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第一章
天空大陸の二人
しおりを挟む人類が初めて宇宙航行法を開発してから200年。
異星文化との遭遇することもなく、人類は21世紀に予測された120億まで人口増加を果たした。
火星圏・木星圏でのコロニー開発・時空断裂帯を利用した亜空間航法が確立され、人体をSUIT(スーツ)と呼ばれる粒子で覆うことにより転送装置などの開発が進んだ25世紀。
地球各国と各惑星コロニーの独立政府が集まる星域連邦はその本拠地を、大西洋から引き揚げられた、アトランティス大陸の連邦独立都市アストアに置いていた。
その朝。
地方都市アストアの気候は雨だった。
水滴はしたたかに空からながれおち、新しい水脈を再生して本流へと戻っていく。
雨の勢いは強くなく、夏の蒸し暑い湿気を盆地であるアストアから押し出してくれるようだった。
背後に標高千メートル級の山々を擁する、フェール山脈をもつアストアは例えれば北アメリカ大陸のグランドキャニオンの末端にあるようなものだ。
赤道直下に近い位置関係からこの大陸は南北アメリカの中央に似たような気候を持つ。
数世紀前、人類が宇宙航法を完成させ星霜の探検に明け暮れた時代。
重力制御法が開発され、はるか過去に沈んだとされる大陸アトランティスを大西洋上に引きあげることに成功した。太陽系全域での人口は百二十億を越え、地球だけで人類が生きていくことは難しいと予測した科学者たちは様々な計画を実施した。
全地球統合情報システム、通称Fuildの設置。
大西洋、バミューダ沖にしずんだとされる巨大大陸の引き揚げなどを行い、宇宙空間での居住を可能にした二十世紀初頭のアニメやSF映画で描かれた自立回転式の人類居住空間。通称コロニーはいまでは火星と木星域で十三を数え、地球上には央国や北米連合など四百を超す国家が存在する。
アストアはそうした国家群の集合体、星域連邦の本部が置かれる独立都市であり、このアトランティス大陸での最初の行政認可都市だ。人口は多くない。
そう五十万人ほどだ。
ここに必要な機能は星域連邦本部とそこで働く人間たちの居住地と駐留している連邦軍の軍艦の係留地や軍人・官僚たちの官舎。
そして市街に広がる広大な農地で従事する作業者たちの住居。
大きな商業施設が幾つかと、病院、大学、娯楽のカジノなど。
北西に広く大西洋を挟んだ対岸の眼下には、かつてのアメリカ合衆国の首都ワシントンD.Cをうっすらと望むことができる。そんな場所にアストアは存在する。
「はあ……今朝も暑いな」
蒸し暑い夏の故郷を思い出して真砂敬吾はため息をついた。
「アストア、か。火星や木星にまで行けるこの時代になんでこんな大陸を持ちあげたんだ、連邦の偉いさんは」
「まあ、そういうなや、敬吾。
俺たちを派遣するのにはそれなりにってな」
相方の阿蘇隆司がうだるような熱気が入ってくる窓を閉めろと手で合図をする。
「ああ、すまない」
室内の冷気が簡単に外気に吸い取られて行くように、阿蘇のかけている眼鏡が少し曇った。
「まったく。
前時代的な冷房装置を設置してるなんてな。
なんで二十一世紀を真似ようとしているんだ、このアストアは?」
曇り防止機能のついた眼鏡が自動的に曇りを取るのを待って、阿蘇は手元に映し出されたパネルを操作する。
事務機能としてSUITに搭載されているその機能は彼らに与えられたこのアストアでの任務を映し出していた。
「阿蘇、不味いんじゃないのか?」
「何がだ、敬吾?」
たしなめるような真砂の口調に意味がわからないと告げる阿蘇。
「このアストアではなるべくSUITの機能は使うなとのお達しだろ?」
あー確かにそうなんだが、と阿蘇は返事に困った。
皮膚や体毛の数ミクロン先を泡のように粒子で覆った環状位相粒子帯制御装置。
通称、SUIT。
この機能を使えば宇宙空間でも自在に生きて行ける。
転送装置などが活躍した二十二世紀に人体を量子レベルに近い粒子に変換し再構成する技術を応用した軍事用の対個人戦闘装置だったものの技術が民間レベルに降りて数十年。
いまでは広く一般的に使われている技術体系だ。
粒子レベルで体組成組織を管理できるということは人類が数千年の間、夢に見てきた不老長寿を獲得することであり、また太陽フレアも活性化からもたらされる紫外線の遮断、宇宙空間でも補助の要らない生活、農作物などの栄養素の摂取が不必要な状態に身体を維持できることを意味していた。
そのSUITの中でも上位に位置する高性能端末を与えられている真砂と阿蘇はそれなりに特殊な位置付けでこのアストアに出向いていた。
「宇宙軍の連中、まだ捕まえていないようだな」
「まだ?
もう半年前に彼の存在は確認されているのにか?」
中空に粒子を固めて画像を投影する端末が映し出す報告書を斜め読みしながら阿蘇がほらよと画像を真砂に飛ばす。
眼前に流れてきた内容をこちらは丁寧に読みながら、なぜできないのだろうと真砂は首を傾げた。
流体特殊犯罪犯は知能が高い者が多い。
当局からの捜査の手を逃れる為に様々な情報隠蔽を行い、外見や自身を構成する粒子情報をSUITを利用して上手く書き換えることにより、数人の人間のIDを利用しているようだった。
「俺たちが出張るような案件でもないような気がするがなあ?」
「仕方ないよ、阿蘇。彼はこの都市を縄張りにする連中相手に大立ち回りをやらかし、その上、連邦の偉いさんの一人まで暗殺している。上が放っておくはずがない」
「だから俺たち流体特殊犯罪専門捜査官が派遣されるわけがな……。
どう思う?
やつはまだここにいると思うか? この天空都市に?」
言って阿蘇は窓の外に広がる蒼穹の碧を眺め見た。
「これだけの大事をやらかしてるしなあ」
敬吾はここ数日の間、寝ずに大陸全土に張り巡らされたFlhidネットワークに自己のSUITを連携させて標的の動向を探っていた。
「で、どうだったんだ?
ここに来てから数日、反応はあったのか?」
「そうだな……」
言って敬吾は複数の立体画像を自分の周囲の空間に投影する。
市街地数枚に大陸数か所の主要都市、そして交通網に飛行航路。
「やつは血を出さずに生きた人体から臓器だけを抜き取って移動している。全部ばらばらの臓器だ。奪われた人間はそれと知らずに即死か数時間後に死亡している。大別して……」
今度は人体の臓器模型が浮かび上がる。
「見て気持ちも良い物じゃないな」
「まあな」
阿蘇が顔をしかめると敬吾が苦笑しながら画面を操作する。
「見てみろ、左側が四肢と首より上を除いた内臓の模型だ。右側がこれまでに奪われた内臓を一度全て抜いた後に足したものだ」
「心臓だけが抜けているな」
阿蘇が左右を見比べて最後の一つの部位を探し出す。
「そう。そして、昨夜だ。
ある男が死んだ」
アジア系の男性の顔つきのIDが画面に現れた。
「そして、病院で判明したってわけか」
「そうだ。面白いことが一つある」
「面白い?」
妙な表現をするものだと阿蘇は不思議そうな顔をする。
「今朝方の映像だ。
どう思う?」
そこには最後に内臓を抜き取られ死亡したはずの男性が映っていた。
「何?
死んだはずだろう。ああ、そうか。犯人は外観を流体素子でー」
「そう、見事な偽物が歩いているわけだ。まさしく、生霊の様だな」
「いや、阿蘇。あれは死霊だ。臓器を抜き取られた相手は死んでいるわけだからな」
「ふーん。そうかGhostならぬWraithというわけか……」
「逆だよ、阿蘇」
敬吾は相棒の間違いを指摘して更に画像を広げる。
「そしてこれだ」
そこには彼―最後に内臓を抜き取られ姿を奪われた男―が映っていた。
「空港か。どこに向かった」
「どこだと思う?
懐かしい土地だよ」
「日本か」
その通りだ、と敬吾は頷いた。
「俺たちも戻るとしよう。しばらく離れていた故郷ってやつにな」
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