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第七章 闇の希望と炎の魔神

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 虚無の中、自分の意識を翻弄するその笑い声の渦の中でナターシャは迷っていた。
 自分を捨てるべきか、活かして戻るべき。
 それとも、どうにかして彼等を説得し、アルフレッドを助けてもらうべきか。
 でも、とその全てに待ったをかけている存在があった。
 あの髑髏の騎士だ。
 彼だけは動かない。
 暗黒の世界だから?
 ここはその狭間で、多くの仲間がーそう、あの亡霊や怨霊たちがナターシャを守っているから?
 彼はもしかしたら、彼なのかもしれない。
 だとしたら、これは大きな罠だ。
 自由になるための力を手に入れる為の罠。
 神様のいない世界。
 その力が及ばない世界。
 現実から解き放たれた世界。
 ここなら、彼等は自分たちの最大の欲望を欲求を満たせるのだろう。
 恨みは竜王様が引き受けてくれた。
 残るのは‥‥‥あの世へと迷わずに行くことへの希望だけかもしれない。
 彼等には最初、恨みを晴らして欲しい。
 それを託せる相手を探し、待ち続けてきたのだろう。
 数百年近くもそれは積もり積もって、悲しみと欲望が怒りへと変わり‥‥‥切望していたのだ。 
 怨霊たちも、いつかは再びあの太陽のしたで誰にも恥じることなくその恩恵にあずかれることを。
 戻れない過去の悲しみを我慢しながら、ただひたすらに王国に怨念を抱いている中に現れた一つの希望。
 エメラルドのこの髪は、やはりまともではなかったらしい。
 ナターシャは自身をそう、理解していた。 

「わたしは差し上げますと、そう言いました。
 でもそれはあの場から助けてという、懇願との交換だった。
 条件付きで、しかもどうにでも取れる内容のもの‥‥‥だから、貴方達はそれを利用したんですね。
 そうでしょう?
 ‥‥‥カーティス?」

「お姫様、そんな言い方は無いだろう?
 いまだって、俺はあんたの肉体をー」

「守っている。
 ですよね、ええ、それには感謝しているわ。
 でも、この騒動にも加担している。
 それは悲しいことよ、カーティス」

 剣士は顔を一度伏せ、ナターシャに再度向き直った。

「俺を責めるのか、卑怯者だと?」

 怒りが混じるその言葉裏には、せったくたすけてやったのに。
 そんな意図が含まれていた。
 ナターシャはいいえ、とそれを否定する。

「感謝しています。
 あの時、助けてくれなければー‥‥‥アルフレッドを助けに行けなかったから。
 でも、あの怨霊たちは貴方達じゃないの?
 あの、猫のような‥‥‥モンスターは?」

 ここまでの舞台を全部カーティスやその仲間が‥‥‥
 ナターシャがアルフレッドを助けに行きますと、あの二神の庇護を自分から切り出して離れようとしたその時から始まっていたのではないかしら。
 ナターシャはそこまで、彼等を信用できないとは思いたくなかった。
 短い期間とはいえ、自分の中に彼等はいて、あの塔から助けてくれたのも彼等の力があったからこそだ。

「恨んでいるのか?
 もしそうだとしたら、俺たちをどうしたい?
 王国がしたように処刑でもするのか?
 その秘められた力で――」

 カーティスではない誰かが、そう怯えたようにナターシャに問いかける。
 だが、あんたも同罪だろお姫様。
 そう続けられて、ナターシャはそれには同意していた。

「そうですね‥‥‥。
 竜王様に預けたとはいえ、本当はわたしが請けたもの、わたしと貴方達との契約。
 それを、アルフレッドを助けたいって思いから‥‥‥裏切ったのはわたしです。
 あなたたちを責める気はないわ。
 その結果として、どんな力かは知らないけれど」

 ナターシャは緑色の女性を見た。
 自分とは髪色だけが似ている彼女もまた、同じ力を持っていたのだろう。と。
 この力の使い方に長けた存在だったのじゃないかしら。
 そう思ったからだ。

「これがあれば、新しい希望にたどり着けますか?」

「え‥‥‥でもー‥‥‥。
 貴方はどうするの?
 あの地下になにがあるのかを知っているの?
 彼が生きている保証はどこにもないのよ?
 貴方だけなら‥‥‥これは正直に言うけれど。
 竜王やあの精霊女王のいない地上までならー届けれるわ。
 あの神々の怒りに触れて消滅なんてのは誰も望んでいないもの。
 それ以上は譲歩できない」

 やはり、あの二神は恐いらしい。
 地上に出て力を取り戻した彼等には敵わない。
 それを知っているのだろう。
 
「いいです。
 わたしは残ります、残ってアルフレッドを助けにいくわ」

「なあ、おい。
 お姫様。 
 どうしてそこまでするんだ、あの小僧に。
 出会って数日、いや二週間も経たずにもう、なんだ。
 そういう仲になったのか?
 俺たちは、すべてがうまく行くならそれでもいいと黙っていたがな。
 アルフレッドがあんたの支えになろうとしてくれたことには――感謝はしているんだ」

 え?
 そういう仲?
 まさか、とナターシャは否定する。

「そんな下世話な話は嫌いです。
 いいえ、アルフレッドには感謝しているけど。
 恋やそんな気持ちはーまだ、ないわ。
 ただ、貴方たちがわたしに希望をもし見出したのなら。
 わたしも彼に、どこか助けられていたのは本当だし、巻き込んだのもわたしだから。
 なら、この命に代えてもー‥‥‥彼だけでも助けなきゃ。
 貴方達にはあの塔から助けて貰いました。だから、この力は上げるわ。
 でも、それ以外は返して下さい。
 わたしは、彼を助けたいの」

 はあ。
 カーティスと森の人が大きなため息をつくと、それに続いて周りの誰も彼もが似たような声を漏らしていた。

「可哀想にな、あの坊主。
 ここまで鈍感とは‥‥‥我らが姫様ながら少しだけ同情するぜ」

「そうね、なんでこんなに周りが見えないくせに、どこまでも突っ走ろうとするのかしら。
 エルフの血筋なら、もうちょっとは頭を使いなさいナターシャ」

「なによ、その言い方。
 お姫様じゃありません、それにアルフレッドは貴族の誰かを好きなんでしょ?
 第一、復讐をしようとしている女に恋なんて。
 許されないわ、それこそわがままよ。
 罪人は、わたしはそうなろうとしているんだから」

 罪人? 
 その言葉に全員が顔を傾げた。

「生き抜こうとすることが罪か?」

 誰かが、呆れたようにナターシャに問いかけた。

「王国への復讐は俺たちが依頼したものだ。
 だが、その後に動いたのはお姫様だが、それなら俺たちも同罪だろう?
 いま楽になりたいという俺たちを、なぜ責めない?
 あんたを利用したのに、だ。
 その力すらも、奪っていこうと騙していたんだぞ?
 あの、アルフレッドを救えるかもしれない力なのにどうしてくれてやるなんて言うんだ?」

 誰かが、自分たちの罪は問わないのかと語り掛けた。

「お姫様、あなたはまるでー最後は自分で罪を背負い死ぬような言い方をするんだな?」

 誰かが、ナターシャの本心をかすかに覗き見たような声を発した。
 ナターシャは心の中をえぐられる思いがしていた。
 それはほぼ、どこかで毎日考えていたことだから。

「竜王様がもし、王国から債権なんてものを徴収したとしても、いまの王国は近隣諸国から王族子弟を預かるほどの影響力と権力。
 何より、そんな揉め事が起これば周りの国は帝国や枢軸はこれを放っておかない。
 そう思うの。
 一番困るには、人々よ。
 あの土地に住んでいる誰もが困ることになるわ」

「国王の退任と王子の処刑、教会の排除にその後は神を竜王にして、あんたは死ぬつもりか?
 王族やそれを放任してきた他の貴族と共に罰を受ける気なのか?
 バカバカしい。
 アルフレッドと共に、あの小屋で働いて夫婦にでもなればー」

「ちょっと、カーティス!!」

 あ、しまった。
 カーティスはそう、口を閉じてしまう。
 ついつい、喋り過ぎた、と。
 あーあ、最後はいつもいいところで失敗するんだから。
 あなたは生きていた時からそうなのよ。
 だから、あの戦いも―‥‥‥そうぼやく森の人がやれやれと肩をすくめていた。

「まって‥‥‥アルフレッドと共にって?
 どういうことなの!!??
 教えてくれなければ、この力はあげれないわ‥‥‥」

「せっかく、怨霊らしく騙し取るつもりだったのに。
 はあ‥‥‥」

 もういいわ。
 後は任せます、そう髑髏の騎士を指差して彼女は言った。
 ナターシャの視線は彼に釘付けになる。
 まさか、彼は???
 そう、淡い期待をナターシャは心に抱いて彼を見つめていた。

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