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第一章 棄てられた死霊術師
死者に捧げる花
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「旦那さん、ここでいいかい?」
「ああ、すまないな。助かったよ。ありがとう」
「いえいえ――」
王都は広い。
その最奥にある王宮の周囲を守る三重の内壁を抜けるまでに門が五つ。
それぞれに兵士がついていて、門番をしている。一つ一つの門の近くにある守衛が勤める詰所で手続きをしなければ、警備が厳重な王宮から出ることはできない。
よくある物語のように、王に命じられた勇者たちが、さあ今から旅にでますよ。いきなり、王都の外にでれました、なんて都合よくはいかないのだ。
王宮から見て二つ目と三つ目の郭の内側には貴族が住む貴族街がある。
その中で特別な許可を得た商人を御用商人という。
彼らは、王都の市民が住む外壁から内壁に入るまえに検閲を受けるから、この内壁の五つの門をあまり厳しい検査を受けずに通行できた。
いま、アーチャーはその商人の馬車に同乗させてもらい、内壁の最外殻の門までやってきていた。
人事院で領主の任命書と移動辞令、そして貴族への爵位褒章は儀式を簡素化して書類一枚で与えられた。
それらを得るまでの時間だけで約半日を必要としてしまった。
つまらない時間の無駄だ。
アーチャーはそうぼやいていた。
与えられた爵位は準伯爵。
騎士より上位で、近衛衛士の衛士長と同格。ついでに、聖騎士とも等しい身分だった。
「宮廷死霊術師から間を七つも爵位をすっ飛ばして、一気に出世させるなんて、当代の国王は賢いんだか、世間知らずなのか‥‥‥ほら、これでいいかい?」
「ええ、こちらに――イディス準伯爵‥‥‥様? 失礼ですが、あまりお見受けしない――あれ? 死霊術師様ではないですか?」
「意外ですか? 先ほど国王陛下から頂いたんですよ、いきなりの出世で驚いているところです」
「ええ、ええ。これはまあ、おめでとうございます、死霊術師様。こんな立身出世、いまの世ではなかなかないことですよ。さすが、名高い勇者ライルさまのお仲間でいらっしゃる」
「えっ‥‥‥? あ、ライルね、うん。ありがとうございます‥‥‥これも、ライル様のおかげですよ」
微妙だった。
心がなぜかしくしくと痛んだ。
さすが、名高い勇者ライル‥‥‥あの、嫌悪感に満ちた欺瞞の眼差しで俺を追放したライルの名声が役に立つなんて、と。
こんなつまらない自尊心を傷けられた?
俺もまだまだ子供だな。
アーチャーは己を皮肉気に笑うと、守衛が戻してきた書類を受け取った。
「凄いですね、準伯爵様。これからは、あの最果ての地。タイレス辺境国の領主も兼任されるのですか‥‥‥」
「辺境国? あそこはそんな名称だったか?」
「最近変わったんですよ、準伯爵様。いいえ、領主様を兼任なさるとすれば、一つ格上になりますから辺境伯様になられますな。なんとも羨ましい限りです、本当に‥‥‥」
「そんなもんかな? 変わりたいなら譲るけど、どうだい?」
いえ、御勘弁ください。
そう言い、彼は丁重な態度でアーチャーを送り出してくれた。
「辺境国? ‥‥‥いつのまに格上の存在になったんだ、あの飛び地の領主なら、王家に継ぐ権力だって持てるのに、今の領主は転封を願い出た? どうにも嫌な予感しかしない人事だな、これ」
手にした数枚の書類を革製の円筒に戻すと蓋をして、それを懐にしまうとアーチャーはまだある外壁へと続く次の門を目指した。
まったく、どれだけ厳重なんだよここは‥‥‥
ぼやきながらこれからの事を考える。
花がいるな、それと馬だ。
荷物はまとまっているからどうでもいい。
内壁と外壁の間に扇状に広がる市街にでてやれやれと肩を降ろすと、大通りに続く道を目指して歩き出す。
目当ての花屋はその両脇に店を構える露店の一つに存在した。
「おばさん、アデラの花、あるかい? 時期外れかな?」
「アデラの花? どこかの墓所に献花でもするのかい?」
「ああ‥‥‥前に来ただろ? あれの被害者の中に、親しい人がいてね」
「前‥‥‥? あの、地下からのあれかい? 言葉にするのもおぞましい――」
「その、あれだよ。俺も思いだしたくない」
「そう、だね‥‥‥。古い話だし、あんたもまだ若い‥‥‥」
「まあ、誰でもいいじゃないか。それより、あるのかい?なければ、おいている店を教えて欲しいんだ」
店主の女性はいまはおいていないと、首を振ってアーチャーに告げた。
あれは冬の花。
ここにはないねえ、と。
しかし、彼女も被害者の一人だったのかもしれない。
あそこの店ならあるかもしれない、そう教えてくれた店にアーチャーは行ってみることにした。
アデラの花。
深夜に天空に上がる三連の月。
赤、青、金色の内、青の月の光を受けて冬場に咲く、薄紫色の六枚の花弁を持つ手のひらサイズの花だった。
特に死者に献じる花ではないが、あの魔王の襲撃のとき、多くの犠牲者を見送るのに集めれた花はこれだけだった。
それから、十数年。
王都の東南の広場にある死者を奉る墓標には、毎年のあの日になると多くのアデラの花が捧げられていた。
「ここか? 花屋には見えないけど、あるのかこんな店に?」
誰に言うでもなく、アーチャーは首を傾げる。
教えられたその場所にあったのは、門構える立派な建物が一つ。
その門には、ルブラン商会、と看板が掛かっていた。
御用商人の証の紋とともに、ルブラン商人の扱う主要品目も幾つか描かれている。
「貴金属取り扱い‥‥‥? 本当に、あるのか??」
妙なものだと思いながら、時間も差しせまっていた。
あるならそれに越したことはない。
門をくぐった先で商会の人間だろう、侍女のような服装の亜人が一人、こちらに向かい頭を下げて待っているのがアーチャーの目に入った。
「ああ、すまないな。助かったよ。ありがとう」
「いえいえ――」
王都は広い。
その最奥にある王宮の周囲を守る三重の内壁を抜けるまでに門が五つ。
それぞれに兵士がついていて、門番をしている。一つ一つの門の近くにある守衛が勤める詰所で手続きをしなければ、警備が厳重な王宮から出ることはできない。
よくある物語のように、王に命じられた勇者たちが、さあ今から旅にでますよ。いきなり、王都の外にでれました、なんて都合よくはいかないのだ。
王宮から見て二つ目と三つ目の郭の内側には貴族が住む貴族街がある。
その中で特別な許可を得た商人を御用商人という。
彼らは、王都の市民が住む外壁から内壁に入るまえに検閲を受けるから、この内壁の五つの門をあまり厳しい検査を受けずに通行できた。
いま、アーチャーはその商人の馬車に同乗させてもらい、内壁の最外殻の門までやってきていた。
人事院で領主の任命書と移動辞令、そして貴族への爵位褒章は儀式を簡素化して書類一枚で与えられた。
それらを得るまでの時間だけで約半日を必要としてしまった。
つまらない時間の無駄だ。
アーチャーはそうぼやいていた。
与えられた爵位は準伯爵。
騎士より上位で、近衛衛士の衛士長と同格。ついでに、聖騎士とも等しい身分だった。
「宮廷死霊術師から間を七つも爵位をすっ飛ばして、一気に出世させるなんて、当代の国王は賢いんだか、世間知らずなのか‥‥‥ほら、これでいいかい?」
「ええ、こちらに――イディス準伯爵‥‥‥様? 失礼ですが、あまりお見受けしない――あれ? 死霊術師様ではないですか?」
「意外ですか? 先ほど国王陛下から頂いたんですよ、いきなりの出世で驚いているところです」
「ええ、ええ。これはまあ、おめでとうございます、死霊術師様。こんな立身出世、いまの世ではなかなかないことですよ。さすが、名高い勇者ライルさまのお仲間でいらっしゃる」
「えっ‥‥‥? あ、ライルね、うん。ありがとうございます‥‥‥これも、ライル様のおかげですよ」
微妙だった。
心がなぜかしくしくと痛んだ。
さすが、名高い勇者ライル‥‥‥あの、嫌悪感に満ちた欺瞞の眼差しで俺を追放したライルの名声が役に立つなんて、と。
こんなつまらない自尊心を傷けられた?
俺もまだまだ子供だな。
アーチャーは己を皮肉気に笑うと、守衛が戻してきた書類を受け取った。
「凄いですね、準伯爵様。これからは、あの最果ての地。タイレス辺境国の領主も兼任されるのですか‥‥‥」
「辺境国? あそこはそんな名称だったか?」
「最近変わったんですよ、準伯爵様。いいえ、領主様を兼任なさるとすれば、一つ格上になりますから辺境伯様になられますな。なんとも羨ましい限りです、本当に‥‥‥」
「そんなもんかな? 変わりたいなら譲るけど、どうだい?」
いえ、御勘弁ください。
そう言い、彼は丁重な態度でアーチャーを送り出してくれた。
「辺境国? ‥‥‥いつのまに格上の存在になったんだ、あの飛び地の領主なら、王家に継ぐ権力だって持てるのに、今の領主は転封を願い出た? どうにも嫌な予感しかしない人事だな、これ」
手にした数枚の書類を革製の円筒に戻すと蓋をして、それを懐にしまうとアーチャーはまだある外壁へと続く次の門を目指した。
まったく、どれだけ厳重なんだよここは‥‥‥
ぼやきながらこれからの事を考える。
花がいるな、それと馬だ。
荷物はまとまっているからどうでもいい。
内壁と外壁の間に扇状に広がる市街にでてやれやれと肩を降ろすと、大通りに続く道を目指して歩き出す。
目当ての花屋はその両脇に店を構える露店の一つに存在した。
「おばさん、アデラの花、あるかい? 時期外れかな?」
「アデラの花? どこかの墓所に献花でもするのかい?」
「ああ‥‥‥前に来ただろ? あれの被害者の中に、親しい人がいてね」
「前‥‥‥? あの、地下からのあれかい? 言葉にするのもおぞましい――」
「その、あれだよ。俺も思いだしたくない」
「そう、だね‥‥‥。古い話だし、あんたもまだ若い‥‥‥」
「まあ、誰でもいいじゃないか。それより、あるのかい?なければ、おいている店を教えて欲しいんだ」
店主の女性はいまはおいていないと、首を振ってアーチャーに告げた。
あれは冬の花。
ここにはないねえ、と。
しかし、彼女も被害者の一人だったのかもしれない。
あそこの店ならあるかもしれない、そう教えてくれた店にアーチャーは行ってみることにした。
アデラの花。
深夜に天空に上がる三連の月。
赤、青、金色の内、青の月の光を受けて冬場に咲く、薄紫色の六枚の花弁を持つ手のひらサイズの花だった。
特に死者に献じる花ではないが、あの魔王の襲撃のとき、多くの犠牲者を見送るのに集めれた花はこれだけだった。
それから、十数年。
王都の東南の広場にある死者を奉る墓標には、毎年のあの日になると多くのアデラの花が捧げられていた。
「ここか? 花屋には見えないけど、あるのかこんな店に?」
誰に言うでもなく、アーチャーは首を傾げる。
教えられたその場所にあったのは、門構える立派な建物が一つ。
その門には、ルブラン商会、と看板が掛かっていた。
御用商人の証の紋とともに、ルブラン商人の扱う主要品目も幾つか描かれている。
「貴金属取り扱い‥‥‥? 本当に、あるのか??」
妙なものだと思いながら、時間も差しせまっていた。
あるならそれに越したことはない。
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