聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

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第二章

6

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 ――お前たち。
   自由になりたいかい?

 疑い深い視線、苦しみ抜いたその中には怨嗟と凄まじい怒りが含まれていた。
 だが、そのどれもの回答は同じく。

 ――そんな方法があるなら、お前に仕えてやる。
   この命、果てるまで‥‥‥。

「そう?
 なら、約束だよ?」
 そう端的に発した言葉は抑揚がなく、意思もなかった。
 まるでモノを軽く扱うように、右から左へと移すだけで済む。
 そんなあっけらかんとした返事とは裏腹に、ヨアヒムはふっと寂しく微笑んでいた。
 ならもらうよ、お前たちの命を。
 その言葉は彼の心のなかだけで発せられた。苔色の瞳は深い青みを増し、金色に近い色めきを咲かすと、その場を支配していた誰かの意思の圧が消えていた。

 変わりにヨアヒムの瞳には、三つの石のようなものが一度引き込まれ、彼ら三頭の中へと戻されていく。
 魔族との契約。
 誰も知らない、ヨアヒムも、ルーシェやヘザーも知らないうちに彼らは主従関係になっていた。
 その様をはたから見ていたダーゼンは絶句するしかなかった。
 かつて獣王の魔眼と呼ばれたありとあらゆる獣、生きる存在を従えた始祖の伝説。
 それが、息子の代になって顕現するなんて‥‥‥と。
 こうして、蒼い狼、黒い竜、赤い豹は売れ残り、としてヨアヒムの生家、フェザーン家で養われることになった。
 この騒ぎを主体的におさめたとして、ダーゼンは騎士の爵位を賜り、単なる軍事用魔獣の調教師から、王家の人間が乗る神獣や魔獣のテイマーとして格が上がった。
 そして、十年後。
 病死した父の後を継いだヨアヒムが、見習いから宮廷調教師の職に就いた時から彼の苦難は始まったのだった。

 *


「いじめ?‥‥‥」
「ええ、まあなんといいますか。
 やはり宮廷調教師ともなりましたら、先祖代々のエリート職ですから。
 それに任されていた神獣・魔獣のうち、神獣は御想像の通り大した世話は要りません。
 必要なのは魔獣の方でして‥‥‥」
「はあ‥‥‥。だけど、三匹、いま二匹‥‥‥??」
「匹言うな、この役立たず!!」
「はああ!!?
 なによ、えっと、ヘザーだっけ‥‥‥?
 役立たずってそれはないでしょ」
「なら、その匹なんていいと思うの?」
 だって、匹じゃん。獣だし。
 そうぼやくと、ウルルっと人型で唸られてハーミアは思わず、びくっと引いてしまう。
 なにが従順な魔獣よ、狂犬じゃないの。そう思うが、それは黙っておくことにした。
 眠っている間に喉元を噛み砕かれてはたまらないからだ。
「ああ、いえ。
 一人はいま実家へと戻っておりまして‥‥‥」
「そう?
 で。そのいじめがなにをしたからそうなった、って言うんですか?」
「いや、それは何をしたからどうこうではなく、その場にいたからなったんでしょうね‥‥‥」

 ヨアヒムの記憶は少しばかり過去にさかのぼる。
 あの日はとくに酷い日だった。
 三匹目のアミスティアが生まれ故郷に戻りたいからと、しばらく暇をやったあの日前後だ。

「おら、そっち持てよ!!
 いいかー?」
「おう、いいぞー、やれよ、ばっといけ!!」
 そうリーダー格の子爵令息が部下に声をかけた。 
 彼らは代々、王家の人間が騎乗する神獣や魔獣を扱い、調教するのが役割の家柄だ。
 ただでさえ有能でそれでいて王国の色に染まろうとしないダーゼンは自分たちに先祖が伝えてくれたテイムの方法を軽視しており、さらにそれが効果を上げていたのだから誰も文句が言えなかった。
 しかし、その父親も急死。そしてやってきた、その若い跡取り息子はテイマーとしては普通。
 人間としては三流というよりは、言われればはいはいということを聞く、根性なしに見えた。

 そんなある日だ。
 竜神アルバスの神官として法皇猊下の命により旅にでていたエレーナが帰国した。
 カーティス王太子は彼女よりもその仲間である、リザに執心になっていた頃。
 魔王レガイアがこの国に侵攻を開始した。
 同時に、それまで冷戦を保っていた西の大国、エルムド帝国もまた北上を開始する。
 こうなると双方向からの挟撃にも似ていて、官民問わず、戦力になる魔獣や家畜などの徴収礼が発行された。ヨアヒムの実家でそれとなく育てられてきた三匹にもその声はかかり――

「ぶっ、ぐっふ‥‥‥最低だ、あんたら‥‥‥!!」
「黙れよ、この移民が!!
 お前が隠しているからだろうが、さっさと出せよ!!
 あの仕えない魔獣をよ!
 それまでは‥‥‥これでも喰ってろ!!」
 そう言い、顔にぶつけられたのはスコップ一杯の馬糞だった。
 馬糞まみれになりながら、
「ふざけんな、断る!
 あいつらは、そんなに強い魔獣じゃないんだ!!」
 そう叫ぶヨアヒムの口内からポロポロとカスがこぼれ落ちていくのを見て、人並みに意識のある神獣は普通は笑いだすはずだった。
 しかし――
「なんだ‥‥‥?
 お前ら、こいつの味方でもすんのかよ?
 うちの家がずっと面倒見て来たんだろうが!!」
 子爵令息が手にしていたスコップをそのうちの一頭、鷹の頭とライオンの身体を持つグリフィンに放り投げる。相手はそれを器用にくちばしで受けとめると、フンっと見下げ果てたような視線を送った。
 俺たちが怖いのはお前なんかじゃない。
 その小僧も持つ、魔眼だ――
 そう誰も言わないが、あきらかにどの獣もヨアヒムを恐れていた。
 自分には侮蔑の視線が、しかし、ヨアヒムには畏怖の視線が。
 言わずともそれは子爵令息にも理解できた。
 
 *

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