理不尽な理由で毎夜夫に浮気されていると思っていた新婦ですが、訳あって彼をのんびりと待つことになりました。真実の愛を下さいね、愛しの旦那様?

星ふくろう

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第一章

第十二話 春雨の夜 12 

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 マックスめ‥‥‥
 レザロはそうぼやく。まさかそんな古くからここにいたなんて。
 こことは、色街のことだ。
 幼い時から馴染んでいるから、恐れなしに闇の奥深くへと掘り進んでいける。
 いかに探索とはいえ、どうしてそうも命知らずな居残りができるのかと思っていたが。
 そういう理由だったら、納得もいくというもんだ。
 レザロはそう思っていた。

「なら、ロッソ」
「なんだ?」
「その知り合いのマックスと同名のマックスをさ。これも縁だと思って助けてくれよ。あれでも良い仲間なんだ。いや、友人なんだよ」
「友人? 利用できるだけ利用したら捨てるのがいい、そんな言い方をしておいてか? 薄情なやつらだよ。エミリアも‥‥‥」
「あんたの喋り方が、いきなり大きくなったから不安になったんだろ、たぶんな。普段はあんな顔しないからな」
「詳しいな、おい。あいつの――いや、いい」
「何が知りたい?」
「何も知りたくねえよ。俺の想いは嘘じゃない。だから聞くことは何もない」

 その返事は同じ男としては信用できないなー。
 ニヤニヤとしながら、レザロは意地悪を言ってやる。

「おい、ロッソ。エミリアとは知り合って一年もたっていない。それにあんたの存在もさっき、初めて知ったんだ。信用してやれよ、僕とは何の関係もないぞ」
「‥‥‥こういう稼業をやってるとな、しがらみが多くなる。あれに負担というか、危険になるようなもんは与えたくない。その意味じゃ、侯爵様の財布に手を出したマックスを助けるのは気がすすまねーな」
「だが、こうして一緒に来てくれている。つまり、打算があるんだろ?」
「その侯爵様がどの侯爵様か俺にはまったく分からん。親方がどうするか後々、考えるんじゃねーか? 俺はどっちかに利益がでるならそれでいい。それだけだ」
「そんなもんかね。薄利で叩き買おうってかんがえには恐れ入るけどな」
「ああ、ケチだと言ってくれ。その代わり」
「代わり? なんだよ?」
「ま、後からわかるさ。ほら、そこを左だ」

 指示されるとおりに進むと、意外にもそこは港だった。
 怪しんで、処分する気か? 
 レザロの脳裏に、一瞬そんな思いがはしった。
 時刻は夕方、すでに北国の王都の夜は始まっている。
 密やかに悪事を行うには、悪くない時間だ。
 辺りにはそれぞれの外洋域から来た船舶の船乗りが休むための宿屋が数件、軒を連ねている。
 しかし、ロッソはそのうちの一軒の前で荷馬車を止めさせると、ここで待つようにレザロに言い、自分は建物の奥へと入っていった。

「‥‥‥ここが露店商の元締めの根拠地か??」
「待たせたな。入ってくれ、ああ荷馬車はそのままでいい。手下に積み荷を降ろさせる」
「それはいいが‥‥‥中に誰か、いるのか?」
「そりゃ、代金の話をしなくちゃならんだろ」
「そのあれか? あんたの親分が?」
「まさか、こんなとこにいるはずないだろ」

 まあ、そりゃそうだよなと思いなおし、数名の若者に荷馬車を明け渡した。船乗りのような荒くれた感じの若者たちは意外にも、客人には丁寧だった。
 船乗り? いや、それにしちゃ肌の焼け跡が薄いし、髪の縮れがない。
 ポーター。俗にいう、港の荷運びを仕事にしている連中かもしれないと、レザロは見当をつけてみた。

 案内されるがままに入った室内は、やはり薄暗い。
 それでいて、こざっぱりとした雰囲気があるしカボスだったか。
 柑橘系の香を焚いているのか、室内はうっすらと穏やかな空気が漂っていた。
 一階はロビーに大食堂。二階は宿屋になっているらしい。
 ここにも宿屋に買われてきた女性たちが、これから男の相手をするかのようにまばらにイスに座っていた。
 生気のない目がここの生き方が辛いことを語っているような気がして、それを見たレザロはふと目をそらしていた。
 
 アンナ様とお話した侯爵家や、妹のジョアンナのもつ幸せな感触とはまるで違う。
 ここはまさしく、場末。この世の終わりに近い場所、だった。
 従業員用の通路を抜け、レザロはロッソと彼の行く手を照らす女のもつランプに案内されて建物の奥へと移動する。どこをどう、通り抜けたか不明なほどに扉を潜ったその時。
 ようやく、ここだとロッソの声が辺りに響いた。

「意外だな」
「何がだ?」
「もっとこう、怪しげなものかと」
「まさか、ここはまともな商売をする方の受付だ」
「受付‥‥‥? じゃあ、あのくぐり抜けてきたのは――」
「そう、宿屋は全部裏でつながっていてな。ここに出れるのさ。この港は建て増し、建て増しだからな。こんなふうになっちまった」
「なるほどな。で、僕はなにをどうすればいいんだ?」
「ま、座ってくれ。夕食を用意させる。俺も腹が減ったんだ。いいだろ?」

 いいだろも何もない。待っていたのは昼間はこの港街の管理や応対に使われてる場だ。隣接した台所で誰かがフライパンを振るう音が聞こえてくるし、めのまえには既に酒瓶とコップが用意されている。
 それに、ロッソの手下たち――あの荷馬車を任せた彼らも控えていた。
 その一人が銅貨か銀貨かは分からないが。
 大事そうに抱えているのをみて、どうやら殺される心配は少なくなりそうだとレザロは内心でほっとしていた。

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