聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

文字の大きさ
21 / 52
第三章

1

しおりを挟む

 それは法王とエレン女官長があの不毛な会話をするよりさかのぼること十日ほど前のこと。
 ハーミアが神殿に到着する一週間ほど前のことになる。


 その朝。
 アテンドル半島の内海に接する王国に一艘の船がたどり着いた。
 静かな湾内は波も荒くなく、どこからか、逃げてきた彼等は正規の検閲を受けるまえに王国の砂浜に打ち上げられており、早朝から漁に出ようと小舟を用意していた漁師たちによって発見されたという。
 紅の髪の緑の瞳。
 その肌は人に近いが、尾があり、黒い斑点がところどころに見て取れた。
「豹‥‥‥人、か?」
 発見した漁師の一人がそう言った時、数人といた打ち上げられた獣人の一人がうめいた。
「おい、大丈夫か!?
 しっかりしろ!!」
 獣人は全部で五体。
 そのうち、三体は大人で老人もいたが、彼等はすでにこと切れていた。
 残る二人はまだ若い。
 十代に見える少女と、更に幼い少年。
 その二人の目には恐怖しかなく、それが漁師には災難だった。

「どう‥‥‥したんだ?
 ここは安全だ、なぜそんな怪我をしているんだ?
 なにがあった!?」
 半島の外湾部に位置する獣人たちの国は密林に覆われていて、滅多に人前に姿を現すことがない。
 だから、漁師たちは知らなかったのだ。
 この豹人たちは火の精霊をその身に宿す、炎の豹人族であり‥‥‥子供であっても人間数人ならば容易く殺せるほどの狩り人であることを。
 ありがたいことに、言葉は通じた。
「何があった!?
 お前たちが‥‥‥人間が村を襲った!!」

 少女は叫んだ。
 その怒りに呼応して、髪の毛がぶわっと広がり、それは炎を帯びていく。
「おい、待て!
 待てってば!!
 俺たちはそんなことはしちゃいない。
 お前たちが倒れているのを見つけただけなんだ!!」

 しかし、怒りに捕らわれた少女はその攻撃の意思を止めようとはしなかった。
 まるで豹さながらに四つ足になり、唸り声をあげて標的を確認した狩人はその牙と爪を‥‥‥無実の漁師に向けて放っていく。
 まず二人。
 少女のたった地面のひと蹴りで、彼等は首や腹に致命傷を負い、絶命した。

「やっ、やめろ!!
 なんで攻撃するんだ!!
 俺たちは敵じゃない!!!」
「うるさい!!
 人間なんて、みんな同じだ!!」
 言葉が思念となり、炎を巻き付けて轟炎を巻き起こす。
 その竜巻のような攻撃から身を守る術はないと悟った漁師の一人は仕方ないと咄嗟に、幼い豹人にてをかけたのだが、それがいけなかった。
「アルスを放せ、この人間――」
 少女の意識は炎の槍を数条、その男にだけ向けたはずだった。
 しかし――

「お、ねえ‥‥‥ちゃ」
 少年を思わず盾にした男ごと、炎の槍は彼を墨へと変えた。
 その様を目のあたりにして少女が動きを止めたその一瞬。
 奇跡が起こったのか、それとも最後の死力を振り絞ったのか。
 倒れていた豹人の男が、どうにか立ち上がり、少女を抱き込んだ。

「やめろ、アミスティア。
 彼等は敵じゃない‥‥‥もう、いいんだ、もう‥‥‥」
「お、とうさんーでも、アルスが‥‥‥アルスが」
 彼女の問いに父親はもう答えれなかった。
 少女に正気を取り戻させるだけで、命の炎を燃やし尽くし天へと召されていた。
「そんな、お父さん、アルス、みんなっ―――」
 少女が、アミスティアと呼ばれた彼女が気が抜けた人形のようになった時、まだ生き残っていた漁師たちが銛の柄を使って彼女を滅多打ちにしていた。
 アミスティアは気を失い、死んだ漁師たちと豹人たちがその場に死骸の山を作っていた。

「なんてこった。
 こんなことなら助けるんじゃなかったー‥‥‥」
「まったくだ。
 なんのために、俺たちが声をかけたと。
 ルスアの兄貴、ハッシィユ、みんな死んじまった‥‥‥」
 もうこいつも殺すしかない。
 若者の一人が銛の穂先を向けた時、しかし、制止する声が入った。
「いや、待て。
 殺すな、厄介なことになる」
「だって、兄貴‥‥‥」
「仕方ないだろ!
 お役人がこの場の精霊などを使って話を聞いてみろー‥‥‥いままではいい。
 だが、殺そうとしたらそれは罪だ。
 暴かれるような罪はやっちゃならねえ‥‥‥」
「なら、どうすんだよ、この女は!?
 また気づけばー‥‥‥誰かが殺されるぞ!?」
 あれだ。
 生き残っていた一人が何かを思い出したかのように呟いた。

「あれだよ。
 罪人に使ったって言う。
 ほら、先代の頃にあったの魔法使いとかの大戦で使ったっていう、あの法具だ。
 あれなら、獣人の能力を封印できるはず‥‥‥だろ?」
 ああ、そういえばそんなものがあったな。
 兄貴と呼ばれた男はならそれを村の役人に言い、一緒に来てもらえ。
 そう命じると、少女を自分の銛の柄に縛り付けた。
 手足を同時に縛り、丸めたようにされた、まるで山で狩られた猪のように吊り下げられて彼女は運ばれていく。
「なんだこりゃ‥‥‥。
 豹人?
 なんでこんなことになったんだ、お前たち。
 何かしたのか?」

 朝早くまだ寝入っていたところを起こされて役人は機嫌が悪かった。
 それよりも昇ってくる太陽が焼け焦げた死体だの、内臓を漏らして絶命している死体だのを見て吐き気を催したらしい。
 あまり遠くない場所で吐けるだけのモノを吐き出すと、彼は少女に神封じと異名を取る鎖を手足に枷のようにしてつけた。
 まるで罪人のその様に、役人が次に心を砕かなければならないのは、この豹人族の少女の身の安全だった。

 「旦那、俺たちは助けようとしたんですぜ?
 だが、襲い掛かってきたのはあちらからだ。
 手出しすらしていないってのに。
 三人も殺された‥‥‥」
「厄介だな。
 とんでもなく、厄介だ。
 クロイス。
 お前で抑えておけるのか?」
 兄貴とも呼ばれ、クロイスとも呼ばれた若い漁師たちのリーダー格の青年は、海の男らしく武骨な顔を左右に振った。

「エリデアの旦那。
 無理でさあ。
 村の者たちは‥‥‥報復を考えるでしょう。
 その子の身体で返せというかもしれねえ。
 抱くだけで済めばいいが、必ず‥‥‥殺せと声があがる。
 いつまで、待たせばいいんですか?」
「はあ‥‥‥。
 そうだなあ。
 王都エリオスから聖騎士の方々が来られたとして‥‥‥まあ、一週間。
 その間にどうするか、だな」

 どう思う?
 役人エリデアはなるべく合法的に措置を行いたそうだった。
 だが、ここは辺境。
 僻地でもあり、隣国との国境も近い。
 この豹人一人のために要人を割ける余裕はなかった。

「どこかの家で預かるという訳にもいかんだろうな。
 村長からして難色を‥‥‥」
 村からは村民が総出で浜に出て来ていた。
 殺せ、そんなやつ。
 そんな声がそこかしこで上がっていた。
 これは無理だ。
 彼等を止めようなどとしたら、こちらが闇夜に足を滑らせて海に落ちたことにされかねない。
 それだけは勘弁だと、他の役人たちも首を振っていた。

「仕方あるまい‥‥‥。
 あそこを使うか」
「旦那?
 あそこっていうとー???」
「あれだ。 
 ほら、先年の戦争時に使われた捕虜を入れていた山牢だ」
 あー‥‥‥しかし、とクロイスはぽつりと言ってしまう。
「旦那、あそこはラブラスの‥‥‥巣になっていますぜ?
 まあ、あの洞窟の入り口はきちんとした鉄の扉があるから出てくることはないですが」
 ラブラスとは半身半蛇の知能があまり高くないモンスターの事だ。
 大抵は密林の奥か洞穴の奥に住んでネズミや小動物を食べるのだが‥‥‥
「どうやって繁殖したんだろうな、あの中で?」
「まあ、どこかに横穴があったか。
 それともあれもまあ奥が深いですからね。
 天然の洞窟を利用したって話だし。
 そこに放り込んでおくのは、どうですか?」
 あの山牢か。
 まあ、首輪までつけて、鎖を入り口につないでおけば‥‥‥逃げることはないかもしれない。
 一週間でいいのだし、もし、中でラプラスに食べられたらそれまでだ。
 それなら、村民の怒りも治まるかもしれない。

「わかった。
 そうしよう。
 あとは食事、か‥‥‥」
「これでいいんじゃないですかい、旦那?」
 ヤクザ風の漁師が、焦げた獣人の少年の肉体を持ってやってきた。
「いい具合に焼けてる。
 保存食代わりにはー‥‥‥ね?」
「むごい提案をするもんだ、お前は‥‥‥」
「そりゃどうも。
 で、これで行くんですかい?」
 勝手にしろ。
 そのヤクザ風の男は、この村の顔役。
 つまり、裏の取締役だった。
 逆らえば、役人とはいえ命に関わる。
 ブラエという、彼の肚の中は読めていた。
 能力を封じられた抵抗の出来ない少女だ。
 後から山牢に行き、その身体を好きにするなり‥‥‥奴隷として売るなり。
 勝手にするつもりなのだろう。
「なら、お前がやれ。
 わしはこれを報告する書類を書く。
 ブラエ、任せたぞ?」
「へい、旦那。
 お任せを‥‥‥」

 いやらしい笑みを浮かべるこの極悪人が、ラブラスにでも食べられてしまえばいいのに。
 役人エリデアはそう願いながら、少女を連中に引き渡したのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...