婚約破棄~二度目の人生を手にした侯爵令嬢は自由に生きることにしました!!

星ふくろう

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第六章 水の精霊女王

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 彼は、無駄に優しい。
 水の精霊女王は竜王を見て、変わらないなと苦笑してしまう。
 彼、エバーグリーン大公は夫の名を勝手に使ってエバース大公なんて名乗っているけれどそれはご愛嬌。
 寝ている友人を怪我をしないからと崖底に蹴り落とした夫に、怒りはするがそれでも仲は揺るがない。
 そういう間柄だから最初に見た時は新しい妻とその従者かと勘違いをしてしまった。
 この暗黒神の神殿は主を失って数百年。
 それ以前は神々の山脈と呼ばれるほどに多くの神たちが連日訪れては、語らい合う社交の中心だった。
 神や魔の政治の中心だったのだ。
 それが今ではこの有り様。
 荒廃し、飾られた建築は崩れ落ち、いつ山脈の中を繰り抜いて作られた為に山々がその姿を変えるかどうか怪しむ声もあるほどだ。
 そんな遺跡を預かる自分と、廃墟となったことを知らない仮初の最初の眷属。
 その二人がここで出会ったのも何かの縁かもしれなった。
「落日の果てに‥‥‥か」
 竜王は寂し気に呟いた。
 目の前に広がるこの光景は彼の知る限りなら、上層の部位であり神や魔の下位の者が待機する場所でもあった。
 深く地下奥底に眠っていた暗黒神に挨拶に降りるからだ。
「懐かしいようですね、あの頃は大地も透けて陽光や月光も写し込む、綺麗な神殿でしたから」
 アリアも懐かしいようにそれに倣っていた。
 もう誰も寄り付かない、最高神の一人が創造したこの神殿。
 今度は邪悪な魔が潜むようになるなんて、と悲しんでもいた。
「でも、あれじゃないですか?」
 黙っていたアルフレッドが二人の会話に口を挟んでくる。
 どうした?
 そう竜王が問いかけると、若い二人は先ほどまで話していた疑問を口にした。
「だって、竜王様。
 暗黒神で、ゲフェトは闇の神として知られていて‥‥‥あの真紅の魔女ミレイアとも仲間だったって伝説もあって、聖者サユキにミレイアは滅ぼされて‥‥‥。
 でも、サユキは暗黒神を封印したんでしょ?
 なのになんで、神様たちがこの神殿に挨拶に来るんですか?
 悪魔とかならわかるけどー‥‥‥」
 なあ?
 そうアルフレッドはナターシャに相槌を求めた。
 彼女も不思議そうに頷いている。
「世間様ではそうなっているのだろうな、聖者サユキがそうするように望んだからだ。
 太陽神アギトは右に、暗黒神ゲフェトは左に。
 共にサユキを追ってやって来た、異界の神の子供たち。
 それだけの話だ」
「それでは‥‥‥わかりません、竜王様。
 それならサユキ様は何故、ミレイアと戦ったり、ゲフェトを封じたと神話にはあるのですか?」
 元気が出てきたな、ナターシャ。
 竜王はそれを見て微笑むが、アルフレッドとアリアは面白くない。
 その無駄に優しい懐のひろさというか、意識していないというか、悪い言い方をすれば敷居の低さが彼の魅力であり、多くの女神を惑わせてきたというのに‥‥‥。
「それはね、ナターシャ。
 世界は光と闇、正義と悪を求めるからよ。
 ミレイアも悪魔では無かったわ。
 ただ、地下に住む魔族を救おうとして、その上に住んでいた人間と争いになっただけ。
 その数が、多すぎたのが悲しかったわね。
 どちらの陣営も戦い、傷つき、サユキは人類を、ミレイアは魔族を守ろうとしただけのこと。
 その間に、地下にゲフェトを赴かせて役目に就かせたのよ」
「役目、ですか?
 アリア様?」
「そう、役目ね。
 大地震が起きて、大陸が離れようとしていた。
 それをゲフェトは地下でつなぎ止め、アギトは地上で大地を制御した。
 そんな、話よ」
 でもそれならー‥‥‥、と、アルフレッドは更なる疑問を口にした。
「そのゲフェトはいまは居なくてでも、アリア様や竜王様は力を使えないのはなぜですか?
 神様たちのたくさんいらした時代もあるなら、むしろ、封じる意味がわからなくて‥‥‥」
 ああ、そういうことか。
 竜王は納得した。
 そんな自分たちを危険に陥れた彼に、いくばくかの非難の視線を浴びせながらナターシャも首を縦に振る。
「それはー‥‥‥いいのですか?
 教えても?」
 アリアは竜王に同意を求めた。
 まるで、人には伝えてはいけない真実がある、そんなふうにアルフレッドには見えた。
 知ってはいけない過去を知ることで、自身に良くない何かが振ってきたナターシャはそれに怯えた。
 彼女の心は一時のやすらぎに少しばかり癒されただけで、まだ何も変わらない。
 心の奥底ではあの怨霊たちの声がまだ聞こえていたのだから。
「待って、アリア様。
 ナターシャが‥‥‥、やめますこの話。
 俺は、ナターシャが苦しんでる顔を見たくない」
「アルフレッド‥‥‥」
 ごめん、そうアルフレッドはナターシャに言うが、どこかよそよそしくて距離もあいている。
 それは心だけでなく、実際に一歩に満たないが離れて立つ彼がどこかに行ってしまいそうで‥‥‥ナターシャはその未来に更に心を不安にしてしまう。
「まって‥‥‥」
 つい、彼の手を握ってしまったとき。
 それを握らせたまま、自分からは握り返せないアルフレッドがそこにはいた。
「うん、いるから。
 いるよ、ナターシャ」
 大丈夫。
 その求めた一声はかからない。
 なにが彼を遠ざけたの?
 ナターシャは不思議に、そして、自分は不幸を呼ぶ女だから疎遠が良いのかもしれないと一人納得していた。
「まあ、アルフレッドがそういうならば、やめるとしようか。
 理由があるだけだ。
 ヤンギガルブの血族は、しかし、力が強いな。
 去った後に数百年経過してもこの結界が維持されるとは‥‥‥さすが、創始の神の一族だ」
 創始の神?
 ヤンギガルブの‥‥‥???
 それは俺の家の奉る、単なる地方の信仰じゃなかったのかい、竜王様?
 アルフレッドがその言葉に驚いているのを見てアリアは思った。
 彼もまた、運命なんて言葉は彼女は好まなかったが。
 そんなものに、大きな流れにさらわれた、迷い人の一人なのだと。 
 かつての自分を見ている気になってしまい、ついつい水の精霊女王は彼に興味を持ち始めていた。 
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