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第一部 クローディアと氷の精霊王

婚約は豚王子とともに

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「ねーえ、どうー!?
 ちゃんと熱い??
 出てる――!???」

 地下深くから、クローディアは太陽のように紅い長い髪を結いあげたまま、空を仰ぎ見る。
 叫んだその先にはこの細長く深い縦穴の入り口があり、彼女がいるその位置からもう少し離れた場所に、これよりももっと幅の広い縦穴が掘られていた。

「おおーっ!
 出た出た――さすが神官様だな――っ!!
 これで冬も暖かい水を用意することができるっ!
 凍えなくて済むぞ――!!!」
「良かった――っ!!
 ねーえ、そっちではしゃいでないで、引き揚げてよ――!!」

 クローディアは再び、上で騒いでいる連中に声を張り上げる。

「おー悪い悪い、いま上げるからよ――」

 そんな声と共に、自分の腰回りと胴体に巻かれた頑丈な縄が引き揚げられて数分後に、クローディアは地上に帰還していた。
 穴の中は光もまばらでやっぱり、高い所は恐い。
 数年前に神官になってから毎年やっている作業とはいえ、クローディアはひやひやしながら太陽を浴びれたことを心の中で喜んでいた。

「どうだ?
 大丈夫か、神官様?」
「あーありがとー‥‥‥まあ、なんとか大丈夫です。
 でもあれね、ご先祖様たちがどこかの国に負けてたどり着いたとはいえー‥‥‥」
 
 クローディアにそう言われ、周囲にいた工夫や作業員たちが辺りを見渡す。
 あるのは広い広い。
 ただ、地平線まで見える草原とその先に天まで続いているぼやけたような、揺らめくものがある。
 
「まあ、な。
 初代の建国した王様だっけか?
 氷の精霊王様にお願いして土地を借りてくれたからなあ。
 本当ならーあれだもんな」

 一人が指差すその先には、氷の大地と氷山がいくつも連なる極北の大地と山脈が見えていた。
 その隣にはまだ凍っていない港もうっすらとあるし、国の中を流れる運河もある。
 これは全て、あの揺らめいているもの――精霊王様の結界がこの土地を暖かくしてくれているからだった。

「そうねー、いくら結界の中でも冬になれば雪は背丈まで積もるし。
 水汲みなんてできないもんね‥‥‥温泉の水源があってよかった。
 今年はまだ春先だし、あと十は探さないとだめね‥‥‥」
「まあ、明日も朝早くからここの整備に取り掛からんとな。
 飲めるかどうかの確認もいるし」
「ごめんなさいね‥‥‥」
 
 クローディアの声が少しだけくぐもってしまった。
 彼女が神官としてできることは、いまは温泉水や水源の探知。
 ただ、それだけなのだ。
 飲めるかどうかは別の神官が来ないと分からない。
 このあたり、才能の無さに限界を感じていたから、やるせなさも同時にあって複雑な気持ちになってしまう。

「いいよ、クローディアは一生懸命やってるじゃねーか。
 まだ十四歳だってのに、八歳で神官にまでなって。
 史上最年少だって、王都じゃ神官になったとき噂でもちきりだったぞ?
 温泉があるだけでも、冬が違うんだ。
 みんな、感謝してるのさ。
 さて、もう夕方になるしな。
 狼どもが出るとかなわねー。帰ろうぜ?」
「親方‥‥‥うん、ありがとうございます!」

 涙目になりながら、クローディアはうなづいたのだった。
 結界の外は白夜なのに、この中だけはなぜか太陽が上がり、月が昇る。
 ラスディア王国。
 そこは、不思議な極北にある小さな王国だった。
 
 クローディアは神官だから官舎がある。
 官舎は氷の精霊王様を奉る神殿の隣にあり、その中で大勢の神官がほとんどは生涯を終える。
 そんなある日のことだった。
 神殿の最高位の一人、氷の精霊王様の聖女だった女性が、他国の王妃になるという話が持ちが上がったのは。

「へえ‥‥‥まあ、あの方はこの国の王族だし、それもありよね」
「そそ。いいなあ、他国で王妃様だって。
 でもあれだよね、そうなると子供も産むことになるしー‥‥‥」

 朝早い礼拝を終えた後だ。
 朝食の席で、そんな話をしていた女の神官仲間が言い出した。
 聖女は子供を産む、いやそれ以前に男性に抱かれたら力を失う。
 つまり‥‥‥

「新しい聖女は誰なんだろね!?」
「さ、さあ??」
「クローディアなんかいいんじゃない?
 史上最年少で神官なった天才だもん。
 まあ、結婚適齢期は普通は十二歳。
 あなたは十四歳で、あたしは――もう二十一。
 諦めだけどねー‥‥‥」
「ははは‥‥‥お姉さん‥‥‥」

 神官の多くは貴族の令嬢。
 第二、第三令嬢がなる。
 クローディアも次女で実家は公爵家だが、その跡を継ぐのは妹が誰か旦那様をもらうだろうし、とあまり気にしていなかった。

 新たな聖女をどうするか、そんな話が神殿の中で盛り上がっている頃。
 当の他国の王妃になる現聖女は厄介なことをしてくれた。
 自分の従兄弟に当たる、この国の王子を神殿に招き、

「マクシミリアン。
 その子が話していたランドロス公爵家のご令嬢、クローディアよ。
 まだ十四歳だし、この神殿の最年少で神官になった天才。
 あなたのお嫁さんにぴったりだわ!」
「おお、そなたが、美しい紅の髪よのう‥‥‥うんうん」
「はっ?
 え、あのー‥‥‥???」

 誰?
 この歩く豚‥‥‥もとい、王子様?
 まるであれなんだけど、服を着てしゃべる豚――は、失礼か。
 挨拶、挨拶。
 でも、何を勝手に人の人生決めてくれてんのよ、このババア!
 そう、クローディアは汗でぎっとぎとの王子マクシミリアンに手を握られて冷や汗を流していた。

 だめ、生理的に――受け付けない!!

 しかし、相手は王族である。
 おまけに彼は次期国王なんて噂もある。
 誰だ、こんな歩く豚を選んだのは!?
 結婚したら、うまいことなんとかして豚舎‥‥‥いえいえ、どこかの塔に押し込めてしまおう。
 クローディアは頑なにそう決意して、神殿の中を案内して回る。
 名前だけイケメンの癖になんでその外見!?
 痩せたら‥‥‥イケメンかもしれないけど。
 嫌われたら、婚約諦めてくれるかな?
 そう思ったクローディアは一つだけ条件を出した。
 婚約を正式に決めるのは自分が十五歳になるこの冬のクローディアの誕生日にすること。
 そして――

「失礼ながら、王子様ともあろう御方がそのような体躯では‥‥‥贅沢だらけの生活をしていると国民に思われます。
 わたしは神官。
 清貧を良しとしています。
 これから、別の現場で社会勉強をなさって下さるのならば‥‥‥御請け致します」
「なっ!?
 僕はそのような考えでこの様になったわけではない!
 言われてみれば確かに。
 指導者たるもの、あなたの言われる清貧を心がけるべきかもな――では、何をすればいい!?」

 えーと‥‥‥
 クローディアは返事に困った。
 神殿を案内していてわかったのだが、このマクシミリアン。
 中身だけはイケメンだった。
 ただ、自制心が食欲と健康にだけは向かなかっただけで女性の扱いは――丁寧だった。
 めちゃくちゃ、丁寧過ぎた。
 なので、あまり無理は言えない。
 でも、豚は嫌だ。
 思い切った対処をしなければ、生涯をみじめな気もちで過ごさなければならない。
 よし!

「では、マクシミリアン様。
 お隣にいらっしゃる護衛の騎士様は、マクシミリアン様とほぼ背丈は同じ。
 これより冬のわたしの誕生日までー‥‥‥温泉の露天堀りの作業員になって下さい!!!」

 は、はは‥‥‥どうだ、これなら断るだろう!?
 しかし、クローディアは甘かった。
 砂糖水よりも甘すぎた。
 マクシミリアンはー‥‥‥その条件を文句ひとつ言わずに快諾し、翌日から冬のあの日まで。
 一日も休むことなく作業員を勤めあげたのだから‥‥‥
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