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第三章 スレイプニール峡谷
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その朝。
彼はもう数十年来、習慣とかした早起きをして自宅を出た。
冬だというのに砂漠地帯に近いせいもあってか、彼の住まう付近とその職場は薄ら温かい。
東の空に陽光が差し始めた早朝だから、空寒さはあってもそれほど冷え込んでいる。
そんな印象はなかった。
数頭の馬を小屋から出してボートをけん引するための台車を後ろに接合し、山道を緩やかな傾斜に沿って降りていく。
もし、どこかで弾みがつき台車の括り付けた鉄の輪が外れると左隣の谷底に共に落ちることになるから、それはそれはゆっくりとしたものだった。
馬たちもまた彼によく従い、仕事場である滝つぼ付近の池にたどり着いたのは陽が昇り、足元の山霞がうっすらともやとなって消えて行く。
そんな時刻の頃だ。
「うー‥‥‥、やはり滝付近はまだ寒いな。
まあ、船は異常なし、と。
今日は三組か。
いい客様だと、良いんだがなあ‥‥‥」
そんなぼやきを立てつつ、受付所兼何かあれば泊まりの出来る家屋の鍵を開けようとして、彼はふと何かに気づいた。
「おや?
俺はなにか輝くようなものをテーブルに置き忘れたかな?
紙もあるが……???」
一瞬、泥棒か?
そんな気もしたが、しかし、ここには何も盗んで売れるような高価なものはないし。
何より売上は、山上の管理所で支払うからここには現金そのものの用意がない。
「さて、なんだろな?」
まだ四十代後半の彼は、十代前半からこなしてきたのと同じように扉の鍵を開けて中に入るとその紙を目で読んでみた。
この場を、一泊おかりします。
お礼はこれにてーー
「お借りされるのは構わないが。
これは大金すぎるな、俺が罪に問われかねない」
賊?
まあ、珍客は二階にいるようだ。
一階には食堂と調理室とトイレに風呂場しかない。
そのどれもが何も壊されてないし、普段のままだった。
いや、唯一‥‥‥
「風呂とトイレは使ったらしい。
緑の髪?
森の人かな?」
エルフがもし魔法でも使って入ったなら、彼らは金銭を使わないと聞くからこの金貨の価値も知らずにおいたのかもしれない。
「森の賢者なら、まあ、文字は書けるか。
しかし、律儀な泥棒というか‥‥‥」
二階にいる誰かは、男か女かといえば女らしい。
家屋の周りを見渡すと、足跡は明らかに女のものだった。
その割にはごつい、男性用の長靴の気もしたがあのトイレの小窓から入れるなら細い女性だろう。
「ふーむ。
どうするかな?
アルフレッドでも来れば見に行かせるか?」
二階とつながる階段は、食堂の最奥にあり、まあ何かあれば逃げ出すには充分な距離だ。
さて、どうする?
彼ーーこのクヌーカと呼ばれるボートで行う滝下りの最終場所で降りてきた連邦の客を馬車に乗せ、ボートを台車に乗せてけん引し、上流域にある波止場まで一日数回、往復する仕事が本業の四十代。
少し大柄な、白人で灰色の髪と茶色の瞳。
あごひげを顔の輪郭にそって小ぎれいに伸ばした男。
連邦政府が、自国の貴族や金持ち相手に経営しているレジャー施設の従業員、アギス・メルド。
見た目にも若い婦女子にももてそうな優男は元兵士卒ということもあり、
「まあ、いいだろ。
腹が減って降りて来れば、その時に事情を聞くとしよう」
そう決めて、朝食の準備を始めた。
あともう少しすれば近くの村から他のもう数名の従業員のうち、当番の十代の若者、アルフレッドがやってくる。
それからでも遅くはない。
幸い厨房からは階段が丸見えだ。
帯剣もある。
「さ、朝飯でも作るか」
昨夜配られた、今日一日の日程表を掲示板に張り出して彼は厨房に立った。
彼はもう数十年来、習慣とかした早起きをして自宅を出た。
冬だというのに砂漠地帯に近いせいもあってか、彼の住まう付近とその職場は薄ら温かい。
東の空に陽光が差し始めた早朝だから、空寒さはあってもそれほど冷え込んでいる。
そんな印象はなかった。
数頭の馬を小屋から出してボートをけん引するための台車を後ろに接合し、山道を緩やかな傾斜に沿って降りていく。
もし、どこかで弾みがつき台車の括り付けた鉄の輪が外れると左隣の谷底に共に落ちることになるから、それはそれはゆっくりとしたものだった。
馬たちもまた彼によく従い、仕事場である滝つぼ付近の池にたどり着いたのは陽が昇り、足元の山霞がうっすらともやとなって消えて行く。
そんな時刻の頃だ。
「うー‥‥‥、やはり滝付近はまだ寒いな。
まあ、船は異常なし、と。
今日は三組か。
いい客様だと、良いんだがなあ‥‥‥」
そんなぼやきを立てつつ、受付所兼何かあれば泊まりの出来る家屋の鍵を開けようとして、彼はふと何かに気づいた。
「おや?
俺はなにか輝くようなものをテーブルに置き忘れたかな?
紙もあるが……???」
一瞬、泥棒か?
そんな気もしたが、しかし、ここには何も盗んで売れるような高価なものはないし。
何より売上は、山上の管理所で支払うからここには現金そのものの用意がない。
「さて、なんだろな?」
まだ四十代後半の彼は、十代前半からこなしてきたのと同じように扉の鍵を開けて中に入るとその紙を目で読んでみた。
この場を、一泊おかりします。
お礼はこれにてーー
「お借りされるのは構わないが。
これは大金すぎるな、俺が罪に問われかねない」
賊?
まあ、珍客は二階にいるようだ。
一階には食堂と調理室とトイレに風呂場しかない。
そのどれもが何も壊されてないし、普段のままだった。
いや、唯一‥‥‥
「風呂とトイレは使ったらしい。
緑の髪?
森の人かな?」
エルフがもし魔法でも使って入ったなら、彼らは金銭を使わないと聞くからこの金貨の価値も知らずにおいたのかもしれない。
「森の賢者なら、まあ、文字は書けるか。
しかし、律儀な泥棒というか‥‥‥」
二階にいる誰かは、男か女かといえば女らしい。
家屋の周りを見渡すと、足跡は明らかに女のものだった。
その割にはごつい、男性用の長靴の気もしたがあのトイレの小窓から入れるなら細い女性だろう。
「ふーむ。
どうするかな?
アルフレッドでも来れば見に行かせるか?」
二階とつながる階段は、食堂の最奥にあり、まあ何かあれば逃げ出すには充分な距離だ。
さて、どうする?
彼ーーこのクヌーカと呼ばれるボートで行う滝下りの最終場所で降りてきた連邦の客を馬車に乗せ、ボートを台車に乗せてけん引し、上流域にある波止場まで一日数回、往復する仕事が本業の四十代。
少し大柄な、白人で灰色の髪と茶色の瞳。
あごひげを顔の輪郭にそって小ぎれいに伸ばした男。
連邦政府が、自国の貴族や金持ち相手に経営しているレジャー施設の従業員、アギス・メルド。
見た目にも若い婦女子にももてそうな優男は元兵士卒ということもあり、
「まあ、いいだろ。
腹が減って降りて来れば、その時に事情を聞くとしよう」
そう決めて、朝食の準備を始めた。
あともう少しすれば近くの村から他のもう数名の従業員のうち、当番の十代の若者、アルフレッドがやってくる。
それからでも遅くはない。
幸い厨房からは階段が丸見えだ。
帯剣もある。
「さ、朝飯でも作るか」
昨夜配られた、今日一日の日程表を掲示板に張り出して彼は厨房に立った。
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