理不尽な理由で毎夜夫に浮気されていると思っていた新婦ですが、訳あって彼をのんびりと待つことになりました。真実の愛を下さいね、愛しの旦那様?

星ふくろう

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第一章

第二話 春雨の夜 2

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「レザルタス侯爵夫人、お久しぶりですな」

 そう挨拶をしたのはアンナよりも頭一つ高い、日に焼けた褐色の肌のいかにも武人、といった風貌の男性。
 隣のブルーノ男爵家第二令息のレザロだった。
 
 刈り込んだその髪は王国には珍しく赤茶色。瞳はすみれに近い薄い青だったからどうにもアンバランスな感じを受けてしまう。
 笑顔が少なく、無骨なさまは人によっては強面の青年といった印象を持つかもしれない。
 いま、アンナの目の前にいるレザロは、二十代前半の若者といった感じでどこか困っているように見えた。

「それで本日のお呼び出しとは一体、なんの御用件でしょうか?
 侯爵夫人‥‥‥?」
「これはレザロ様。
 いつも我が夫が善きお付き合いをして頂いているとか」
「は‥‥‥っ?」
「いえ、ですから。
 我が夫、マクスウェルが当主になってから、両家には善い隣人としての仲がもたされたと。
 そう感謝を申しております」
「あ、いえ。それはお付き合いをするというほどのものでは――ありません、よ。
 ええこれほどに近い隣同士ですし。
 我が父、ブルーノ男爵も貴家には深く感謝をしております」

 いきなり執事を寄越したものだから、内心びっくりしてやってきたレザロだったが‥‥‥
 こうまで馬鹿丁寧に挨拶をされたのでは、嫌な予感がしてならない。
 まさかマクスウェルが妻にお役目の内容をバラしているとは思わないから、色街で二人して遊んでいるという噂がとうとう流れて来たのか。
 そんなことを思いながら、彼は冷や汗をかいていた。

 アンナはさもわたしは何も知りません。
 そんな感じで質問をするわけでもなく感謝を述べ、自分の夫の良さを並べてみせる。
 レザロは彼女が夫への深い愛情と尊敬の念を抱きつつも、寂しい。
 なんて言うものだからいたたまれなくなっていた。

「そうですね、侯爵様は本当に素晴らしい働きで‥‥‥」
「はい?
 我が夫は、お役目など頂いておりませんが?」
「‥‥‥え?」
「素晴らしい働きとはどういうことでしょうか、レザロ様?
 そういえば、あなた様も夜な夜な家を空けて困る。
 以前の公務に就いていた時はあれほど熱心だったのにと、ジョアンナが申していましたけど」
「いっ、妹が‥‥‥そんなことを申しましたか?」
「ええ、先週にお会いした際に。
 兄は、まるで人が変わったようだと。あんなに真面目だったのに、今ではどこかの女性の香りやお酒の臭い。後なんでしたか。そうそう、返り血や生傷も絶えないとか。
 どこでなにをされているのですか、レザロ様?
 わたしのマクスウェルが一緒にいることはもう調べがついていますよ?」
「そっ、そんな事実はありませんよ。
 なにを証拠に‥‥‥」

 とりあえず、調べてもいないがカマをかけてみる。
 赤毛の青年はそれでもとんでもない、と否定していたが狼狽している様子は隠せない。

 全てではないが、ある程度のことを知っているアンナはそれが面白くて、いじめるのが楽しくなっていた。
 ちょっと意地悪かもしれない。
 そう思いながらも、更に追い打ちをかけてみた。

「そうですか、レザロ様?
 どうやら北側の街では夜な夜な、黒と赤をはじめとした男性陣がはしゃいでいるという噂を耳にいたしまして」
「えっ!?
 いや、それはそのっ‥‥‥」
「なにか?
 まさか身に覚えがないなんて、そんなことは言われませんよね?」

 アンナはわざとらしい笑みを作りながらレザロを見てやると、彼は嘘のつけない性格なのか。
 それとも彼女の夫であり、上司でもある侯爵をこの侯爵家に戻すことが出来ていないという、罪悪感からなのか彼は視線を左上へと逸らしてしまった。

 ここは旦那様から詳しいことを聞いていないふりをして、畳みかけてみようかしら?
 アンナは心にわいて出た悪戯を抑えきれないまま、不満もあいまってそんなことを思ってしまった。

「あ、いやー。
 自分と公爵閣下は‥‥‥そのような不名誉な行いは‥‥‥ええ」
「聞こえませんね、レザロ様?
 殿方はもっとはっきり喋られた方が宜しいかと思いますが?」
「いえ、ですから。
 そのような噂の立つような真似は致しておりません」
「あら?
 わたしは赤と黒をはじめとした、とだけ申したはずですが?
 どうしてレザロ様がそのようなお返事をなさるのか、とても不思議なものですね?」
「あっ‥‥‥」

 しまった、レザロがそんな顔をしてももう遅い。
 アンナの罠にまんまと彼ははまってしまっていた。
 ここで言い訳をして全てを話すようなら部下としては失敗だし、知らぬ存ぜぬを通されてもアンナは面白くない。
 かといって、ああしました、こうしましたなんて、怒りの炎に油を注ぐような詳細な報告も欲しくなかった。
 つまるとこ、どんな言い訳をしてもレザロが助かる方法は少ないように思えたから、同席したグレアムは赤毛の青年に同情を感じてしまうのだった。

「まあ、どうでもいいですわ。
 旦那様が遊ばれるのなら、このアンナも妻として遊ばせていただきましょうか。
 ねえ、グレアムはどう思うの?」
「はっ?
 どう思うとおっしゃられましても、この老いぼれにはさっぱりと事情が分かりかねます。
 レザロ様、旦那様について何かご存知でしたら、どうか教えて頂きたいと思うのですが、いかがですか?」 
「いかがですかと言われても、自分は侯爵様がその、夜遊びといいますか。
 そんなことをされているというのを、今初めて知ったといいますか。
 もし、そんなことをされているというなら、アンナ様の心配も深いのだろうとは思います。
 しかし、知らないものは知らないと言いますか‥‥‥」

 ふうん。
 そこはきちんとするんだ。
 なら、どうしようかしら。
 
 アンナはそれならそれで、別の方向から攻めてみようという気になった。
 レザロはいまは職に就いていない。
 アンナは、先週たまたま会う機会があった彼の実妹のジョアンナから聞いていたから、そこを突いたら彼はどんな顔をするだろう?
 
「そうですか。
 そう言えばレザロ様?
 あなた様は以前、何をなさっていたのですか?」
「え?
 自分ですか?
 以前は海軍の憲兵といいますか。
 海軍の内部で起きた、海兵による事件や犯罪。
 逆に被害者が海兵に出れば、それも含めて捜査をする役割を‥‥‥」
「つまり、判事のようなことをされていた、と?」
「いえ、そこまでの権限はありませんよ。
 ただ、お役目の内容によっては特別な捜査権を持つだけでして‥‥‥」
「そうですか。
 いまはなにをなさっていらっしゃるのですか?
 最近はチェロの音がよく響いてきますが」

 とても下手くそな、とは言わないが心でそう付け加えてアンナは質問してみる。
 レザロは下手の横好きですと呟くと、申し訳なさそうに特に何もしていないと返事をするしかなかった。

「つまり、いまはお暇だと。
 そういうことですか?」
 わたしなどは旦那様が不在ですから、こうして公務を代わりに果たしている始末。
 もうそろそろ、女の命令では家人たちも従ってくれない。
 困ったものです、ねえ、グレアム?」
「‥‥‥とんでもない、奥様。
 家人たちは奥様を心配して悲しんでおりますよ。
 屋敷の主が不在な時間が長いということを」
「そうなのよね、グレアム。
 でもやっぱり女手ではだめなのよ。
 旦那様がちゃんとして頂かないと。
 そう思いません、レザロ様?」
「自分は暇ではありませんが。
 そう思いませんと言われましてもそれはなかなか。
 他の家に関して意見を唱えることは、失礼に当たりますから何も言えないですな」
「いえ、そうではないのです。
 わたしはお暇とは言いましたが、遊んでいる。とは申していません。
 ただ、そのお力を借りたいと申しております」

 途端、レザロの中に嫌な予感が湧き上がる。
 それはそのまま、正解でありアンナが伝えた申し出に、レザロは嫌だと言えなかった。
 
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