聖女と魔王の白い結婚

星ふくろう

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第二章 王女と海神の英雄

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 それはさも得も言われぬこうけいだったろう。
 羨望の絶景、狂気の絵画、嫉妬の残滓‥‥‥
 その手を下した相手、彼女は恋人? それとも、愛人か。
 もしくは、内縁の妻といってもいいほどの仲だったのかもしれない。
 彼女は――どこか無機質で、どこか満足のいく表情で呆けたようなまま、浴槽に浸かっていた。
 血に飢えた獣がその牙で無慈悲にも引き裂いた、かつての愛する男の鮮血の海にその身をともに横たえて笑っている。
 その様はどうみてもまともではない。
 だが、なぜか羨ましく思えたのがアリスには不思議だった。

「無残なものね‥‥‥ロラン様。
 なにがあったのだか――」
「アリス‥‥‥」

 リザが連れてきた騎士たちにアリスを下がらせようとする。
 仮にも相手は、勇者と双璧をなす英雄をくだした獣人だ。
 主人に危害が及ばないようにするのは、従者として当然の気配りのように騎士たちには思えた。
 
「いいのよ、リザ。
 あなたにも分かるでしょう?
 この子にはもう‥‥‥判断する心も、意志の炎も残っていないわ」

 賢者の瞳は魔や神が視るものと似た存在を視ることができる。
 ロランを殺害した犯人の獣人。
 マーシャは蒼いはずのその髪をぬめるようでべっとりと輝く血で真紅に染めながらみうごきひとつ、しようとしなかった。
 その頭に二つ立つ獣耳ですらもアリスが近づく音を聞いても、ピクリとも反応しない。
 
「ええ、確かに‥‥‥でも王女殿下。
 どうなさるおつもりですか?」
「どうしようかしら。
 魂でも残っていればまだ肉体を回復させて、ロラン様の蘇生も可能だったけど‥‥‥。
 これでは無理ね。
 もう、死神に連れ去られたあとのようだわ――」
「姫様!?
 そのような遺体に触れられてはなりません!!
 もしも、なにか呪いでもあったときには――!」

 騎士の一人がそう小さく叫び、アリスを押し戻そうと肩をそっと抱こうとする。
 ふう。
 大層なことばかりね、貴方達。でも、その役目ならそう言うのもしかたない。
 ただ、ついてきたというだけで、自分に何かあれば彼らが王の怒りに触れる。そう思うと、アリスはとりあえず、下がらざるをえなかった。

「ここは我々が後を‥‥‥姫様は王宮にお戻りになられたほうが宜しいかと」
「さあ、どうかしら?
 一応、門はくぐってきたけれど大神官様以下の方々はそうはさせて頂けないようだけど?
 ねえ、そう思わない?」
「‥‥‥はっ。
 確かに。
 どうなさいますか?」

 そう言うと、暗黙の了解を得たとばかりに四名の騎士は、そっと腰の剣に手をやった。
 部屋の入り口にはアリスたちをお帰り下さいとずっと言い続けながら案内してきた夜番の女神官と、彼女が室内を見て呼んだのだろう。
 神殿つきの衛士や武装神官たちが廊下狭しと詰めかけ、手にした槍や剣先を王女であるアリス一団に向けていた。海神エストの力を授かった神官たちは果たして、賢者の自分や魔族の王子リクトと比べたらどの程度の神力の差があるのかしら? そう思いながら、アリスは部下に声をかける。
 
「あなたはどうしたいの、テオ第一上級騎士団副長殿?」
「このような名を呼んでいただけるとは光栄でございますな。
 さて、いかがしましょうか?
 我らも聖騎士には及ばずとも、多少の魔法の心得もございますれば。
 しかし、この神殿にはある意味‥‥‥侵入者扱いを受けているような気もしますな?」
「彼女を守りたいわ、できるかしら?」
「はっ‥‥‥?」

 近づく槍の穂先の壁に数歩下がり、アリスを庇いながら彼は聞き返した。
 耳打ちされた、アリスの言葉が信じられなかったからだ。

「聞こえたでしょ?
 そのままの意味よ」
「姫様、それは――婚約者を殺害された容疑であの娘を連れ帰る。
 そういう下知でよろしいでしょうか? 王家の誇りを汚された‥‥‥というところでしょうかな?」
「良い案ね、でも王はそれを望まないかもしれない。
 上級騎士はどちらにつくの?」

 この二択の宣告に、テオは笑ってしまった。
 騎士は王に仕えるものだ。それが例え王女の命令だとしても、王が首を縦にうなづかなければ決定は下されない。もしこの場に王がいてアリスを殺せと言えば、それに従うのが名誉だというものだ。

「まあ‥‥‥そう、ですな。数世紀前までの土地や家名に縛られた騎士であれば、王につくでしょう。
 しかし、現代は雇われでございますからな。土地と金と‥‥‥爵位により契約しているに過ぎません。
 許されるならば、自らの主は自らの目と手で得たいものですな」
「あなた、見かけによらず強欲ね?
 それは怠惰につぐ、大罪よ?」
「隣にいるリザ様に比べれば許される強欲かと思いますが?」
「ちょっと――!!」

 リザは小声で抗議をするがその手は止まることなくある作業を、アリスとともに済まそうとしていた。
 その場を染め上げているロランの鮮血を魔法によって集約し、彼の肉体の復元のために食いちぎられてブランっとなっていた首と胴体を魔法の力場でうまく固定する作業だ。そして、動こうともしない裸の血まみれだった獣人の女神官をアリスは空間に描いた魔法陣に取り込み、その泡のような中に拘束してしまっていた。

「いいわ、強欲を許してあげる。
 代価は‥‥‥何が良いの?」
「さて、どうする?
 お前ら?」

 テオの問いかけに、槍程度では突破できない風の精霊を利用した魔法の壁を幾重にも張り巡らせ、部下たちはその後方で耳を傾けていた。
 さすがは、我らが姫様。
 相変わらず、男勝りでいらっしゃる、と。

「ハグーンに行きたいと言いだされたあの時から、我らの結論は決まっておりましょう。
 副団長殿」
「‥‥‥と、言う訳ですな。
 頂く褒美は大きいほど、上級騎士第一師団二百名。
 分かちあう喜びは大きいかと」
「贅沢な人たち‥‥‥。
 なら、まずは王族の私の婚約者を奪った海神エスト様の神殿から――頂くと致しましょう。
 王家の家紋に塗り付けられた真紅の穢れ。
 どう祓っていただけのるか楽しみだわ」

 やれやれ、そのまえにここからどうやって抜け出るおつもりですか、と上級騎士たちは首筋に冷や汗をかいていた。
 ここは神が住まう神殿。
 普通に考えれば、このまま闇から闇へと葬られても誰にも知られないまま済まされる可能性もあるのだから。
 そう数分の間に語りながら場を持たせていたら、なんと大神官までもが扉の向こうに姿を現したから騎士たちは驚いてしまう。
 神の次に権勢を誇り、王と並ぶ存在。
 そんな彼がこんな殺害現場に姿を現すとは思わなかったからだ。

「姫様っ。
 大神官様がおつきです――」
「‥‥‥え?
 そう、あの御方が来られるなんて」

 背を向けて作業に入っていたアリスがふりかえると、確かにそこにはこの海神エストの神殿の長、ロバート大神官が立っていた。
 神官長や女官長を引き連れ、夜着のままでは来れなかったのだろう。
 普段衣のローブをまとい、その頭には冠をご丁寧に被っていた。

「そうね、大神官様。
 どうしようかしら?
 リザ? あなた、あとは任せたわよ?」
「任せるって、陣を敷くだけじゃないの。
 ご自由にどうぞ、お姫様」
 
 侍女はもう付き合ってられないわ、と呆れたような声をだしてそう言い、作業に戻ると手を動かしていた。
 床に壁にと魔装具が据え付けられていく。
 賢者の塔で学んだものだけが知り得る移動用の魔法の補助装置。多分、神官たちからしてみればなにかを張りつけているとしか見えないだろう。
 こっちは任せていいわね‥‥‥、そう判断するとアリスは眠たそうな目つきでこちらを睨んでいるロバート大神官に向かい、王女らしく優雅にしかし、魔法の防護障壁を崩すことなく挨拶をした。

「困りますな、王女殿下。
 このような夜更けにはしたないとは思われませんか?
 おまけに‥‥‥穢れに呑み込まれますぞ?」
「お久しぶりですわ、大神官様。
 穢れ?
 その程度、私が呑まれたとしても助けて頂けるのでしょう?
 ですが、このような不名誉な事態を目の当たりにしようとは思いませんでしたわ。
 しかも、聖職者である英雄と女神官様の密なる恋とは‥‥‥。
 これは王家に対する侮辱と受け取っても宜しいでしょうか? 
 大神官様?」

 この娘、煮ても焼いても食えぬような顔をしておるわ。
 そう思いながら、ロバート大神官は片手を挙げて部下に槍の穂先を納めさせた。
 敵としては扱わない。ただし、交渉次第によっては――どうとでも可能だ。
 そんな、不敵な顔をして彼は王女にそっと、彼なりの救いの手を差し伸べようとしていた。

「アリス様。
 失礼ながら、その女獣人はこの神殿の単なる端女でございましてな。
 下女のようなものですよ。ロランめ、どうしてそのような目に遭ったのか。
 これは魔族の陰謀かもしれませんな?」
「はしため?
 奴隷だとおっしゃいますの?
 これだけの衣装に寝具類、家具に身に着ける法具も、揃えている書籍にしてもそう。
 奴隷が文字を読み書きし、しかも首輪すらないなんて。
 到底信じるには難しいお言葉ですわね?」

 目ざとい王女め。
 大神官はそう思いながら、隣の女官長を指差した。

「ここは本来、女官長の部屋でしてな。
 ロランの悪い遊びに‥‥‥時折、使われて困っていたようですな」
「ふふ、海神エスト様の神殿はこの十数年、英雄の教育すらもまともに出来なかったんですね?
 悲しいことです。
 では、この神殿での埋葬は余程、簡素で寂しい扱いを受けそうですね、大神官様?」
「なっ!?
 どういう意味ですかな、王女殿下?」
「いいえ、簡単な話ですわ。
 我が未来の夫が最後に愛した女性。
 二人を静かに眠らせるのは、奪われたこの不遇なアリスの、私の権利だと思いませんか?
 この下女の処刑も含めて――頂いて参ります。
 よろしいですね?」
「持ちだせる許可が下りますかな?
 その英雄の主‥‥‥エスト様より」

 さすがに神の名をだせば従うだろう。
 そう踏んだ大神官だが、しかし、アリスはそうですか? と軽く受け流していた。

「私、王女である以前に賢者でありますから。
 我が主は、ハグーンとジェニスの両輪を従える賢識の女神、青き月のフォンテーヌ様。
 残念ながら、エスト様の御下命には従えません」
「なっ!?
 正気か!!
 王家の守り神は我がエスト様だぞ?
 ここはその総本山。
 どうやって神の結界を突破するつもりだ!!!」

 あらら。
 やっぱりご存知ないのですね、大神官様。
 フォンテーヌ様の方が、エスト様よりも上位神なんですよ?
 言葉にはしないが、アリスから向けられた嘲笑の視線の裏にあるものをわからない大神官は、彼女の次の行動を予想できなかった。

「では、大神官。
 御機嫌よう‥‥‥また、ロラン様の葬儀でお会いしたいものですわ」
「待てーーっ!?」

 魔装具がその力を発揮し、アリス一行とその場にいた獣人が青い光に包まれる。
 目もくらむようなまばゆい輝きに、一瞬、大神官たちは視界を奪われた。
 そして、彼らが気づいた時。
 ロランの遺体とマーシャを含むアリスたちの姿は消えていた。
 
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