Scrap Regenerations ー不思議な金色の次元猫と、宇宙コロニー修理工の少女の物語ー

星ふくろう

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第一章

死神の憂鬱

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 彼は緩やかに忍び寄ってくる。

 彼女の脳裏でいくども幾度もくりかえされた疑問に、ようやくその重い口を開く。

「-----なの?」

「そうだ」

 いきなり耳を越えて脳裏に注がれる声。

 彼女は怯えにも似た顔をして辺りを見渡す。

 見慣れた自室。

 住み慣れた部屋で、時刻は朝に近い。

 まだ窓の外は明るさを夜から取り戻すことのできない世界が広がっている。

「誰?」

 何も返事がない。

 どうしたというのだろう、こんなに自分は疲れているのか。

 ああ、そうだ。昨夜のパーティーで飲んだカクテルの量が少し多かったのかもしれない。

 だとしたらなんとなくだが、納得がいく。

 先ほどの声は何かの音がそう聞こえたのかもしれない。

 そう思ってまたベッドに戻ろうとする。

「そうだ」

 またあの声だ。

 勢いよくベッドのシーツを剥いで飛び起きる。

 ベッド横の卓上灯のスイッチを入れた。

 誰もいない。

「なんなの……」

 見えない何かに対する恐怖が彼女の心を縛り上げていく。

 キリキリと音を立ててそれは締めあがり、息ができなくなりそうだ。

 不安が世界を歪めていく。

「あたしは死なないといけないの……?」

「そうだ」

 駄目だ。耐えきれない。

 室内灯を求めて壁際に移動する。

 スイッチを入れて、隣室にあるバスルームへの扉を開ける。

「なんなのよ、なんで誰もいないのよ……」

 バスルームの扉を開け、灯りをつけて鏡に対峙した。

 焦燥感に溢れた、どうしようもなく恐怖を感じているかのような顔。

 それでいて、彼女はまだどこかに余裕がある。

 彼がいる。

 彼が……。

 顔を洗うと再度鏡をみた。

 流水の音と共にまたあの声が聞こえる。

「そうだ」

 また、あの声だ。

 これを拾った時から始まったこの不幸な現実。

 首に下げた、年代物のネックレス。

 銀鎖の先に一枚の古い金貨がついている。

 これをあの運河で拾った日から、ハードラックな日々に悩まされている。

「なんでよ。

 いいじゃない。

 あたしみたいに一時間幾らの女になんでまとわりつくのよ……あなたは誰なの?」

「死神だ」

 声の主の返事に、女は悲鳴にならない声を上げた。



 女と共に死神は街中を走り抜ける。

 実際は彼が借りている器の男、娼婦である女。

 時間いくらで身体を売る、風俗の女。

 この辺りの街なら、裏通りにいけばどこにでもいる程度の大した美貌でもない普通のやさぐれた女。

 この世の中である意味誰にでも等しく訪れる存在である死神は先日、彼女を訪れた。

 この女が拾ったという胸に輝くネックレス。その先につけられた金貨。

 その金貨が、彼の目的を阻もうとしていた。

「まったくどうしようもない女だな、お前は。

 そのつまらない手癖の悪さが、命のやり取りに繋がるとわな。

 どれだけ不運なんだ?」

 追手の男たちを巻くために地下鉄の入り口を駆け下りる二人。

 女は低い背丈を隠すためのハイヒールが邪魔してうまく駆け下りることができず足をもつれされてしまう。

「そんな!

 そんなこと言われなくたって自分が最低の人間だってことくらい知ってるわよ!」

 さんざん罵られるのもいい加減腹に据えかねたのか、女が死神の手を放して階段で立ち止まる。

「おい、いまはそんな時じゃない」

 死神の入れ物の金髪の白人の男、年頃は三十代前半か。

 夏場でTシャツの腕裾から何かを多分、ラクダだろうか?

 それを模した刺青を左腕に彫っている。

「うるさい!」

 文句を発した女はブルネットの髪に黒い瞳。

 白人より黄色人種に近い肌。

「いい?

 あたしは確かにチンケな娼婦よ!

 これだって出来心じゃないわ、売ったら金になると思って拾ったのよ。

 でもね!」

 ダン、と勢いよく片足を階段に踏みつけた。

「あんたに救われたり、命を狙われる覚えなんてないの!

 ましてや、何日も毎晩毎晩声だけかけてきて、ストーカーじゃないの?ってくらいあたしにまとわりつくあんたは何なのよ!」

 死神がとりついた白人の男はどうしようもないやつだ、というような憐みに似た表情を見せる。

「いいか。

 いまの私は大した力は使えない。お前たちの言う、奇跡というやつはできない。

 その忌々しい胸元を飾る金貨のお陰でな。

 だが、逃げなければあいつらに捕まるぞ。

 そして、私は他人に獲物を譲る気はない」

 そう宣言すると、あまりにも体の線を強調しているワンピースの腰回りに腕をまわすと、女の予測できなかった行動にでた。

 女はというと、死神があいつらと言いながら視線で見た上方に追っての姿を視界に捉えそちらに気がいっていた。

 まるで荷物の様に肩に担がれたのを気づいたのは次の瞬間。

 死神の宣言通り、彼は女を担いで階段を駆け下りた。

 頭は背中に、足は腹に。

 真逆の方向性で男ってこんなに力強いんだと思い、一瞬でもその力強に親しみをもった自分を叱りつけながら抵抗はまったく無意味だった。

「ちょっ、ちょっとおおお!」

 女の悲鳴にも似た抗議の声を無視し、スカートの裾から下着が見えるのを何とか片手に持ったハンドバックで隠しながら生きた荷物は運ばれていく。

「ひゃっ」

 丁度、発車寸前の地下鉄に飛び乗った男を追いかけるように地下鉄の車両の扉は閉まろうとする。

 あと数秒遅ければ顔を挟まれていたに違いない。

 肝を冷やしながら女は死神に、丁寧にも馬鹿正直なほどにうやうやしく、地下鉄の席に降ろされた。

「済まなかったな。女性は丁重に扱え、だった」

 何かの拍子に思い出したかのように死神は言う。

「それ、もっと早く思い出して欲しかったわ……」

「すまない」

 女は死神の謝罪を受け入れつつ、発車した地下鉄の車輌に乗り込めなかった追手が、地団駄を踏んでいるのをみて助かった。いや、ひと息ついた気がした。





 多勢に無勢。

 体を借りた男は浮浪者にも近い生活をしていた元軍人だったが、現役時代ならまだ動けたであろうその肉体は、度重なる疲労で疲弊しきっていた。

 名目上は彼の獲物である女は相手方に奪還され、死神の身体には数発の弾が撃ち込まれていた。

 左足は先ほどの屋上での戦闘で勢い余って敵を道連れにしたものの、その代償として骨折していた。

「ついてない、とでもいうのかなこの惑星の言葉では」

 深淵にして絶対、絶対にして永遠。

 その彼が大いなる力を制限されるとこの程度にしか動けない。

 無限に近い時間の中でこれはこれで面白い体験だったし、この後に導く者たちをなるべく苦しめずに夢を見るように死にいざなうときには為になる経験だったが、この状況下ではそれもはるか数千年先にあるような出来事のような気がして楽しめなかった。

 何よりあの女。

 彼女はきちんと西部行きのバスに乗れたのだろうか。

 まあ、死ねば死んだでそれはすぐに分かるし、彼がこの惑星に残るべき任務とでも呼べる仕事は終わるのだが。

 問題がある。

 まだ、時間があるのだ。

 ここで死なせる訳にはいかない。

 タイムオーバー。

 その瞬間まで、彼女には生を楽しむ義務があるのだ。

 それはまだ、数時間だが残っていた。

「上に三人。

 周りに八人。

 多いな」

 適度にいま使える能力で索敵を行ってみる。

 なに、言ってみれば聞こえる音や感覚で捉えれるもの。

 その感度を上げただけだ。

 常人の数百倍に、だが。

 数分の休憩はなかなか有意義だった。

 死神は思ったのだ。

 この能力を回復に回せばいいではないか、と。

 失われた血を多く作り出し、脂肪を燃焼させ、この肉体に与えられた命をいま数年分回復に充てればそれで問題ない。 

 肉体の持ち主に体を返却する時に、次に訪問する時間を予定より長めに見てやればそれでつり合いはとれよう。

 死神の借りている宿主の記憶から様々なこういう事態に対抗する手段を選び出す。

 そうか、こうすればよいのか。

 同じように肉体を強化してやればいいのだ。

 体が負荷に耐えれる範囲内であれば。



 成程、これはなかなか面白いものだ。

 肉体を持つということはこういうものなのか。

 そして、力あるものが弱いものを蹂躙する。

 これもなかなか心地よいものだ。

 計八人。

 記憶にあった適度に抵抗を奪える技で男たちを多分、これを死なない程度に、という表現が正しいのだろう。

 その状態に追いやり、そのうちからまとめ役と思しき男の頭蓋に手をかざした。

「さて、何がでるのかな……」

 女が死んだという感じはしない。

 なら、この事態を起こした連中に、お礼というものをしておくべきだと死神の宿主の記憶が告げていた。

 叩きのめすなら完膚なきまでにしろと。

 頭蓋から見える一人の老人。

 この街のまとめ役。

 マフィアと呼ばれる集団の長。

 彼女の身柄をさらえと命じた首謀者。

「では行くか」

 記憶のどこかから出てきたのか、それとも宿主が言ってるのか。

 警察をそいつの携帯から呼んでおけといっている。

 ダイヤル?

 なんだそれは。

 感覚に従う感じに液晶の数字を押して通話開始。

 この街の司法機関なのだろう。

 人間のことは人間で解決してくれればそれでいい。

 スマホとやらをその辺りに放り出して、死神は襲ってきた男どものボス、とやらのところに行くことにする。

「おい、起きろ」

 たいして打撃を与えず、失神していた男の頬をはたく。

「ふむ。弱いな」

 種族としての脆弱性にかけては他にみるものが無い程に人間は弱い。

 仕方ない。

 脳に多少の刺激を与えてやる。

 人間風に言えば電気ショックというやつか。

「わああああ!」

 男は死神を見て悲鳴を上げた。

 小うるさい。とりあえず、指の骨を折れるかどうかのどころまで曲げて、ボスとやらに案内しろというと拒むから三本ほど折り曲げて見た。

 死んでしまえこの疫病神だのなんだのと暴言とやらを吐かれるがこちらは死神だ。

 否定するべきか迷ったが面倒くさいしほっておく。

 街中のビル街の一角。

 人間の基準にしては高級と呼べるらしい住居の中に彼はいた。

 宿主には悪いが、どうもそこに至るまでには物理的な障壁が多いようだ。肉体を近場の人が多いレストランに置いていくことにする。



「そうなのか?

 わしは死ぬのか?」

 その問いを死神は何度聞いて来ただろう。

 その都度、だれかれ構わずにそうだ、と肯定したことはなかった。

 だが、今回は目的があった。

 本人には自分の立場を明確に知らせておく必要があった。

「そうだ。

 そして、いま私がここにいる。

 その意味はわかるだろう?」

 初老の男は怯えを顔の全面に押し出しながら声でない声に耳を閉ざそうとしていた。

「なんでわしなんだ。

 わしが何をした?

 まだその時じゃないはずだ!」

 男は必死になってわめいている。

 あらぬ方向に向かって怒鳴りつけるが、残念ながら死神はそこにはいない。

「まだ?

 それは私が決めることでもない。

 自然に決まるものだ。まあ、時計とやらを進めてやってもいいがな」

 言って死神はあらぬ中空から姿を現した。

「い……嫌だ。

 わしはまだ死ねない。

 あのお方を迎えるまで、死ねないのだ」

 あのお方?

 まるで人間ではない何かを崇拝するように言う。

 変な感じがした。

「お前のいうあのお方、とやらの話をしてみろ。

 嫌ならどうにでも聞きだすことはできるが私はあまり寛容でもないがね」

「は、話せば見逃してくれるのか?」

 それは内容によるな、そう思ったが否定はしなかった。

 相手はそれを肯定と受け取ったようだ。勝手にべらべらと話始める。

「日本だ。

 いま、出てるじゃないか。もう三隻目で……。

 移民船に乗る連中が何十万といるんだ。

 そこに、あのお方が。

 あの方々が……次の四隻目に乗られるんだ。

 わしは興味がないぞ。だがあの方々は新しい世界を知りたいと。

 だから、あの金貨がいるんだと……。

 うちの間抜けがたまたま落としたのをあの娘が持って行っちまったから。

 仕方なかったんだよぉ」

 最後は泣き声になっていた。

 彼らはこの大陸を捨てようというのか。

 これだけ便利な国もそうはないというのに。

「古巣を捨てて行くとはな。

 人とはなかなか面白いものだ」

 そう告げてやる。

 あの金貨が何の役に立つというのか。

「そのお方の名はなんという?」

 どうせ、人間の作り上げたもの。

 かりそめの神を語る何かだろう。

 死神はそう思った。

「あのお方は……」

 あのお方は?

 そこまで言って、何かが爆ぜた。

 おやおや。

 死神はそう思った。

 先ほどまで能弁に語っていた男は単なる頭から下しか残っていなかった。

 この男の時間はまだあったのだがな。

 いささか、不機嫌な気分を味わった。

 死は自分の領分だ。

 犯すものは神といえども容赦はしない。さて、私の領分を犯したのはどこのどいつだ。

 とりあえず、死んだ男の魂はあの世に送ってやる。

 間違って悪魔にでも食べられるよりはマシ、というものだろう。
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