聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

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第六章

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「それは無理。
 だって、魔王ルクスター様と決別したのは‥‥‥ボクらなんだから」
「決別‥‥‥?」
 レビンには意味がわからなかった。魔族は一枚岩だ。
 己の主には忠誠を尽くすはず。なのに、離反?
「魔王様は二度目の失敗は許さない御方だったから。
 エウリュアレは幹部統括で、ボクが幹部の一人で。その下にラーミアが、ほら。
 火竜のあの子がいたんだ。ラーミアのしくじりを、あの御方は許さなかったの。それどころか、ラーミアの氏族まで滅ぼそうとしたから」
「幹部のほどんどが、その行為に離反を決意して、西の魔王グレイシア様の元で匿ってもらったのです。
 その後、主だった部下をグレイシア様の元に残しわたくしたちは、魔都グレインスケーフの魔王フェイブスターク様の元へと」
 こいつら魔王軍の最高幹部だったんだ。
 そんな暴露、今更してどうすんだよ。レビンはそう思いながら、これでは話が進まないと遮ることにした。

「ん、まあ‥‥‥いまでは俺の可愛い使い魔だ。
 それでだ、エレノア。エウリュアレ。
 どう思う?
 今回の依頼は、この国から一度、アーハンルド王国に行き、そこから魔王シェイブ様に来たものだという。
 我が魔王軍やアーハンルド王国はおいていくとして、賢者の都ハグーンやジェニスの塔との関連性は?」
「それはー‥‥‥多分、ないと思う」
「ない?
 どういう意味だ!?」
「だからー」
 エレノアはエウリュアレに任せたと手で合図する。
「この付近の帝国も王国も十数年前の魔導大戦で疲弊していますし、王国のエリオス王家は資産家ではありますが、密林に多く住む炎豹族との交戦となるとここは原始の妖精界に通じていますからまたどこから手が出てくるかも知れず。それならば、竜神の神殿に丸投げしてしまえ、と‥‥‥」
「ああ、そういうことか。
 ところが、竜神の神殿はお前たちの言う南方大陸に手がかかるから、DACISに丸投げしろ、と。
 そういうことか‥‥‥。なんたる奇縁だ」
 レビンが呆れ果てる中、そうでもないよ、とエレノアが声をかける。


「少なくともこの帆船やラブラスの発生はほぼ、偶然の産物だけど。
 でも、炎豹族の漁村襲撃は作られた記憶だよ?」
「‥‥‥どういうことだ??」
 エレノアが上を指差した。
「つまり、魔獣を封印から解いたり、炎豹族に幻術をかけて自在にあやつろうとしようとした存在は、そのままいるってこと。
 だから、無駄足ではなかって思うんだよねー。
 上にいるあの貴族令嬢様。
 かなーりの高位魔族だよ?」
「で‥‥‥ここに眠る魔獣とは??」
 恐る恐るレビンが尋ねると、エウリュアレがおずおずと口を開いた。
「ご主人様‥‥‥その、わたくしめの眷属、かと」
 はあ‥‥‥。まあ、エウリュアレほどではないにせよ、元魔王の最高幹部の眷属なら、脅威になる魔獣ではある。しかし、いまはエウリュアレの配下になったわけだ。レビンはじろりとエレノアを見た。
「おい、あれがあれば勝てるか?」
 あれ?
 エレノアはふと考えこみ、ああ、と手を叩いた。

「うん。
 あの剣があれば。
 問題ないよ」
「じゃあ、使っていい。ただし、上だけを斬れよ?
 下は斬るな。意味、わかるか?」
「まあ、なんとなく‥‥‥」
 ふん、とレビンは鼻を鳴らし、
「エウリュアレ、眷属にこの帆船全てを出港させるように言え。
 いま魔王ルクスターがいるなら、その場を貰いに行くぞ」
「え?!
 それはどういう‥‥‥?」
「だから、ルクスターは宰相様の元主人によって倒されるのだろう?
 なら、お前は眷属を連れて故郷の大森林に戻れ」
 しかし、と白蛇は不安そうな顔をする。
 あそこには、魔王リクトがいるはずだからだ。
「心配するしなくていいよ、エウリュアレ。
 魔王リクトはうちの魔王様のお既知の中だから。ね、レビン?」
「え、そんなっ!
 まさか‥‥‥本当に‥‥‥?」
「本当だ。
 害はない。
 俺も一部しか話を聞いていないが‥‥‥交流はあるという。エウリュアレ、お前はラーミアやその他を連れて戻れ。
 エレノア、終わったら戻って来い」
「はーい‥‥‥」
 なんとなく不穏な空気を感じて、背に身長ほどの長剣をどこから取り出したのか。
 それを背負って吸血姫は虚空へと姿を消した。

 エウリュアレがそれを不安そうに見送り、ぽつりと呟いていた。
「あの子、本当に理解しているのかしら。
 上だけと言われたのは相手の上半身ではなく、この帆船を閉じ込めている場に穴を作れという意味だと‥‥‥?」
「まあ、大丈夫だろう。
 多分、な」
 二人の心配そうな声が重なった時。
 凄まじい悲鳴と共に――洞穴の上空がぽっかりと切取られたように空いたのだった。
 そして、エレノアが満足そうな顔をして剣をおさめ戻ってくる。
「まあ、今回はうまくいったな」
 よしよしと頭を撫でて褒めてもらう吸血姫は、吸血姫というよりは従順な子犬のようで‥‥‥。
「エウリュアレ。
 五隻だが、空で行けるか?」
 この程度ならばどうにかなりますのでと、白蛇は眷属を載せて天空を舞う艦隊を引き連れて南の方角に旅立った。
「さて、と。
 で、エレノア。
 まだあるんだろ?」
 レビンはさっさと全貌を吐け、とエレノアに目配せする。
 銀色の翼に長剣をおさめた少女は、
「もちろん。
 魔獣と、炎豹族だけじゃないんだよねー。
 各地で魔獣をあやつってるやつがいる。
 さーて、起きる時間だよ。
 炎豹族のアミスティア?」
 死者の蘇生は無理でも、その死体を利用した支配は可能だ。
 死ぬ前の綺麗なからだに戻った、赤い毛皮の少女はエレノアにひざまづいていた。
「じゃ、教えてもらおうかなー?
 君のご主人様は、ああ、死ぬ前のね?
 ここに来させたのは、誰かな?」
 エレノアとレビンがその名前を聞いた時。
 すでにその不貞の輩は、神聖アーハンルド王国に潜入していたのだった。




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