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プロローグ
殿下、卑怯なり!
しおりを挟む「まあ、あれだな。これまで三人ほど側室にしたがどれもな、妻の気に入らなかった。おかげで断罪するはめになってな‥‥‥」
「‥‥‥は? え、ちょっと? それ、初耳なんですけど。何言われているか理解していますか? わたしが聞いた側室の方々は、暇を出されたのだと‥‥‥」
「そんな訳あるか。ただお前が知らないだけだ。愚かな女が王室を出て行けるとすれば、その罪を問われて追放される以外にないじゃないか。それに――」
それになに? あなたたち夫婦はどこまで狂ってるの?
そんなことにわたしを巻き込まないで!
アリスの悲鳴はしかし、彼の奇行を予測することは無かった。
「それにあれだ。実家をお取り潰しにすれば、王国の財源も増えるだろう?」
「はいっ‥‥‥??」
うすら寒い感触が、アリスの背中を走り抜ける。
これ、確信犯だ。
そうグレイエルフの歌姫がうめいた時、銀色の猫もどきがそっと微笑んだことにアリスは気付かなかった。
「殿下? あなた、それ本気? まるで最初から仕組んでいたような、言いざまではないですか」
「あくまでも結果論で話をしているのだ。王国は潤う、僕はその名を傷つけずに済む、悪の根は‥‥‥いや、なんでもない。まあ、そういうことだ。理解したか?」
「悪の根ってなに? どういうことですか? まるで最初から狙っているかのように聞こえますけどね」
「‥‥‥気のせいだろ?」
「気のせいじゃありません! いいですか、このアリスが属するヒンメル氏族から人間ごときの王国が何かを得れるなんて、そんな不遜な考え持つようなら――」
アリスの怒りはますます募るばかりだ。
王子は嘲笑うかのようにそれは無理だな、と言葉を続ける。
「ん? ならどうする? ここで僕を殺すか? それもいいな、だがそれをすればお前のこの国に住まう仲間たちが一斉に死ぬことになるぞ?」
「―っ‥‥‥なんて卑怯な‥‥‥!!」
ほらほら、と王子は自分の喉元に輝く、ネックレスの先についた小指の先ほどの真紅のルビーをこれ見よがしに、アリスにみせつけた。
これの意味が分かるよな、賢い数百年も活きたグレイエルフの歌姫なら。
そう言われたのは、最初の婚約破棄を言い渡される前だった。
あの時まで、どこまでも底抜けに明るくて可愛らしい男の子だと思って彼を可愛がっていた自分に腹が立つ。
結婚の申し込みをしにやってきた王子を、軽々しく自室に招き入れた自分にも――
アリスがそう悔やむ中、王子はふっと片方の頬を上げ、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「まあ、そういうことだ。我がかつての妻? ああいや、まだ式もあげていないただの婚約者殿?」
「人間のくせにっ! 本気で滅ぼされたいの‥‥‥?」
「おや、怖いな。どこまでも深い海の底のような怒りを感じるよアリス。君はどうしてそうも感情を抑える術を持たないのか‥‥‥」
「誰だって仲間を人質にされてこれから殺されようとすればこうなりますよ! おまけに‥‥‥まだ誰も迎えたことのない夫になる予定だった男だって思えば‥‥‥憎さも倍増するわ」
「そうか? それは光栄なことだ。もっと憎んでくれていいぞ」
「はあっ!? どういう意味ですか? 本当に消滅さされたいの??」
「頭の足りないエルフらしい発言だな。どうしてこうも思慮が足りないのか‥‥‥」
呆れたようにするそのリアクションはどこまでもオーバーで、そしてアリスの怒りを煽る煽る。
この四百年、知的で礼節に厳しい歌姫と呼ばれてきた自分の全てが崩壊しそうだと思った時だった。
遠慮気味に数度、部屋のドアがノックされ、アリスの怒りを削ぐように向こうから誰かの声が届く。
「殿下、失礼いたします。申し上げます、御来客でございます」
「来客? 誰だ?」
「殿下、王宮より御使者が参っております」
「使いだと? 誰からの使いだ?」
「はい、王子妃様からの御使者のようでして」
「妻からの? 珍しいな、いいぞ。通せ」
「はい、かしこまりました」
扉の向こうから遠ざかる足音が聞こえると、王子は意外そうな顔をしていた。
王子妃様?
またタイミングが悪い‥‥‥
この男を夫にするなんてどんな悪妃なんだろ? アリスは夫婦ともに断罪してやりたくなってしまう。
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