理不尽な理由で毎夜夫に浮気されていると思っていた新婦ですが、訳あって彼をのんびりと待つことになりました。真実の愛を下さいね、愛しの旦那様?

星ふくろう

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第一章

第十話 春雨の夜 10 (エミリア視点)

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「困るな」

 そう声を発したのはロッソだった。厄介だとばかりに、古着の山を見つめていた。
 レザロは意味がわからずにロッソを見返す。エミリアはほらみなさいよ、言わんこっちゃないとため息をつきかけていた。

「何がどう困るんだ? いい品だろ、侯爵様のお墨付きだってある。盗品と思われる心配だって無いのに?」
「だから、その侯爵様が困るんだよレズロさん」
「どういう意味だ? いいことだろう?」
「だからさーそれはあんたのような、貴族様の感覚だろ? 物は悪くない、だが値段はどうする? 侯爵様のお墨付きがある以上、安売りはできねー。何よりその侯爵様ってのが一番の問題だよ」

 ふうん。とレザロは考えこむふりをした。まあ、言いたいことは理解できる。侯爵様が問題っていう点もだ。ここは色街、世間の闇が這いずる場所。表の世界のそれも王侯貴族の代表ともいえる家が後ろ盾となれば、このロッソの親分だって同じような目で見られてしまう。権力者にすり寄ったやつ、と。

「あ、でもさ、ロッソ? あんたの親分なら、それもいいんじゃないの? 侯爵様とのつながりがあるのは、悪くないわよ?」
「あのな、エミリア。それが困るんだよ。うちらはどこにも属さないし、王国のエライさんとつながらない。それしたらどっかで仲間を売ることになるからな。まあ、もしかしたらつながりはあるかもしれんが、それは俺や親分よりもっと上の話だ。俺たちが勝手にどうこう取引していい相手じゃないんだよ」
「あ‥‥‥そう、なんだ。ごめん、ロッソ。こんないいネタなら、あんたの手柄になるかと思って‥‥‥」

 エミリアはしおらしくあやまったふりをした。さっさと上手な言い訳をかんがえなさいよとレザロに目で合図うする。それを受けた男爵家の次男坊はとても面白そうにうなづいていた。

「俺の手柄どうこうを考えてくれたのは嬉しいが、もうすこし頭を使えよな?」
「うん‥‥‥ロッソ。気を付けるよ、あんたが出世してくれたらあたしもうれしいから」
「馬鹿。やめろや、こんな場所でよお」

 ああ、なるほど。この二人はこんな関係か。ふうん、と意味ありげな視線を送ってくるレザロをエミリアが見ると、いやににやにやしている笑みが目に入ったからエミリアは面白くない。いつか両断してやるとばかりににらみつけたら、いささかひるんだ男爵家の次男坊がそこにいた。

「なあ、ロッソ。それなら僕はどうすればいい? こいつらは裁けないのか? だとしたら僕が侯爵様にお叱りをうけるんだが?」
「それはそちらさんの問題だからな。まあ俺たちにも上があるってことだよ。すっ飛ばしたらこの首が飛んでしまう。だがまあ‥‥‥」

 と、ロッソは意味ありげに微笑んだ。その紋章を外してくれるなら考えないことも無い、と。そう言って来たのだ。

「紋章を? それはいいが、そうなると――」
「ま、仕入れ値は安くなるな。ついでに売る値段もだ」
「ああ、そういうことか。じゃあ、僕たちの取り分は‥‥‥」
「もちろん、安くなるな。カボスと物々交換ってのはどうかな、レズロさん?」

 ‥‥‥こいつ。どこまでケチくさいの!? エミリアは呆れていた。侯爵家の紋章が困るというのは単なる口実だったんだ。そう理解するまで時間はかからなかった。ようは仕入れ値を安く買いたたき、自分が管理する露店の店先で得た利益を懐にいれようというのだ。その際に侯爵家のつながりがどう裏目にでるかわからないから、さっさと切り捨てようというつもり。そういうことなのだろう。

「‥‥‥小物ねえ‥‥‥」
「ん? なんか言ったかエミリア?」「ううん、なんでもないわ、ロッソ。それより、わたし店に顔出さなきゃ叱られる。あんた今夜くらい顔出してよ? 他の旦那方を待たせてるんだから」そう言い、手を胸に抱いてやるとロッソの顔がほころんだ。ちょろい、と言うより、だらしない。やはり、小物は小物だ。硬派ぶってもうすっぺらい外見はあっさりはがれ落ちてしまう。陸軍の男たちが懐かしいエミリアだった。

「まあ、そんな話も出たことだし。レズロさん、それでいいか? 俺たちも時間がなくてな」
「ちょっと、ロッソ。まだ気が早いよ!」
「文句言うなよ、お前は俺のもんだろ?」
「でも、ほら。お客さんだろ‥‥‥出来るおとこならちゃんとして欲しいじゃないか」
「ふん‥‥‥まあ、お前がそう言うなら。いいさ、レズロさん。下っ端に案内させるつもりだったが、俺が案内するよ。行こうか? 荷馬車も引いて来てくれな?」

 小さい、どこまでも自分が一番な狭いなかみしかもっていない。こんな男にどうして街の女たちが惚れるのか、エミリアには想像できなかった。胸に手をそわせようとするさっきまでの仕草は単なる酔客と変わらない。いや、それ以上にタチが悪いチンピラにしか思えなかった。

「あ、そう‥‥‥なら、馬車の御者台に乗らないか? 二人は座れるしな。歩くよりいいだろ、ロッソ?」
「それもそうだな。よし、そうしよう。エミリア、また後から行くからな?」
「本当に? 絶対だよ?」

 本当だよ、と彼からすれば恋人感覚なエミリアに愛想よく言うと、ロッソは御者台に上がり込んだ。そしてこの時だった。意外にも鋭い勘をはたらかせたような発言を彼がしたのは。

「なあ、レズロ?」
「なんだ、ロッソ。まだ何かあるのか?」
「いや、質問なんだが。お前さん、前に数人で露店街を歩いていなかったか? 俺のエミリアもいたはずだ。お前ら、どういう仲なんだ?」

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