだな。
 どのような人物だった?」

 どのような?
 不思議な質問に小首をかしげつつ、私は数日前の朝を思い出します。
 まだ朝早く靄がかかっている中をやってきたあの方。
 陸軍犯罪捜査局、エバンス捜査官。
 階級は二等。
 所属は陸軍南方方面司令部の所属。

「大柄な方でした。
 カール様と同じ陸軍の軍服に身を包み、南方の所属のせいか日に焼けた肌でした。
 茶褐色の髪に青い瞳だったと思います。
 それがどうかしましたか?」
「そうか。
 なら、私が会った人物と同一人物らしい。
 それはそれでいい」
「会われたのですか?
 彼は書類を届けに来たと言っていましたが……?」
「そうだね、アミュエラ。
 しかし、それだけではないのだよ。
 犯罪捜査に訪れた、とも言ってはなかったかな?」
「ええ……確かに、そうおっしゃっていました。
 すいません、お父様。
 お姉様の名前を使ったことは反省しております」

 そう告げると、父は仕方のない子だ、とあきれていました。
 でも声高に叱るわけでなく、そうしたかった気持ちもわからないこともない、と。
 どちらかといえば、同情のまなざしを向けられたほうが私には辛いものでした。

「そのエバンス殿だが。
 少しばかり階級と役職が異なるようでな。
 それで確認したのだ」
「役職が異なる……と言われますと?」

 うん、と父は困ったような顔をして私に向き直りました。
 これはまだ他言無用だよ、とそう前置きをして話が始まります。

「まず、彼は二等兵などではない。
 捜査官ともなれば、軍曹などの役職がつく」
「はあ……」
「つまり、下士官ではないということだ」
「でもお父様、軍曹であれば下士官では??」

 あまり軍隊の制度に詳しくはありませんが、士官であることは間違いがないような気がします。
 それは在りし日のカールが、何かの話題で上官は軍曹殿で下士官だ、と言っていた記憶があるからです。
 
「てっきり、二等というから伍長かと私も勘違いしていた。
 しかし、彼は自分で名乗ったのだよ、アミュエラ。
 少佐だとね。つまり、上級士官。まあ、そんなことはどうでもいい。
 単なる捜査官であるには高すぎる役職だ。
 そして、その位にもなれば一人での単独行動などあり得ん。
 そこで気になって陸軍省の友人に聞いてみたのだ」
「えっと、お父様?
 つまり何がどう……?
 あの方は偽物だったとでも??」
「いや、それは違う。
 ただ正式な軍務として動いているのではないということだ」
「お父様?
 的を得ていませんが、私が呼ばれた理由はなんなのでしょうか?」

 父はどこか遠い目をして、重たい溜息を一つつくと目を伏せてしまいました。
 その仕草ははるかな過去を気にかけているように見えてしまい、私にとっては不可解でそれでいてどこかうれしくないもの――軽く苛立ちを感じる仕草でした。
 娘の婚姻の問題、婚約者の戦死、奴隷の贈与契約書に続いて生前の第二夫人などという不貞まであきらかになったこの数日。
 一番面白くも楽しくもなく、お酒に溺れそうになった私の心の悲しみなんて、父はまったくおもんばかる風情がないように見えたからです。

「彼は休暇を取って訪れたらしい。
 それも二か月もの長期休暇だという。この意味が分かるかな?」
「分かりません。
 休暇中の捜査など違法ではないのでしょうか?
 あっ……まさか、休暇という名目をでっち上げると言えば聞こえは悪いですが。
 世間には大きな声で言えないなにかを探しておられる、と?
 そういう可能性はあるような気がします。
 でも、どうなのでしょうか?
 お父様?
 陸軍省のご友人の方はなんだと言われていたのですか??」
「お前は聡いのかそれとも悪知恵が働くだけなのか、たまに分からなくなってしまうよ、アミュエラ。
 いまは多くを語れないというよりは、私もまだ知らないのだ。
 そこで彼に再度、会ってみようと思う。
 もともと、この屋敷をそのために訪れてくれたのだからな?」
「それは構いませんが――お父様?
 私の婚約はどう……?」
「婚約?
 伯爵家の四男の妻になり、あちらに嫁ぐに決まっているだろう?
 それくらいは理解しなさい」
「……はい」

 その宣告は、今の私には死刑宣告よりもつらいものでした。
 
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