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プロローグ
突然の訪竜とドラゴンプリンセス
しおりを挟むその日は人類史上、あまりにも衝撃的かつ破天荒な日として後世の歴史には記されることだろう。
春先のある日。
彼らはやってきた。
はるか天空の一角で陰りが差したと思うと、大量の渡り鳥、もとい竜の大群が飛来したからだ。
竜と呼ばれているがそれは人間側からの押し付けた観念らしい。
似ているというだけの外見の判断だが、彼らはそれで人類が良いならば、そう納得したという。
それは日本やアメリカ、ロシアやフランス、遠いところだと北極など。
とにかく世界中に彼らは訪問した。
そして告げたのだ。
我々は銀河を横断して宇宙風に乗り、さまざまな惑星で一時の休息をえてまた旅立つ。
地球には実に四万年以来の訪問だと。
世界各国は色めきだった。
熱狂もしたし、恐怖もした。
アメリカなんて撃ち込んでも無意味な核があると威勢のいいことを言ったが、竜の内の一頭が太陽フレアの中を悠々と飛ぶ姿を天体望遠鏡で観測すると、コロリと態度を変えた。
しかし、問題があった。
数万頭に及ぶ彼らの住処となる広い土地も、食糧もどう考えても足りないからだ。
大きさは白亜紀のティラノサウルスを少し大きくした程度。
西洋の伝説にあるドラゴンのような容姿のものもいれば、東洋の龍のような容姿のものもいた。
彼らは言う。
是非、友好条約を結ぼうではないか、と。
核攻撃すら無意味な相手の望みに、否定を唱えれる国などなかった。
しかし、彼らに対する人類の抱えた悩みはあっけなく解決する。
彼らは人類が住む時空間と少しだけ位相をずらした、別世界へと姿を消したからだ。
興味半分に漁獲することもなければ、どこかの農園が襲われたり、牛や豚が盗まれることもなかった。いきなり炎を吐いて山林を焼くこともなければ、航空機の針路妨害や、人間を襲って食べることも無かった。
むしろ、逆だった。
彼らは知的で理性ある隣人だった。
魔法なのかわからない未知の能力、科学力で人類に似た形態へと身体を変化させ、人類の歴史を紐解き、人間を理解しようとした。
図書館などがあると知った時は知性の泉だと感嘆の声を上げていた。
食糧は陽光があれば足りるらしく、大気中の二酸化炭素の量が増えることもオゾン層の破壊が進むこともなかった。
地球は隣人を平然と受け入れ、何も変わらないように日々が過ぎていく。
彼らは二千年ほどしたらまた旅立つのだという。
数万年どころか億を生きる彼らは、短命な人類に興味を示し、その進化の妨げになることがないよう、最新の注意を払っていた。
人類は彼らから新たな文化を創造する技術の供与を受けることはできなかったが、幾つかの進化に際する利点を来訪から四年後に得ることができた。
それが、彼らの中でも若い年齢のものたちと、彼らの基準によって選抜された人類の若者との異種族婚姻。
つまり、結婚だったー。
僕、新竹由樹(あらたけゆき)、16歳にそれが来たのは夏のある日のことだった。
その三日ほど前に竜族の国に置かれている、人類各国の大使館から大使が竜族の王族が住む王宮に招待を受けたと、テレビがうるさく報道していた。
内容は竜族は五つの大きな氏族に別れていて、それぞれに王族が存在する。
今年で地球年齢にして二十代前後の若い竜が数十頭?いるから、彼らの基準で選抜した人類の男女を伴侶として迎え入れたい。
そういう話だったらしい。
驚きあわてふためいたのは各国政府だ。
いきなり、脅威的な存在からのラブレターが、自国の若者たちへと、送り付けられることになるのだから。
しかも人類側が選抜したわけではなく、相手側の基準で選抜されたのだ。
その基準が明らかにされることもなく、そして彼らはその数日後にはその伴侶宅へと輿入れするのだという。
地球でいうところの、莫大な黄金を携えて。
選ばれた側の家庭はまさしく玉の輿だろう。
だが、どんな相手がどんな性格でどんな文化を携えてやってくるのかもわからないのだ。
もし、仮にだが破談なんてことになればどうなるか。
それは明白だったーー
日本には四人。発音がしづらかったが、ホルブという家名の男女の竜がやってくるのだとテレビは言っていた。
だが、その相手はその瞬間にならなければわからないのだとか。
まあ、僕には関係ないことだろうと高を括って、暑い夏休みを涼むべく僕は図書館へと向かった。
思えばこれがいけなかったのかもしれない。
僕は完全に失念していたのだ。
竜族は図書館が大好きだという事実を‥‥‥。
西日本の山間にある小さな都市の図書館なんて、そう広いものじゃない。
しかも県立とかじゃなくて、合併して市になる以前の町時代のまま分館として存続を許された、小さな図書館だ。
各種雑誌や新聞、経済の専門誌などある程度の体裁は整えているが、最近ではライトノベルだの漫画だの、古くからある蔵書は少ない数が行き場を失い地下の書庫に閉架されてしまっている。
お陰様で僕の好きな昭和初期の文豪たちが書いた純文学や、歴史史書、戯曲なんてものはそのほとんどが姿を消してしまっていた。
別にライトノベルや漫画が嫌いなわけじゃない。
ただ、読んでいてもハーレムものだの、露出の激しいヒロインだの、すぐに強くなって大した試練もこなさないうちに魔王を倒す英雄だの、同級生がいきなり戦闘員になり異次元からきたヒロインと銃撃戦をしたり、姉や妹や幼馴染にあまりにも過剰な欲求を抱いたり、ゲームの世界では英雄だけど現実では普通の高校生だったり、よくわからないラブコメだったり。そういう、余りにも安直な設定や安っぽいヒロインに飽き飽きしただけだ。
そう嫌いじゃないんだ。でも、文字通りお手軽すぎる。
それなら同じお手軽な意味での、物語の構成や語り口や絶妙な見せ場を作り上げて世界に入り込める面白さに満ちた過去の作品の方が好きなだけだ。
僕にだって好きなライトノベルはある。
産まれるとすぐに母親が死んだ王子様。
世界を救う使命を背負い、最後は自分を犠牲にして人々を守ろうとして死んでいく。その過程には人間的なストーリーがあった。
異世界で産まれた男女の王族が日本で成長し、元の異世界に戻って龍や仲間たちとともに国を滅ぼした魔女を討伐するファンタジー物語がある。
竜族や仲間と共に魔女を討伐し、両親の仇を討つ王子様。
ところがその魔女は主人公の王子がある事故で過去へと飛ばされた時に助けた少女だった。
少女を育てた二頭の龍の夫婦は、ある理由から少女を殺そうとする同族と対立する。
少女と子供たちを守るために両親の竜の夫婦が取った行動。それは、互いの心臓を貫き合い少女に救いの加護を与えることだった。
ところが、両親たる龍の夫婦が死んだのは主人公の国のせいだと勘違いした少女。
彼女は膨大な魔力を持つ魔女となり主人公の祖国を滅ぼしてしまう。
そして現代に戻った主人公の剣でその命を奪われるのだ。
ほかにもたくさんの深いストーリーを提供していた初期のライトノベルがここには揃っている。
僕はそれらは好きだ。でも、時代が進んでいけばいくほど味があるライトノベルに出会える瞬間は減っていく。
それが現実だということを、この図書館の棚は語っていた。だから、それなら過去の名作と呼ばれる作品や、旅行記や趣味本や経済書などを読み漁る方がまだましなのだ。
ついでにここにいれば、同級生たちにも否が応でも出会うことになる。
みんな、大学進学を目指して受験勉強に余念がない。
まだ、高校一年生の夏休みなのに。
残念ながら古書漁りしか趣味の無い僕には部活動なんてものも縁がない。
高校には文化部はあっても読書部はないからだ。
お陰様で悠々自適にここで読書三昧を行える……、はずだった。
今日までは。
例えばあるライトノベルのヒロインはコスプレをして図書館を歩き回り、主人公にだけ発見される。
だが、彼女は誰にでも見えていて、そしてコスプレではない本物の羽と角と尾を生やしていた。
あるゲームのヒロインの女友達の竜族の御姫様はトカゲのような尾を生やしていたし、脱皮することを恥じていた。というか、その姿を見られることを恥じていた。
彼女の尾はそれほど太くも大きくもなく、ただ蛇の尾のように白く細くて繊細な感じだった。角は緩やかに眉より少し後ろから冠のように銀色のものが数本後頭部へと伸びていたし、羽も翼竜のようなそれではなく、黒くメタル的な印象を与える折り畳まれたものだった。
着ている服と言えば、これはライトノベルのヒロインのようでもあり、砂漠を旅する民の様でもあった。
長く黒く、美しい銀糸の刺繍のが全体的に施された、紋様の様な印象を与える物を肩口から羽の部分と尾の部分だけをゆとりをもって開く造りになっていて、しかし肌の露出はあくまでも少なかった。ロングドレスとまとっていると言った方が早いかもしれない。
彼女が図書館のどこから現れたかは僕には分からなかった。
なぜならば僕のいたコーナーは入り口とはほぼ真反対の奥まったところにあり、人の出入りなど見えないからだ。
ただ、周囲がざわめき、なにか雰囲気が変わったのだけは感じ取ることができた。
だが自分には関係ないと思い、中世ローマについての旅行記に目を戻した時だった。
彼女、僕の伴侶となることを望んだ竜族の王女様、エミュネスタに出会ったのは。
誰かが歩いてくる足音がしていた。それはスニーカーのものよりは、ヒールやそういった角のある靴特有のカツン、カツンという音を立てて近寄ってきた。
誰かが前を通り過ぎるな、そう思った時だ。
それは、僕の視線の少し上で止まったのだ。
「こんにちは」
鈴が通るような綺麗で爽やかな風のような声がした。
「え?」
誰か中学時代の友人でも来たのだろうかと僕は顔を上げた。
そこには先ほど述べた顔があった。
人間じゃない。
それだけは一目でわかった。
青く豊かな髪を背で束ねた彼女は、前髪をかきあげて僕を見た。
深い群青の様だが碧にも見えるその瞳に、僕の視線は吸い込まれてしまった。
「初めまして、だんな様」
彼女はゆっくりと長椅子に座っていた僕の視線までしゃがみこむと、僕の右手を取りそれを頭の上に掲げてそう言った。
あとから知ったのだが、それは竜族の目上の者、もしくは主人に対して行う礼なのだという。
つまり……僕はその時、かしずかれてしまったのだ。
この絶世の美少女に。
「え、ちょっ、何言って。
だんな様って、それに君は……」
とりあえず、手を振りほどいて心を鎮めることにした。
どういうことだ?
なんで、多分だけど。彼女は人間じゃない。
多分、噂の竜族。
いや、誰かの手の込んだいたずらか?
いや、そんな筈は……ないよな。
つまらないライトノベルの主人公のようにどきまぎしても仕方がない。
現実を受け入れて、彼女? と対話をすることにした。
あのジャンリュック・ピカードも言ってるじゃないか。
僕たちは知性と理性がある生き物、人間だと。
対話を試みるんだ。新しい未来を切り開く可能性を追いかけるんだ。
そうしなければ、多分、僕の未来はなくなる。
その程度には、現状の把握はできている、つもりだった。
「あのー……」
僕は間抜けだ。なんて言えばいい。カーク提督の冒険心はどこにいった……。
「ごめん、その座りませんか、ここに。良ければ……」
彼女は両膝を床についてかしずいている。僕は王様でも奴隷商でもない。
話すなら、対等か、少なくともこのまま彼女を床においておくのは。
僕の常識では非常識だった。
「いいえ、だんな様」
だが、彼女は即座に却下してきた。なぜだ、僕はそれを望まないのに。
そこで僕は気づいた。周囲の視線に。
興味と好奇心と羨望と、あきらかな恐怖心の混じっているそれらに。
「なら、どうか立って歩きませんか。
僕の中ではその……、女性をそんな恰好で見下ろすのはいいことではないんです」
なるべく相手の機嫌を損ねないように。
それと、敬意を持って僕は提案した。
彼女は一瞬、きょとんとした顔をする。
「何か無作法がありましたでしょうか、だんな様?」
僕はそれでも落ち着いて首を振ったつもりだ。多分、相当勢いが良かったはずだけど。
「そうじゃなくて。君ー、いやあなたにはー」
「エミュネスタです」
はあ、とため息が出た。
疲れたとかではない。その笑顔とあまりにも心に響く声にだ。
「じゃあ、エミュネス、タ、さん」
「どうか、エミュネスタと。
お呼びください」
そう言って、また手を取り頭の上へと持ちあげる。
お呼びくださいって、僕の意思はどうなるんだ。
ここは憧れの、ピカード艦長の礼節に倣ってみることにした。
「では、エミュネスタ。
お願いです、どうか頭をあげて立って頂きたい。
僕たちの作法では、女性にそんな恰好をさせるのは失礼にあたるんです」
頂きたいって、僕は明治時代の人間かよ。ああ、もうイライラしてきた。
スタートレックの艦長たちはどれほどの忍耐力を試されたのだろう。
僕はまだ第一歩すら到達できていないのに! 冷房が効いているはずなのに背中は汗でびっしょりだった。
「あら……」
エミュネスタは驚いた顔をして更に顔を伏せてしまった。
何で?
疑問は簡単に晴れた。
「大変申し訳ありません、だんな様。
エミュネスタが不勉強でした、どうかお許しください」
いや、ちょっと待ってよ。
時代劇とか、西洋のシスターとかじゃないんだからさ。
だんな様、なんて呼ぶなら僕の言うことも少しは聞いてくれよ!!!
そう叫びたかった。
相手が単なる、変なコスプレ美少女なら。だが、彼女は違う。彼女は、まぎれもなく。
多分! 間違いなく! ドラゴンだ……。
僕の頭にある知識が物語のストーリーが、凄まじい勢いで流れて行く。
検索と閲覧と照合を繰り返し、僕が出した結論は……。
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