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第一章 自由への渇望

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 二人の警護兵が灯りを消し、その場から去った後だ。
 ぼやきながら消えて行くその背にナターシャの悲鳴が突き刺さる。
「待って!
 待ってください!!!
 裁判を、生きるための裁判をーー!!!
 こんな、わたしは魔女じゃないーー!!??」
 しかし、彼らは振り向かない。
 もう聞き飽きたのだろう。
 こんな光景を目にして、そしてその訴える叫び声に。
 彼らはゆっくりと消えて行った。
 徐々に冷えゆく山の冷気と、蒸気熱により奪われる体温にナターシャの意識はもうろうとし始めていた。
「このまま死ぬのかしらー‥‥‥二週間。
 手足が腐るにはそれだけの時間がかかるーー」
 いまはまだ十数分も経過していない。
 まだ、生きている。
 絶望に負けるかそれとも、自由に希望を見出すか。
 ナターシャの心はその範疇で揺れていた。
 生き延びるのはできるはず。 
 でも、その先は?
 腐った手足では動くこともできないだろう、この塔の前に山と積まれた白骨はそうやって打ち捨てられ、無残にも死んでいった人間たちの死骸に違いない。
 なんてひどいことを‥‥‥誰も助けなかったの?
 それとも、こうやって教会の敵となる人間を数多く、魔女裁判にかけてきたのかな?
 なにが正しいことなのかわからなくなってきた。
「ただ、男装しただけで死を与えるなんて。
 それも‥‥‥魔女、ねーー」
 あの第二王子エルウィンの顔に張り付いたような薄気味悪い笑顔の裏に、こんな一面があったなんて。
 この王国はそうやって多くの異端審問を行い、そして貴族からの領地を吸い上げてきたのだろう。
「はっ‥‥‥!!
 笑えるわ、婚約だの王族になれるだの。
 賛美と憧憬の世界が実は真っ暗闇だったなんてー‥‥‥この、塔の中のように‥‥‥」
 わたしはなんて愚かなのだろう。
 騙された?
 違う、知らなかった自分が愚かだったのだ。
 そう、甘やかされた環境に生きて来た自分がーー

 ふと、薄闇に慣れてきたことにナターシャは気付いた。
 薄気味悪い雰囲気はなにも変わらない。
 ところどころで白く発光しているように見えるのはーーあの白骨の山だろう。
 この刑場はすでに四百年前からあると聞いている。
 と、いうことは‥‥‥?
 塔はここだけ?
 あの白骨の山の量からすればそうかもしれない。
 こんな、地下三十エダもある処刑施設を幾つも山裾を掘って作るとも思えない。
 なぜなら、ここに送られるのは死刑囚だけだからだ。
 国境にある、最果ての山。
 人生を終わらせる地。
 そう、ナターシャは噂で聞いていた。
 誰も戻らない、魔女の処刑場。
 神の聖なる裁きの場。
 そしてー‥‥‥いまそこに自分がいることを。
 ナターシャは実感していた。

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