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第二章
碧の受難の日々
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「あっー‥‥‥」
「あ???」
ブラウニーが不思議そうな顔をする。
あ? の続きは何だろう、と。
「あんたねえ!
なんで、うちに居候したいなんて!?
ずうずうしいにも、程があるわよ!! ブラウニー!!」
ふむ。
その怒りはもっともだ。
しかし、とブラウニーはまた、端末を手渡す。
「何よこれ?」
「まあ、読んでみてくれ」
読むけど‥‥
と、そこには阿蘇の筆跡であろうサインと。
「済まないが、このブタ猫が地球上にいると人類の未来に関わるためーー」
うんうん、とブラウニーがうなづく。
「どうかしばらく、預かってくれないか‥‥‥碧ーー」
碧。
阿蘇がそう呼んでくれている。
碧。
碧、かあ。
碧‥‥‥かあ。
「いいなあ、あ、お。
阿蘇さーん‥‥‥」
願わくば、あの疫病神の。
厄介事ばかりを持ち込んでくる、実の兄の敬吾。
兄との相棒を解消して、流体犯罪専門捜査官、なんて。
御大層で危険な仕事をやめて
わたしと一緒にこのリングでーー
「で、どうかな??
いいかな? ボクはここにいさせて貰っても?」
と、ブラウニーは頃合いを見計らって碧に持ちかける。
まだ夢の中で、憧れの阿蘇と会話している碧はついつい、
「うん、いいよ。
うん」
と、答えたあとに、はっと現実に戻る。
「じゃあ、そういうことで。
あ、もちろん、家賃は払うぞ。
これ、前金な」
と、ブラウニーはテーブルの上に置かれた、碧の端末に何かを送信する。
「え、前金ってーー」
と、端末を手に取るとそこには、碧の銀行口座に振り込みがあったとのメッセージが一つ。
まあ、そんな大した金額ではないだろう。
そう思い、口座を開いて中を確認する。
そこにはーー
「300万ブラムーー」
碧が、人生を三度働いて得られるほどの大金。
生まれた時からあの兄のお陰でトラブルまみれ。
まともな大金なんて手にしたこともなく、安定した生活もようやく手にしたのは最近の事。
碧には大金に対する免疫がなかった。
端末を丁寧に、テーブルに置くと。
そのまま、ソファにうつ伏せに倒れてしまった‥‥‥
「え!?
おい、ちょっと!?
おーい、碧!???」
驚いたブラウニーが駆け寄り仰向けにすると碧は念仏のように唱えながら目を回していた。
「あははー‥‥‥大金。お金怖い、お金怖い、お金怖い‥‥‥」
と。
「まったく、びっくりしたぞ」
SUITが機能しているから、肉体的な衝撃を受けても再生はされているはず。
ブラウニーはそれは理解できていた。
だが、精神の状態まではなにが正常なのかは個々人によるから、再生というのは適用される時間が個人差がでるのかもしれない。
しかし、大金が怖いと言って目を回している人間には初めて出会った。
これは面白い経験になるかもしれない。
ブラウニーはまだ起き上がらない碧を横目に、いまから始まる楽しい日々を想像する。
まあ、阿蘇の筆跡を真似たサインと文面作戦はうまくいった。
と、次元猫はほくそ笑む。
「だって、兄さんと二人でいた時なんて。
本当に貧乏で、毎日がトラブルだらけで‥‥‥」
「そんなに酷かったのか?」
「酷いも何も‥‥‥」
と、碧はようやくソファから起き上がる。
「わたしが7歳。
兄さんが14歳。
その時に両親が亡くなった。あの日から、全部がおかしくなっちゃったーー」
碧の脳裏には様々な記憶が思い浮かぶ。
日本の片隅。
SUITの恩恵を受けることだけが、二人の兄妹を生かしてくれていた。
そして、兄の悪友の阿蘇の家族に助けられて過ごした日々。
すでに十数年の付き合いになる。
「まあ、そんなこともあるさ。
碧、きみはまだましだよ?
種族そのものを失って、孤独に生きる、それよりは。
まだ、ましなはずだ」
違うかい?
と、ブラウニーは碧に優しく言う。
「あー……。
ごめん、ブラウニー」
以前の受けた依頼の終了時。
碧は久遠の記憶に触れると同時に、ブラウニーの記憶にも触れていた。
彼のあまりにも重すぎる苦悩の数々。
それを瞬間的にだが、碧は垣間見ていた。
母星と引き換えに、仲間のすべてと引き換えに。
敵を滅ぼした、孤高の英雄。
それとも、大量殺人犯?
「やっぱり、見たのか?
ボクの記憶?」
「うん……。
そんな気はなかったんだけど。
あなたと久遠さんの別れの記憶も。
仲間を無くした時の記憶もーー」
見たわ。
そう、碧はブラウニーに言う。
「そっか。
なら、ボクが人類をというと大げさだな。
久遠を失わないために過去に来たことについては、どう思う?」
過去に来たこと?
うーん、と碧は考えこむ。
「過去を勝手に変えることが良いことなのか、悪いことなのか。
わかんないなー。でも、どこかで大きな波が来るような気がする」
「波?」
「そう、波。
世界の反対側で誰かがなにかをすれば、反対側でなにかがおこるかもしれない」
「バタフライ効果の話か?」
「うーあんまり詳しくないけど。
あの宇宙って輪になってるでしょ?」
と、碧は窓から見える、地球を覆うリングを指差す。
彼女の職場でもあるそれは、無粋な黒い影を宇宙に落としていた。
「あの中でね、粒子の波の中にいるじゃない?
どこかで大きな爆発とか起きたら、必ず、別のどこかに歪みがでるーのよね」
と、碧はブラウニーを見る。
「ねえ、ブラウニー。
世界が輪になってて、どこかで何かが起きて。
それを正常にしようって力がもしあるならーー」
「うん、あるなら?」
「世界は、歴史を変えようとするわたしたちを許さないんじゃないかな?
それとも、あなたと同じように世界を作れる創造できる存在がいれば、それは変わるのかな?」
ははっと、ブラウニーは笑う。
「この世界の創造主、か。
いるよ、碧」
え?
っと碧はソファから飛び起きる。
「それって、神話に出てくるような神様たちー……だよ、ね?」
いやいや、とブラウニーは首を振る。
「21世紀に産まれている。
人間だよ」
「え……うそ」
人間がそんな力をもって産まれてくるなんて信じられない。
碧はそういう顔をする。
「本当だよ。
彼はいま、地球にはいないけどな」
「なんでいないの?」
ブラウニーは難しい顔になる。
たぶん、碧が感じた限りでの話だが。
「ボクがあることを間違えた。
それで、あいつは恋人を失ったんだ。
この世界は、そうだなあ。
どこから話すべきだろう」
待ってね、と碧は冷蔵庫からビールを数本持ちだしてくる。
「おいおい、アルコールなんていいのか?」
「いいのいいの。
さっき噛まれた怪我の画像、上司に送ったら休めって返事きたから。
はい、じゃ聞きましょうか」
数世紀経過しても、この飲料だけは変わらない。
プシュッといい音がして、蓋を開けると碧はそれを飲み始めた。
「21世紀の初めだ。
ボクは、大きな力がこの世界に。この宇宙のこの惑星に産まれることを知っていた。
それは久遠に繋がる力。久遠には特別な能力はなかったけど。
でも、遺伝子にその記憶は残されていた。
ボクと久遠が次元の狭間に閉じ込めたアイツ。
アイツらが、いまからそうだなあー‥‥‥四千年ほど昔かな。
宇宙のある惑星に、その当時、他の惑星で文明を営んでいた種族を集めたんだ。
面白半分に集めて、殺し合いをさせた。
ただ、楽しむためだけに、ね」
ボクも貰っていいかな?
そう言い、ブラウニーは蓋を開けた。
「むごい話ね」
「ああ、酷い話だー‥‥‥。
だけどね、碧。
その惑星に移住させられた人類と、地球はある一部分で繋がってたんだ。
君の故郷の、日本のある地域とその星は繋がっていた。
碧、君は知っているかい?」
「何を???」
「異世界と異世界。
これらの泡は時たま、繋がり合うんだ。
アイツらは、それをむりやり繋げる技術があった。
つながった土地には、特殊な鉱石が産まれるんだ」
「鉱石?」
「うん、膨大なエネルギーを秘めた鉱石。
それは日本と中央アジアに多く眠っているーー」
それってつまり‥‥‥
「日本とその中央アジアは何度も異世界と繋がったことがーーある???」
「正解。
でもその鉱石はアイツらのエネルギー源でもあるんだ」
え?
ちょっと待って??
と、碧は混乱する。
それならば、ブラウニーが言う、アイツら。
彼らはいくらでも自由に動力源を確保できることにーー
「それって、無限に力を得ることができるんじゃ?」
うん、とブラウニーはうなづく。
「そうだよ。
だからボクは21世紀まで戻ったんだ。
彼に、圭祐に会うために。
彼を守るためにね」
「なんで守るの?
創造神の力があるなら、無敵じゃないの?」
と、碧は不思議そうに問う。
「産まれた時から、全てに目覚める訳じゃないよ、碧。
彼が目覚めるまで、僕は守るつもりだったーー」
だった?
なんで過去形なんだろ?
そう碧は思う。
「守れなかったの?」
ううん、とブラウニーはくびをふる。
「ちょっと話が前後するけどな。
この世界はアイツらを、一度、放逐してるんだ。
力ある物たちが協力して、異界へと追い出した。
でも、彼らは知ってたんだ。
いつか、アイツらが帰ってくるって」
ふーん、と碧は二本目のビールを開ける。
「で、その彼らが残したのが、その、誰だっけえーとー‥‥‥そう!
圭祐さんの誕生だった?」
「鋭いな。
そうだよ、彼は数千年の時間をかけてゆっくりと目覚めるはずだった。
この宇宙すべてに守られながらね」
「つまり、最終兵器を、宇宙が用意したわけね。
長い時間をかけて」
そう、とブラウニーは言いながらビールをあおる。
「そこでボクは間違えた」
間違えた?
「どういうこと?」
「ボクはなにもしちゃいけなかったんだ。
ただ、彼が目覚めるのを待てば良かった。
宇宙は、この惑星。
地球以外に、多くの力を散りばめて残していたんだ。
圭祐はそれをいろんな惑星を自力で巡って、手にしなきゃいけなかった。
でもー‥‥‥」
「彼の恋人を巻き込んだ?」
「うんー‥‥‥。
彼女、沙雪はそれで死んだ。
圭祐に力を渡して欲しいと、ある惑星の種族に依頼してね」
死んだってーー
「ねえ、ブラウニー。
あなたは多くを抱え過ぎよ。彼女だって、その種族に依頼してどうなったかはわからないけど。
でも、恋人の為にーー死んだのなら‥‥‥」
「でも、ボクがそうしなければ!!!」
「ならーー」
と、碧はブラウニーのヒゲを掴み上げる。
「もう一度、やりなおせばいいじゃない!
あなたの力で過去に戻ってーー」
だが、ブラウニーは寂しそうに首をふる。
「え、どういうこと?」
「圭祐は、その力を受け取った。
沙雪が行方不明になった少し後にね。
碧、君の知っている歴史には21世紀に、竜族が。
宇宙を旅する巨大なドラゴンが地球に飛来したーー
なんて歴史はあるかい?」
ドラゴン?
あの神話の?
「そんなもの、ある訳ないじゃない‥‥‥」
「だろうね。
でも、来てるんだ。
圭祐がその力を受け取るために、彼らは異世界や異界を数万年かけて旅をしてきた。
そして、手に入れたんだ。ヤツラに勝つ為の力をね。
一つの巨大勢力が、この宇宙にはいるんだよ」
「でも、そんな事実があったら、ちゃんと歴史にーー」
と、そこまで言って碧は、はっとなる。
「まさか、歴史を変えた?」
いや、とブラウニーは首をふる。
「変えたんじゃなくて、時間を戻したんだ。
彼らがやってきた歴史だけを、この宇宙の時間から戻した。
と、言うよりは消した、というべきかな。
世界の補正する力を利用した、見事な操作だったよ。
そして、彼ら竜族はさっきボクが話した4千年前に多くの種族が集まる惑星にむかった。
いまはそこにいると思うよ。
そしてね、地球とその惑星は繋がり、文明の交流が為された。
7年ほど続いたんだ。でも、竜族は立ち去る際に歴史を戻したから。
その技術は伝わっていない。
ただ一部の人類、圭祐とその仲間以外には、ね」
「うーん、難しいなあ。
で、その力を受け取って。
圭祐さんはどうしたの?」
「うん、断裂を作ったんだよ」
「断裂?」
「前に言ったろ?
世界は泡で包まれてるって」
「ああ、そういえば」
「その泡よりもはるかに硬い壁を作ったんだ。
過去のある時間からね」
「え、もしかしてそのある時間ってーー」
「そう、圭祐がボクと出会う前。
つまり、彼が誕生する以前。
そこに壁を作ったんだ。そして世界を二つに分けた」
「わけた?」
「そう、さっき言った鉱石や、ヤツラが宇宙の各地に残した移動手段がある世界とーー」
ブラウニーは寂しそうビールを飲む。
「ヤツラがどうあがいても、追って来れない。
そういう世界を、ボクと二人で作ったんだよ」
世界を作るって、そういう意味だったんだ。
碧はそう納得する。
あれ、でも待って。
なら、いまわたしたちがいるこの世界はーー?
「ねえ、じゃあ、この世界は!?」
すまないーー
そうブラウニーは言う。
「この世界は、前者だ。
だけど、鉱石とかそういった連中が残した遺跡はほとんどが新しい別世界に移動されてる。
圭祐や、その仲間たが宇宙中に散らばってそれをしてるんだ。
もう、五百年もそうやって、ボクたちは準備して来たんだよ」
「ねえ、ブラウニー。
ちょっと待ってよ。
そんなこと言っても、いまだって、ほらーー」
と、碧はリングの一部の影に見える巨大な宇宙船を指差す。
「ああやって、外銀河へ移民船団を送り出してんのよ?」
そうだよ、とブラウニーは言う。
「あれも、ボクたちの計画の一つだ。
彼らは知らないうちに、別世界へ転送される。
そう、なってるんだ」
あきれたーー
すべてがこの次元猫の掌のうえで操られているような気になってくる。
「それは、いま人類がしてることは。
全部、圭祐って人とアンタの計画で動いてるの?」
「ううん、碧。
これはこの宇宙の計画だよ。
圭祐という代行者を持つ、大きな世界の建てた計画だよ。
ボクは手を貸しているに過ぎない」
そういうとブラウニーは最後のビールの蓋を開ける。
あれ、おかしいな。
そう碧は思った。
断裂させたとか言いながら、あなた、久遠さんを探してるって言ってたじゃない、と。
もしかして‥‥‥
「あなた、久遠さんをー‥‥‥」
全部、復活させることが出来ないって知ってて断裂させることに協力したーー?
その碧の思念をブラウニーが読み取ったかどうかはわからない。
だが、寂しそうに笑う彼の笑顔に、碧は真実を知ったような、そんな気がした。
「あ???」
ブラウニーが不思議そうな顔をする。
あ? の続きは何だろう、と。
「あんたねえ!
なんで、うちに居候したいなんて!?
ずうずうしいにも、程があるわよ!! ブラウニー!!」
ふむ。
その怒りはもっともだ。
しかし、とブラウニーはまた、端末を手渡す。
「何よこれ?」
「まあ、読んでみてくれ」
読むけど‥‥
と、そこには阿蘇の筆跡であろうサインと。
「済まないが、このブタ猫が地球上にいると人類の未来に関わるためーー」
うんうん、とブラウニーがうなづく。
「どうかしばらく、預かってくれないか‥‥‥碧ーー」
碧。
阿蘇がそう呼んでくれている。
碧。
碧、かあ。
碧‥‥‥かあ。
「いいなあ、あ、お。
阿蘇さーん‥‥‥」
願わくば、あの疫病神の。
厄介事ばかりを持ち込んでくる、実の兄の敬吾。
兄との相棒を解消して、流体犯罪専門捜査官、なんて。
御大層で危険な仕事をやめて
わたしと一緒にこのリングでーー
「で、どうかな??
いいかな? ボクはここにいさせて貰っても?」
と、ブラウニーは頃合いを見計らって碧に持ちかける。
まだ夢の中で、憧れの阿蘇と会話している碧はついつい、
「うん、いいよ。
うん」
と、答えたあとに、はっと現実に戻る。
「じゃあ、そういうことで。
あ、もちろん、家賃は払うぞ。
これ、前金な」
と、ブラウニーはテーブルの上に置かれた、碧の端末に何かを送信する。
「え、前金ってーー」
と、端末を手に取るとそこには、碧の銀行口座に振り込みがあったとのメッセージが一つ。
まあ、そんな大した金額ではないだろう。
そう思い、口座を開いて中を確認する。
そこにはーー
「300万ブラムーー」
碧が、人生を三度働いて得られるほどの大金。
生まれた時からあの兄のお陰でトラブルまみれ。
まともな大金なんて手にしたこともなく、安定した生活もようやく手にしたのは最近の事。
碧には大金に対する免疫がなかった。
端末を丁寧に、テーブルに置くと。
そのまま、ソファにうつ伏せに倒れてしまった‥‥‥
「え!?
おい、ちょっと!?
おーい、碧!???」
驚いたブラウニーが駆け寄り仰向けにすると碧は念仏のように唱えながら目を回していた。
「あははー‥‥‥大金。お金怖い、お金怖い、お金怖い‥‥‥」
と。
「まったく、びっくりしたぞ」
SUITが機能しているから、肉体的な衝撃を受けても再生はされているはず。
ブラウニーはそれは理解できていた。
だが、精神の状態まではなにが正常なのかは個々人によるから、再生というのは適用される時間が個人差がでるのかもしれない。
しかし、大金が怖いと言って目を回している人間には初めて出会った。
これは面白い経験になるかもしれない。
ブラウニーはまだ起き上がらない碧を横目に、いまから始まる楽しい日々を想像する。
まあ、阿蘇の筆跡を真似たサインと文面作戦はうまくいった。
と、次元猫はほくそ笑む。
「だって、兄さんと二人でいた時なんて。
本当に貧乏で、毎日がトラブルだらけで‥‥‥」
「そんなに酷かったのか?」
「酷いも何も‥‥‥」
と、碧はようやくソファから起き上がる。
「わたしが7歳。
兄さんが14歳。
その時に両親が亡くなった。あの日から、全部がおかしくなっちゃったーー」
碧の脳裏には様々な記憶が思い浮かぶ。
日本の片隅。
SUITの恩恵を受けることだけが、二人の兄妹を生かしてくれていた。
そして、兄の悪友の阿蘇の家族に助けられて過ごした日々。
すでに十数年の付き合いになる。
「まあ、そんなこともあるさ。
碧、きみはまだましだよ?
種族そのものを失って、孤独に生きる、それよりは。
まだ、ましなはずだ」
違うかい?
と、ブラウニーは碧に優しく言う。
「あー……。
ごめん、ブラウニー」
以前の受けた依頼の終了時。
碧は久遠の記憶に触れると同時に、ブラウニーの記憶にも触れていた。
彼のあまりにも重すぎる苦悩の数々。
それを瞬間的にだが、碧は垣間見ていた。
母星と引き換えに、仲間のすべてと引き換えに。
敵を滅ぼした、孤高の英雄。
それとも、大量殺人犯?
「やっぱり、見たのか?
ボクの記憶?」
「うん……。
そんな気はなかったんだけど。
あなたと久遠さんの別れの記憶も。
仲間を無くした時の記憶もーー」
見たわ。
そう、碧はブラウニーに言う。
「そっか。
なら、ボクが人類をというと大げさだな。
久遠を失わないために過去に来たことについては、どう思う?」
過去に来たこと?
うーん、と碧は考えこむ。
「過去を勝手に変えることが良いことなのか、悪いことなのか。
わかんないなー。でも、どこかで大きな波が来るような気がする」
「波?」
「そう、波。
世界の反対側で誰かがなにかをすれば、反対側でなにかがおこるかもしれない」
「バタフライ効果の話か?」
「うーあんまり詳しくないけど。
あの宇宙って輪になってるでしょ?」
と、碧は窓から見える、地球を覆うリングを指差す。
彼女の職場でもあるそれは、無粋な黒い影を宇宙に落としていた。
「あの中でね、粒子の波の中にいるじゃない?
どこかで大きな爆発とか起きたら、必ず、別のどこかに歪みがでるーのよね」
と、碧はブラウニーを見る。
「ねえ、ブラウニー。
世界が輪になってて、どこかで何かが起きて。
それを正常にしようって力がもしあるならーー」
「うん、あるなら?」
「世界は、歴史を変えようとするわたしたちを許さないんじゃないかな?
それとも、あなたと同じように世界を作れる創造できる存在がいれば、それは変わるのかな?」
ははっと、ブラウニーは笑う。
「この世界の創造主、か。
いるよ、碧」
え?
っと碧はソファから飛び起きる。
「それって、神話に出てくるような神様たちー……だよ、ね?」
いやいや、とブラウニーは首を振る。
「21世紀に産まれている。
人間だよ」
「え……うそ」
人間がそんな力をもって産まれてくるなんて信じられない。
碧はそういう顔をする。
「本当だよ。
彼はいま、地球にはいないけどな」
「なんでいないの?」
ブラウニーは難しい顔になる。
たぶん、碧が感じた限りでの話だが。
「ボクがあることを間違えた。
それで、あいつは恋人を失ったんだ。
この世界は、そうだなあ。
どこから話すべきだろう」
待ってね、と碧は冷蔵庫からビールを数本持ちだしてくる。
「おいおい、アルコールなんていいのか?」
「いいのいいの。
さっき噛まれた怪我の画像、上司に送ったら休めって返事きたから。
はい、じゃ聞きましょうか」
数世紀経過しても、この飲料だけは変わらない。
プシュッといい音がして、蓋を開けると碧はそれを飲み始めた。
「21世紀の初めだ。
ボクは、大きな力がこの世界に。この宇宙のこの惑星に産まれることを知っていた。
それは久遠に繋がる力。久遠には特別な能力はなかったけど。
でも、遺伝子にその記憶は残されていた。
ボクと久遠が次元の狭間に閉じ込めたアイツ。
アイツらが、いまからそうだなあー‥‥‥四千年ほど昔かな。
宇宙のある惑星に、その当時、他の惑星で文明を営んでいた種族を集めたんだ。
面白半分に集めて、殺し合いをさせた。
ただ、楽しむためだけに、ね」
ボクも貰っていいかな?
そう言い、ブラウニーは蓋を開けた。
「むごい話ね」
「ああ、酷い話だー‥‥‥。
だけどね、碧。
その惑星に移住させられた人類と、地球はある一部分で繋がってたんだ。
君の故郷の、日本のある地域とその星は繋がっていた。
碧、君は知っているかい?」
「何を???」
「異世界と異世界。
これらの泡は時たま、繋がり合うんだ。
アイツらは、それをむりやり繋げる技術があった。
つながった土地には、特殊な鉱石が産まれるんだ」
「鉱石?」
「うん、膨大なエネルギーを秘めた鉱石。
それは日本と中央アジアに多く眠っているーー」
それってつまり‥‥‥
「日本とその中央アジアは何度も異世界と繋がったことがーーある???」
「正解。
でもその鉱石はアイツらのエネルギー源でもあるんだ」
え?
ちょっと待って??
と、碧は混乱する。
それならば、ブラウニーが言う、アイツら。
彼らはいくらでも自由に動力源を確保できることにーー
「それって、無限に力を得ることができるんじゃ?」
うん、とブラウニーはうなづく。
「そうだよ。
だからボクは21世紀まで戻ったんだ。
彼に、圭祐に会うために。
彼を守るためにね」
「なんで守るの?
創造神の力があるなら、無敵じゃないの?」
と、碧は不思議そうに問う。
「産まれた時から、全てに目覚める訳じゃないよ、碧。
彼が目覚めるまで、僕は守るつもりだったーー」
だった?
なんで過去形なんだろ?
そう碧は思う。
「守れなかったの?」
ううん、とブラウニーはくびをふる。
「ちょっと話が前後するけどな。
この世界はアイツらを、一度、放逐してるんだ。
力ある物たちが協力して、異界へと追い出した。
でも、彼らは知ってたんだ。
いつか、アイツらが帰ってくるって」
ふーん、と碧は二本目のビールを開ける。
「で、その彼らが残したのが、その、誰だっけえーとー‥‥‥そう!
圭祐さんの誕生だった?」
「鋭いな。
そうだよ、彼は数千年の時間をかけてゆっくりと目覚めるはずだった。
この宇宙すべてに守られながらね」
「つまり、最終兵器を、宇宙が用意したわけね。
長い時間をかけて」
そう、とブラウニーは言いながらビールをあおる。
「そこでボクは間違えた」
間違えた?
「どういうこと?」
「ボクはなにもしちゃいけなかったんだ。
ただ、彼が目覚めるのを待てば良かった。
宇宙は、この惑星。
地球以外に、多くの力を散りばめて残していたんだ。
圭祐はそれをいろんな惑星を自力で巡って、手にしなきゃいけなかった。
でもー‥‥‥」
「彼の恋人を巻き込んだ?」
「うんー‥‥‥。
彼女、沙雪はそれで死んだ。
圭祐に力を渡して欲しいと、ある惑星の種族に依頼してね」
死んだってーー
「ねえ、ブラウニー。
あなたは多くを抱え過ぎよ。彼女だって、その種族に依頼してどうなったかはわからないけど。
でも、恋人の為にーー死んだのなら‥‥‥」
「でも、ボクがそうしなければ!!!」
「ならーー」
と、碧はブラウニーのヒゲを掴み上げる。
「もう一度、やりなおせばいいじゃない!
あなたの力で過去に戻ってーー」
だが、ブラウニーは寂しそうに首をふる。
「え、どういうこと?」
「圭祐は、その力を受け取った。
沙雪が行方不明になった少し後にね。
碧、君の知っている歴史には21世紀に、竜族が。
宇宙を旅する巨大なドラゴンが地球に飛来したーー
なんて歴史はあるかい?」
ドラゴン?
あの神話の?
「そんなもの、ある訳ないじゃない‥‥‥」
「だろうね。
でも、来てるんだ。
圭祐がその力を受け取るために、彼らは異世界や異界を数万年かけて旅をしてきた。
そして、手に入れたんだ。ヤツラに勝つ為の力をね。
一つの巨大勢力が、この宇宙にはいるんだよ」
「でも、そんな事実があったら、ちゃんと歴史にーー」
と、そこまで言って碧は、はっとなる。
「まさか、歴史を変えた?」
いや、とブラウニーは首をふる。
「変えたんじゃなくて、時間を戻したんだ。
彼らがやってきた歴史だけを、この宇宙の時間から戻した。
と、言うよりは消した、というべきかな。
世界の補正する力を利用した、見事な操作だったよ。
そして、彼ら竜族はさっきボクが話した4千年前に多くの種族が集まる惑星にむかった。
いまはそこにいると思うよ。
そしてね、地球とその惑星は繋がり、文明の交流が為された。
7年ほど続いたんだ。でも、竜族は立ち去る際に歴史を戻したから。
その技術は伝わっていない。
ただ一部の人類、圭祐とその仲間以外には、ね」
「うーん、難しいなあ。
で、その力を受け取って。
圭祐さんはどうしたの?」
「うん、断裂を作ったんだよ」
「断裂?」
「前に言ったろ?
世界は泡で包まれてるって」
「ああ、そういえば」
「その泡よりもはるかに硬い壁を作ったんだ。
過去のある時間からね」
「え、もしかしてそのある時間ってーー」
「そう、圭祐がボクと出会う前。
つまり、彼が誕生する以前。
そこに壁を作ったんだ。そして世界を二つに分けた」
「わけた?」
「そう、さっき言った鉱石や、ヤツラが宇宙の各地に残した移動手段がある世界とーー」
ブラウニーは寂しそうビールを飲む。
「ヤツラがどうあがいても、追って来れない。
そういう世界を、ボクと二人で作ったんだよ」
世界を作るって、そういう意味だったんだ。
碧はそう納得する。
あれ、でも待って。
なら、いまわたしたちがいるこの世界はーー?
「ねえ、じゃあ、この世界は!?」
すまないーー
そうブラウニーは言う。
「この世界は、前者だ。
だけど、鉱石とかそういった連中が残した遺跡はほとんどが新しい別世界に移動されてる。
圭祐や、その仲間たが宇宙中に散らばってそれをしてるんだ。
もう、五百年もそうやって、ボクたちは準備して来たんだよ」
「ねえ、ブラウニー。
ちょっと待ってよ。
そんなこと言っても、いまだって、ほらーー」
と、碧はリングの一部の影に見える巨大な宇宙船を指差す。
「ああやって、外銀河へ移民船団を送り出してんのよ?」
そうだよ、とブラウニーは言う。
「あれも、ボクたちの計画の一つだ。
彼らは知らないうちに、別世界へ転送される。
そう、なってるんだ」
あきれたーー
すべてがこの次元猫の掌のうえで操られているような気になってくる。
「それは、いま人類がしてることは。
全部、圭祐って人とアンタの計画で動いてるの?」
「ううん、碧。
これはこの宇宙の計画だよ。
圭祐という代行者を持つ、大きな世界の建てた計画だよ。
ボクは手を貸しているに過ぎない」
そういうとブラウニーは最後のビールの蓋を開ける。
あれ、おかしいな。
そう碧は思った。
断裂させたとか言いながら、あなた、久遠さんを探してるって言ってたじゃない、と。
もしかして‥‥‥
「あなた、久遠さんをー‥‥‥」
全部、復活させることが出来ないって知ってて断裂させることに協力したーー?
その碧の思念をブラウニーが読み取ったかどうかはわからない。
だが、寂しそうに笑う彼の笑顔に、碧は真実を知ったような、そんな気がした。
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