聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

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第五章

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 彼の行動にナフィーサは驚きの声を上げた。
「あの、待ってください。
 あなたは?
 わたしは確かにナフィーサだけど。あなたを知らない‥‥‥」
 老人はおや? という顔になるとなるほど、と自分で納得したかのようにうなづいていた。
 リザとエレノアはそのやりとりを見て、あれ以上の攻撃をしなくて良かったと胸を撫でおろす。
 ナフィーサは狐につままれたような感覚に襲われていた。
「まあ、知らないのも無理はないのかもしれません。
 あなたのおっしゃる通り、遊戯盤はいろいろなところに作用しているようだ。
 わたしもその影響を受けているかもしれない。
 あくまで、かも。ですがね?」
「ごめんなさい、あなたの言ってる意味がわたしには分かりません。
 あなたは、シュバイエ卿? 
 この本に書かれている通りの‥‥‥御本人なのですか?」
 いいえ、違いますよ。老人はそう言い、首を振った。
「残念ながら、主はもうこの世にはいません。
 ああ、主というのはそこのあなたが読んでいた本に書かれている、剣聖シュバイエ卿のことです」
 ええー‥‥‥、と残念そうな声がリザから上がるのを無視して、エレノアが待ってくださいと口を挟んだ。

「宰相様?
 じゃあ、宰相様は‥‥‥どなたなんですか?
 ボクたちは誰に仕えてきたの?」
 老人は優しくエレノアに微笑むと、心配しなくていいんだよと部下をねぎらっていた。
「わたしは剣聖シュバイエ卿の使われていた剣。そのものだよ、エレノア?
 そのことは魔王様も主だった幹部たちも知っているはずだがね?」
「えっ。
 宰相様が‥‥‥剣?」
 そんなあ、とリザが悲し気に言い、エレノアとナフィーサは剣? 剣が人の姿を取るんだ??
 と、逆にいろいろと驚いていた。
「魔族や神、精霊。人間でもいいのだけどね、エレノア、リザ。
 力ある存在の血を吸い続けた剣は、ときたまだが自分の意思を持つことがあるんだ。
 わたしはシュバイエ卿が一人で討伐した魔王ルクスターの数万の軍勢の血を吸って‥‥‥こうして、人の姿を保てるようになったのだよ?
 もちろん、この姿は‥‥‥」
「本当のシュバイエ卿、そのものの姿?
 いま、魔王ルクスターを倒したと。そうおっしゃいませんでしたか?」
 ナフィーサは驚きを隠せなかった。
 確かに、その手記には魔王ルクスターの名があり、シュバイエ卿が一人で数万の魔族を倒したと書かれていた。
 まさか、そんなことが可能だったなんて‥‥‥と、彼女はもう何を信じていいか分からなくなってしまっていた。

「本当ですよ、ナフィーサ様。
 我が主は、たった一人でルクスターの数万の軍然を下しました。
 そして、その剣だった私が、生まれたのですから」
「それは先ほども聞きましたけど。
 でも、ルクスターをあなたが? 
 いいえ、あなたの主人がいまから数年以内に討伐する、と?
 そういうことですか?
 この伝記とこの先にどんなつながりがあるのですか?」
 ふむ。
 老人? いや老剣は困った顔をしていた。
 何を告げればいいのか。しかし、その多くは伝記に記してあるはずだ、とも思いながら。
「これから、どちらに行かれますかな?」
「一度、アーハンルドに戻ります。
 明日の朝からまた、エレーナを守らないといけないから?」
 エレーナ?
 その単語にシュバイエ卿がピクリと反応した。
 老人は興味深そうにナフィーサを見ると、ある質問を発した。

「ナフィーサ様。
 そのエレーナ様ですが。彼女の御年齢は?」
「えっ?
 ああ、多分だけど。
 十二歳だったと。護送する前に誕生日を迎えていたはずだから」
「‥‥‥なるほど」
 老人は黙ってしまった。何かを深く考えているようで、古い記憶をいくつか確認しているようにも見えた。
「ナフィーサ様。
 魔王ルクスターの件はほうっておいても宜しいでしょう。
 二千年以上前であっても、時代がきちんと流れるのであればルクスターは討伐されるはず。
 我が主と私はあの時代、南方大陸におりましたからな。
 その件に関しては、我が魔王軍とわたしが引き受けます」
「はあ‥‥‥でも、エレーナは?
 魔王リクトなんて存在もいるんですけど??」

 リクト?
 まるでその名前に聞き覚えがないかのように、老人は首を傾げていた。
「その魔王はわたしは存じませんな。
 なるべく歴史が変わらないように補正するとしましょう。
 さて、エレーナの件ですが」
「はあ‥‥‥。何でしょうか?」
「そのエレーナもまた‥‥‥そうですな。
 千六百年ほど、過去の人物です」
「はあ!!??
 なんですかーそれ。もう‥‥‥南だけでなく、この西の大陸でも時間が狂ってるの?」
 と、いいますか。そう、宰相は言葉を告げる。
「エレーナは竜神様の聖女として、魔王レガイアを討伐した聖女ですからな。
 まあ、それはその本にも書いておりますので‥‥‥。
 おそらく、この世界において正確な歴史を認識しているのは、わたしとあと数人。
 神や魔を含めてですが。ナフィーサ様ほどの高位の存在ですらあの遊戯盤の干渉を受けておられるというか、まだこの世界に来られて日が浅いのでは?
 本来の能力を取り戻すまで時間がかかるでしょう。そう、数年は。
 どこまでが正確な事実であるかはわかりません。
 ですがその為の、その本。その手記です。
 どうか、お役立て下さい」
「あの、でも‥‥‥どう、役立てろ、と?」
 老人はまずは、と口を開いた。
「あなた様はアーハンルドにお戻りください。
 エレーナが。なるべく、彼女が動きたいようにしてあげて下さい」
「なるほ‥‥‥ど。
 でも、それは具体的にはなにをすればいいのですか?」
 そうですな、とシュバイエ卿はエレノアとリザを振り返る。
「このリザをお連れ下さい。
 いずれ、リザとあなた様。そして、エレーナの求める仲間があなた様たちの元に現れるはずです。
 その時までに、あなた様は多くの力を取り戻されるはず。実際の歳月にして四年はかかると思われますからな。
 これからわたしがお教えする演技を、どうかそれと分からないようにして頂きたい」

 演技?
 そんなこと、出来るかしらとナフィーサは相方になる予定のリザと顔を見合わせてお互いに不安だと確信し、再度、シュバイエ卿を見ていた。
「あの、その‥‥‥失敗したら?
 どこかで破綻したらどうするんですか?
 誰かあの悪魔のような遊戯盤を壊すんです?」
 誰があの神々を止めるんですか? そう続けようとして、ナフィーサは見てしまった。
 過去を生きていまここにる、歴史の代弁者のどこまでも深くて温かい、安心を与えるようなその笑顔を。
「黙って従え、ですか。
 わかりました‥‥‥。
 なにか気を付けることはありますか?」
 老人は思案し、笑顔で一言だけ告げる。
 そうですな、竜騎士には気を付けて頂きたい。それと安心して死んで頂きたい、と。
 無茶苦茶なその助言を、ナフィーサとリザは唖然として受け入れていた。
 自分はいつか死ぬのだと、そう理解しながら。
 そして、魔王ルクスターが復活していると聞いたエレノアが、一人複雑な顔をしていることに誰も気づいていなかった。


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