婚約破棄~二度目の人生を手にした侯爵令嬢は自由に生きることにしました!!

星ふくろう

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第二章 第二の身分証明書

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「だめね、これ以上は危ない‥‥‥」
 行く手を遮るのは陽光が上がる前に山裾より上がりくる濃霧の壁だ。
 数歩さきを行こうとするが、そこに何があるのかをはっきりと確認できないのが不安を煽り進めずにいた。
 その辺りの木片を道先案内人代わりにして足元を確認してもいいのだけど‥‥‥なぜかこの濃霧は濃すぎる気がするのだ。
「濃霧だから濃いのは当たり前だけど。
 密度と言うかなんだろう、まるで押すと手ごたえを感じる。
 まさかー‥‥‥」
 カンテラに火をつけたのと同様にして炎の元を召喚し、その濃霧の中心へと近づけてみる。
 パスッ、パスーー
 そんな軽い音を立てて炎が消えるのではなく‥‥‥
「霧の方が燃えるなんて。
 これはどういうことかしら?」
 燃える素材で霧ができている?
 それならこれだけ密集しているのだからもっと広く、爆ぜるようにして燃えていくはずだ。
 ナターシャはそう思った。
「容器にでも詰めたらあれかしら?
 爆散魔法のように、瓶につめて任意の場所で爆発させれるの?
 そうなると軍事目的に使える?
 いえ、身を守れる武器にはなるかもしれないけど。
「詰める量に発火のタイミングを誤れば、こちらが誤爆しかねない、わね‥‥‥」
 そんな危険なものがあるならばこの街道が、古王国時代に街道になるのもおかしな話だ。
「休め、そういうことかしら?」
 あの塔の中で聞こえてきたあの声たちは本当に幻聴だったのかな?
 ナターシャは近場にあった岩に腰かけながら、ふとそう思った。

 ここから這い上がれ、神はいない。
 魔と呼ばれた我等の無念を‥‥‥上がれ‥‥‥這い上がり、人生を掴め。
 お前はまだ生きているーー

 
「あの声。
 幻覚だとしても彼らには神がいない。
 それよりも魔と呼ばれた、その意味は何?
 あの塔のことはわからないことだらけだわ。
 何よりもこの太刀」
 背中からあの塔から貰ってきた太刀を担ぎ下ろすとそっと刀身を抜いてみる。
「すごい‥‥‥」
 改めてカンテラの灯りで照らし出すとその装飾の見事さが浮き彫りになる。
 竜を模した細やかな彫刻が刀身の根元から刃先に向かって彫られているように見えるがー‥‥‥
「違う、これは焼き入れ?
 どういう技法なのかしら」
 指先でなぞった先に伝わってくる感触はどこまでも平坦な滑らかなもの。
 これは自分の身にはそぐわないものかもしれない。
 そしてこの鞘。
 あれほどの期間、土中に埋もれていたのなら腐るだろうし。
 どうしたものかなと思いその刀身をしまおうとしてたまたま、刃先が濃霧に触れてしまう。
「え、そんなー‥‥‥」
 濃霧がその刃先、いやこの太刀自体を嫌うかのように避けているようにナターシャには見えた。
「そんな不思議なことがあるわけがーー」
 立ち上がり、太刀を構えるようにしてゆっくりと歩みを始める。
 これは面白い。
 月光を反射する刀身の煌めきはまるで道先を示すかのように濃霧を裂いて行く。
 行くべき?
 それともここに残るべき?
 もうすぐ月明かりの恩恵も消えてしまう。
 この濃霧が何かの怪異とも限らず、かといって太刀そのものが聖なるものとも限らない。
 判断がつかず、ナターシャが迷っている時だ。
 ふと気づけば、濃霧の先には彼がいた。
「エルウィンーー!!??」
 そんな馬鹿な‥‥‥
 憎らしいあの元婚約者は、サーシャと二人でどこかに座り込み、彼女をその膝上に抱き上げて楽しんでいる。
 かと思えば、自分が衛士に連行された時の光景が浮かび上がり、またナターシャに驚きの声を上げさせる。
「何これ、呪い?
 それとも、心の負の感情でも投影するのー‥‥‥???」
 怒りに任せて彼らに斬り込んでいくのは愚策に思えた。
 その光景は一定の場所から動かない。
 そこから奥へと行くわけでなく、まるで見えない壁に映し出されているようでもある。
「心に深く根付いた何かに反応して誘惑するのかしら?
 この山は不可解なことが多すぎるわ‥‥‥」
 戻ろう。
 少し前までいたあの岩にまで。
 足元を探りながら、岩に座り込むとため息しか出てこない。
「わたし、なんであんな婚約者がいることに少しでも喜んでいたのかしら。
 目の前にこれだけ過去の情景が浮かんでも何一つも嬉しくないなんて」
 最後は死刑にされどうにか逃げ延びれて‥‥‥ないわね。
 まだ、第一歩。
 これは自戒せよ、そういう神の思し召しかもしれない。
 恨みを晴らすことだけに生きるな、と。
「月が‥‥‥消えてしまった」
 三日月が完全に山裾にその姿を隠してしまった。
 これからは‥‥‥数時間、魔の時間だ。
 朝陽が昇るまでは動くな。
 そういうことかもしれない。
「かもしれない、ばかりね。
 もっと多くを学んでおくべきだったわ。
 神聖魔法や精霊魔法でも使えればもっと多くのことができるのに」
 命がけで逃避行しているはずなのに。
 こんな考えが出てくる元侯爵令嬢もおかしなものだ。
 ナターシャはそう思うと思わず、クスリと笑ってしまった。
 月がない間は誰も自分を見つけれない。
 この灯りが逆に危険を呼び寄せることは‥‥‥どうなのだろう?
 こんな道の端で守るべきものもない状態。
 目の前に繰り広げられる光景はとめどなくナターシャの心をざわつかせる。
 恨みを晴らせ。
 そう言われている気もするがーー
 ナターシャは濃霧に向かい、
「もしあの言葉が‥‥‥魔の無念を晴らせ。
 そう言われるならば、その真実を探しましょう。
 でもいまはそれをする手段がありません。
 いまそこにおられる濃霧のお方?
 力ある方かもしれません。
 どうかお時間をください。
 あなた様が映し出しているその二人には、わたしの家族の命もかかっているのです。
 まずは、隣国にいき新たな方法を見つけるまで。
 どうかお待ちいただけませんか?」
 数百年を待たれたのでしょう?
 そう、問いかけてみた。
 エルウィンとサーシャの幻影は意地悪そうに微笑むと掻き消えてしまった。
「お約束、ですね。
 そう、この髪にかけて誓います。
 他に誰ももつことの少ない、約束をたがえた時の目印になるでしょう。
 いましばらく、お時間をー‥‥‥」
 約束を守れない時は襲われても仕方がない。
 うっすらと濃霧が晴れゆく中で、ナターシャは先程の場から先へと進まなくて正解だったことを知る。
 カンテラの灯りが照らすそこは、丁度、道の折れ曲がり口でありーー
 その先は、闇が広がり、河があるだろう崖になっていたからだ。

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