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第三章
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しおりを挟むそれは法王とエレン女官長があの不毛な会話をするよりさかのぼること十日ほど前のこと。
ハーミアが神殿に到着する一週間ほど前のことになる。
その朝。
アテンドル半島の内海に接する王国に一艘の船がたどり着いた。
静かな湾内は波も荒くなく、どこからか、逃げてきた彼等は正規の検閲を受けるまえに王国の砂浜に打ち上げられており、早朝から漁に出ようと小舟を用意していた漁師たちによって発見されたという。
紅の髪の緑の瞳。
その肌は人に近いが、尾があり、黒い斑点がところどころに見て取れた。
「豹‥‥‥人、か?」
発見した漁師の一人がそう言った時、数人といた打ち上げられた獣人の一人がうめいた。
「おい、大丈夫か!?
しっかりしろ!!」
獣人は全部で五体。
そのうち、三体は大人で老人もいたが、彼等はすでにこと切れていた。
残る二人はまだ若い。
十代に見える少女と、更に幼い少年。
その二人の目には恐怖しかなく、それが漁師には災難だった。
「どう‥‥‥したんだ?
ここは安全だ、なぜそんな怪我をしているんだ?
なにがあった!?」
半島の外湾部に位置する獣人たちの国は密林に覆われていて、滅多に人前に姿を現すことがない。
だから、漁師たちは知らなかったのだ。
この豹人たちは火の精霊をその身に宿す、炎の豹人族であり‥‥‥子供であっても人間数人ならば容易く殺せるほどの狩り人であることを。
ありがたいことに、言葉は通じた。
「何があった!?
お前たちが‥‥‥人間が村を襲った!!」
少女は叫んだ。
その怒りに呼応して、髪の毛がぶわっと広がり、それは炎を帯びていく。
「おい、待て!
待てってば!!
俺たちはそんなことはしちゃいない。
お前たちが倒れているのを見つけただけなんだ!!」
しかし、怒りに捕らわれた少女はその攻撃の意思を止めようとはしなかった。
まるで豹さながらに四つ足になり、唸り声をあげて標的を確認した狩人はその牙と爪を‥‥‥無実の漁師に向けて放っていく。
まず二人。
少女のたった地面のひと蹴りで、彼等は首や腹に致命傷を負い、絶命した。
「やっ、やめろ!!
なんで攻撃するんだ!!
俺たちは敵じゃない!!!」
「うるさい!!
人間なんて、みんな同じだ!!」
言葉が思念となり、炎を巻き付けて轟炎を巻き起こす。
その竜巻のような攻撃から身を守る術はないと悟った漁師の一人は仕方ないと咄嗟に、幼い豹人にてをかけたのだが、それがいけなかった。
「アルスを放せ、この人間――」
少女の意識は炎の槍を数条、その男にだけ向けたはずだった。
しかし――
「お、ねえ‥‥‥ちゃ」
少年を思わず盾にした男ごと、炎の槍は彼を墨へと変えた。
その様を目のあたりにして少女が動きを止めたその一瞬。
奇跡が起こったのか、それとも最後の死力を振り絞ったのか。
倒れていた豹人の男が、どうにか立ち上がり、少女を抱き込んだ。
「やめろ、アミスティア。
彼等は敵じゃない‥‥‥もう、いいんだ、もう‥‥‥」
「お、とうさんーでも、アルスが‥‥‥アルスが」
彼女の問いに父親はもう答えれなかった。
少女に正気を取り戻させるだけで、命の炎を燃やし尽くし天へと召されていた。
「そんな、お父さん、アルス、みんなっ―――」
少女が、アミスティアと呼ばれた彼女が気が抜けた人形のようになった時、まだ生き残っていた漁師たちが銛の柄を使って彼女を滅多打ちにしていた。
アミスティアは気を失い、死んだ漁師たちと豹人たちがその場に死骸の山を作っていた。
「なんてこった。
こんなことなら助けるんじゃなかったー‥‥‥」
「まったくだ。
なんのために、俺たちが声をかけたと。
ルスアの兄貴、ハッシィユ、みんな死んじまった‥‥‥」
もうこいつも殺すしかない。
若者の一人が銛の穂先を向けた時、しかし、制止する声が入った。
「いや、待て。
殺すな、厄介なことになる」
「だって、兄貴‥‥‥」
「仕方ないだろ!
お役人がこの場の精霊などを使って話を聞いてみろー‥‥‥いままではいい。
だが、殺そうとしたらそれは罪だ。
暴かれるような罪はやっちゃならねえ‥‥‥」
「なら、どうすんだよ、この女は!?
また気づけばー‥‥‥誰かが殺されるぞ!?」
あれだ。
生き残っていた一人が何かを思い出したかのように呟いた。
「あれだよ。
罪人に使ったって言う。
ほら、先代の頃にあったの魔法使いとかの大戦で使ったっていう、あの法具だ。
あれなら、獣人の能力を封印できるはず‥‥‥だろ?」
ああ、そういえばそんなものがあったな。
兄貴と呼ばれた男はならそれを村の役人に言い、一緒に来てもらえ。
そう命じると、少女を自分の銛の柄に縛り付けた。
手足を同時に縛り、丸めたようにされた、まるで山で狩られた猪のように吊り下げられて彼女は運ばれていく。
「なんだこりゃ‥‥‥。
豹人?
なんでこんなことになったんだ、お前たち。
何かしたのか?」
朝早くまだ寝入っていたところを起こされて役人は機嫌が悪かった。
それよりも昇ってくる太陽が焼け焦げた死体だの、内臓を漏らして絶命している死体だのを見て吐き気を催したらしい。
あまり遠くない場所で吐けるだけのモノを吐き出すと、彼は少女に神封じと異名を取る鎖を手足に枷のようにしてつけた。
まるで罪人のその様に、役人が次に心を砕かなければならないのは、この豹人族の少女の身の安全だった。
「旦那、俺たちは助けようとしたんですぜ?
だが、襲い掛かってきたのはあちらからだ。
手出しすらしていないってのに。
三人も殺された‥‥‥」
「厄介だな。
とんでもなく、厄介だ。
クロイス。
お前で抑えておけるのか?」
兄貴とも呼ばれ、クロイスとも呼ばれた若い漁師たちのリーダー格の青年は、海の男らしく武骨な顔を左右に振った。
「エリデアの旦那。
無理でさあ。
村の者たちは‥‥‥報復を考えるでしょう。
その子の身体で返せというかもしれねえ。
抱くだけで済めばいいが、必ず‥‥‥殺せと声があがる。
いつまで、待たせばいいんですか?」
「はあ‥‥‥。
そうだなあ。
王都エリオスから聖騎士の方々が来られたとして‥‥‥まあ、一週間。
その間にどうするか、だな」
どう思う?
役人エリデアはなるべく合法的に措置を行いたそうだった。
だが、ここは辺境。
僻地でもあり、隣国との国境も近い。
この豹人一人のために要人を割ける余裕はなかった。
「どこかの家で預かるという訳にもいかんだろうな。
村長からして難色を‥‥‥」
村からは村民が総出で浜に出て来ていた。
殺せ、そんなやつ。
そんな声がそこかしこで上がっていた。
これは無理だ。
彼等を止めようなどとしたら、こちらが闇夜に足を滑らせて海に落ちたことにされかねない。
それだけは勘弁だと、他の役人たちも首を振っていた。
「仕方あるまい‥‥‥。
あそこを使うか」
「旦那?
あそこっていうとー???」
「あれだ。
ほら、先年の戦争時に使われた捕虜を入れていた山牢だ」
あー‥‥‥しかし、とクロイスはぽつりと言ってしまう。
「旦那、あそこはラブラスの‥‥‥巣になっていますぜ?
まあ、あの洞窟の入り口はきちんとした鉄の扉があるから出てくることはないですが」
ラブラスとは半身半蛇の知能があまり高くないモンスターの事だ。
大抵は密林の奥か洞穴の奥に住んでネズミや小動物を食べるのだが‥‥‥
「どうやって繁殖したんだろうな、あの中で?」
「まあ、どこかに横穴があったか。
それともあれもまあ奥が深いですからね。
天然の洞窟を利用したって話だし。
そこに放り込んでおくのは、どうですか?」
あの山牢か。
まあ、首輪までつけて、鎖を入り口につないでおけば‥‥‥逃げることはないかもしれない。
一週間でいいのだし、もし、中でラプラスに食べられたらそれまでだ。
それなら、村民の怒りも治まるかもしれない。
「わかった。
そうしよう。
あとは食事、か‥‥‥」
「これでいいんじゃないですかい、旦那?」
ヤクザ風の漁師が、焦げた獣人の少年の肉体を持ってやってきた。
「いい具合に焼けてる。
保存食代わりにはー‥‥‥ね?」
「むごい提案をするもんだ、お前は‥‥‥」
「そりゃどうも。
で、これで行くんですかい?」
勝手にしろ。
そのヤクザ風の男は、この村の顔役。
つまり、裏の取締役だった。
逆らえば、役人とはいえ命に関わる。
ブラエという、彼の肚の中は読めていた。
能力を封じられた抵抗の出来ない少女だ。
後から山牢に行き、その身体を好きにするなり‥‥‥奴隷として売るなり。
勝手にするつもりなのだろう。
「なら、お前がやれ。
わしはこれを報告する書類を書く。
ブラエ、任せたぞ?」
「へい、旦那。
お任せを‥‥‥」
いやらしい笑みを浮かべるこの極悪人が、ラブラスにでも食べられてしまえばいいのに。
役人エリデアはそう願いながら、少女を連中に引き渡したのだった。
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