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プロローグ
断罪の朝
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遠くに鳥たちのさえずる声が聞こえた。
少女は寝たままでベッドの枕もとをまさぐり、そこに思うものがないことを知る。
「あれ‥‥‥?」
掛け布団から出てきたのは淡い稲穂のような土色の髪だ。すこしだけふわふわとしていて、寝くせをつけたまま辺りに金色の大海が広がると、その中にまだ眠そうにまぶたをこする顔が一つ。
まだ若い女性。人間に見えるが耳はすこしばかり尖っていて、半目に見開いたその瞳の色は黒。
黒眼金髪はグレイエルフの証だ。
まだ豊かではない上半身をレースやフリルをふんだんにあしらった下着に包み、繊細そうな細くも長い指先でようやく見つけたと脇のテーブルに置いてあったそれを軽く上からたたいた。
「ああ、うるさかった。いつの間に移動したんだろ。やっぱり駄目ね、自我を与えたら‥‥‥」
誰かに聞かれたら物騒な揉めごとに発展しなかねない、そんなことをさらりと言ってのけると自分の背に圧迫感があるのに気付いた。柔らかく温かな重さを感じる。
また? そう思って少女は目を見開いた。
「おはよう、アリス」
振り返ると純白の毛皮につつまれた生き物が一つ。
その身体を縮めるようにして、アリスと呼ばれた少女の背でまどろみの中にいたところを起こされたと、眠たそうな顔をしている。
「まるで猫のようね、ランディス。いつから四本足の夢の中に現実を見る生物になったの?」
「さて、いつからかな? この屋敷――いや、王宮に来てからかもしれん」
「そう、重たいから退いてもらえないかしら?」
白く見えた毛皮はどこか銀色の鈍い光を放っていて、真っ暗なはずの室内は月光が差し込んだように感じれる。
「ねえ、まぶしいからそれ、抑えてくれない?」
アリスは片目を閉じてそうランディスにたのんでいた。
猫に見えるそれは仕方ないとつぶやくと、ふうっと大きく息をはく。それはまるで、退屈しのぎにあきた好奇心旺盛な子供が新しいおもちゃを用意しろよ、と要求しているようにも見えた。
この子、もう何日目かしら。
ここに来てからずっとこの姿のままだわ。空を自由に飛び回ってうさばらしでもしれくればいいのに。
アリスは銀色の猫もどきをにらむと、毎朝の襲撃犯をよしよしと抱き寄せてやる。
「あなた、大丈夫なの?
谷にいたころのように自由にしていいのよ? ここにはあなたが何かをしても理解出来るような高レベルの魔法使いも魔女もいないんだから」
「さて、な。それは理解しているがアリスをおいてどこかに行くのも、我には問題だ」
アリスの胸に顔をよせて猫はやれやれとため息をつく。「お前を守れと我が主から仰せつかっている。身勝手な真似はできんのだ」
「そう‥‥‥ならせめて、上に乗るのだけは止めてくれない?」
「なぜだ? ここは居心地がいいぞ」
「あなた、猫に身を変じたらそのまま、心まで猫になってしまったの? 偉大なる白龍の名が泣くわよ?」
「致し方あるまい、たまたま近くにいて複製できるのがこれだけだったのだから」
それを言うなと龍が変身した猫は、耳をピタッと閉じてしまうとしょげた様子で答えた。
「我はだめな守護者かもしれん‥‥‥」
その伏し目がちな表情はとても悲し気で‥‥‥アリスは思わず目をそらしてしまった。
「どうだめなの、偉大なる白龍さま?」
「我はここに来てからたった数週間で、守るべき相手を失おうとしている。かならず守れと、竜王様に言われていたのに」
「そう。でもいいじゃない。それはあなたの責任じゃない。だってそうでしょ、ランディス?」
猫は目を伏せてしまっていた。聞きたくないと、その耳すらも閉じようとしている。アリスはそれはないでしょう、と頭を撫でてヒゲをひっぱってやった。
「いい、ランディス? わたしの生き方、わたしの命の価値、わたしの死はわたしが決めるの。だから、これで良いのよ。殿下からの申し出を受けたのは、このアリスなんだから。あなたには罪はないの‥‥‥ね?」
「それを額面通りに受け取れるほど、我は子供ではないよ、アリス」
「だって仕方ないじゃない。人間の貴族社会では夫の命令は絶対‥‥‥もっとも、まだ婚約者だけど」
そう言い、アリスは「あ、違うわ。もう婚約者でもないんだった」、と思いだしたように付け加えた。
「忌々しい人間の王子め‥‥‥」
「はいはい、あなたは終わったら竜の谷に戻るのよ、いい? でもわたしもあの時はびっくりしたわ。まさか、あんな場所で婚約破棄されるなんて――」
そう声を絞り出してうめくランディスをなだめると、少女はまだ明けない夜を窓の外に見やりながらあの日のことを思い出していた。
少女は寝たままでベッドの枕もとをまさぐり、そこに思うものがないことを知る。
「あれ‥‥‥?」
掛け布団から出てきたのは淡い稲穂のような土色の髪だ。すこしだけふわふわとしていて、寝くせをつけたまま辺りに金色の大海が広がると、その中にまだ眠そうにまぶたをこする顔が一つ。
まだ若い女性。人間に見えるが耳はすこしばかり尖っていて、半目に見開いたその瞳の色は黒。
黒眼金髪はグレイエルフの証だ。
まだ豊かではない上半身をレースやフリルをふんだんにあしらった下着に包み、繊細そうな細くも長い指先でようやく見つけたと脇のテーブルに置いてあったそれを軽く上からたたいた。
「ああ、うるさかった。いつの間に移動したんだろ。やっぱり駄目ね、自我を与えたら‥‥‥」
誰かに聞かれたら物騒な揉めごとに発展しなかねない、そんなことをさらりと言ってのけると自分の背に圧迫感があるのに気付いた。柔らかく温かな重さを感じる。
また? そう思って少女は目を見開いた。
「おはよう、アリス」
振り返ると純白の毛皮につつまれた生き物が一つ。
その身体を縮めるようにして、アリスと呼ばれた少女の背でまどろみの中にいたところを起こされたと、眠たそうな顔をしている。
「まるで猫のようね、ランディス。いつから四本足の夢の中に現実を見る生物になったの?」
「さて、いつからかな? この屋敷――いや、王宮に来てからかもしれん」
「そう、重たいから退いてもらえないかしら?」
白く見えた毛皮はどこか銀色の鈍い光を放っていて、真っ暗なはずの室内は月光が差し込んだように感じれる。
「ねえ、まぶしいからそれ、抑えてくれない?」
アリスは片目を閉じてそうランディスにたのんでいた。
猫に見えるそれは仕方ないとつぶやくと、ふうっと大きく息をはく。それはまるで、退屈しのぎにあきた好奇心旺盛な子供が新しいおもちゃを用意しろよ、と要求しているようにも見えた。
この子、もう何日目かしら。
ここに来てからずっとこの姿のままだわ。空を自由に飛び回ってうさばらしでもしれくればいいのに。
アリスは銀色の猫もどきをにらむと、毎朝の襲撃犯をよしよしと抱き寄せてやる。
「あなた、大丈夫なの?
谷にいたころのように自由にしていいのよ? ここにはあなたが何かをしても理解出来るような高レベルの魔法使いも魔女もいないんだから」
「さて、な。それは理解しているがアリスをおいてどこかに行くのも、我には問題だ」
アリスの胸に顔をよせて猫はやれやれとため息をつく。「お前を守れと我が主から仰せつかっている。身勝手な真似はできんのだ」
「そう‥‥‥ならせめて、上に乗るのだけは止めてくれない?」
「なぜだ? ここは居心地がいいぞ」
「あなた、猫に身を変じたらそのまま、心まで猫になってしまったの? 偉大なる白龍の名が泣くわよ?」
「致し方あるまい、たまたま近くにいて複製できるのがこれだけだったのだから」
それを言うなと龍が変身した猫は、耳をピタッと閉じてしまうとしょげた様子で答えた。
「我はだめな守護者かもしれん‥‥‥」
その伏し目がちな表情はとても悲し気で‥‥‥アリスは思わず目をそらしてしまった。
「どうだめなの、偉大なる白龍さま?」
「我はここに来てからたった数週間で、守るべき相手を失おうとしている。かならず守れと、竜王様に言われていたのに」
「そう。でもいいじゃない。それはあなたの責任じゃない。だってそうでしょ、ランディス?」
猫は目を伏せてしまっていた。聞きたくないと、その耳すらも閉じようとしている。アリスはそれはないでしょう、と頭を撫でてヒゲをひっぱってやった。
「いい、ランディス? わたしの生き方、わたしの命の価値、わたしの死はわたしが決めるの。だから、これで良いのよ。殿下からの申し出を受けたのは、このアリスなんだから。あなたには罪はないの‥‥‥ね?」
「それを額面通りに受け取れるほど、我は子供ではないよ、アリス」
「だって仕方ないじゃない。人間の貴族社会では夫の命令は絶対‥‥‥もっとも、まだ婚約者だけど」
そう言い、アリスは「あ、違うわ。もう婚約者でもないんだった」、と思いだしたように付け加えた。
「忌々しい人間の王子め‥‥‥」
「はいはい、あなたは終わったら竜の谷に戻るのよ、いい? でもわたしもあの時はびっくりしたわ。まさか、あんな場所で婚約破棄されるなんて――」
そう声を絞り出してうめくランディスをなだめると、少女はまだ明けない夜を窓の外に見やりながらあの日のことを思い出していた。
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