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第四章 魔族と死霊術師
死霊術師、噛まれる
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「すまないが、そろそろまともに話さないか?」
シェナの故郷に向かう馬車の中でそう切り出したのは、アーチャーからだった。
鉄製の首輪と鎖から解放され、それでも革製の同様のものを付けろと言われるのはまともな人間なら辛い物だろう。
シェナもそうだった。
もっとも彼女の場合、奴隷に戻るのが嫌だとか、物として扱われるのが嫌だとか。
そういう理由ではなかった。
もっと簡単で、複雑な事情。
彼女が奴隷となった最初の問題が、根を深く張り巡らしていたのだ。
「まともには、話している」
「ああ、確かにな。気に入らない事があると俺の腕に噛みつくそれ以外は、まともだ」
「これは恨みだから」
「恨みってな。何度も言うが、命を救われてその言い草か?」
「シェナも何度も言う。助けてほしいとは頼んでない。アーチャーが勝手にやった」
「‥‥‥」
地下世界の言葉と地上世界の言葉には共通しているようで伝わりにくいものもある。
多分、私と言いたいはずなのだが。
シェナはそれを放棄して、自分を名前で呼んでいた。
もしかすると内面が幼いのかもしれない。
あの双子のように。
そう思うと、指摘するのも何かが違う気もする。
彼女の身分だの年齢だのを事細かに書いたあの書類には確か、十六歳とあった気がしたが‥‥‥精神年齢が幼いのかそれとも、ロア族の女性は自分を名前で呼ぶのかもしれない。
人間なら失笑されてもおかしくないその話し方はアーチャーには合わなかったが、いまは聞き流していた。それよりも、この噛み癖だ。
気に入らないから噛むのか、自分を新たな危険に晒したから意趣返しをしているのか。
多分後者だろうなと思いながら、軽く噛み跡がつく程度のうちは黙認しようとアーチャーは決めていた。
「救われないな。まったく救われない」
「自分で助けたのだから、最後まで面倒を見るのが筋。出来ない男に価値はない」
「それだよ。その割に俺が話をしようと持ちかけたら、出てくるのは非難ばかりのような気がするぞ?」
「仕方ない。シェナは戻ればまた売られる。なら、あそこで死んだほうがましだった」
「どうしてそう決めつけるんだ? 俺がいまの所有者だって理解してるか? 誰にも譲らないって約束しただろ」
「‥‥‥もしそれが本当なら、ロア族の土地に戻る理由がない。出来ない人間ほど立派なことを言う。騙されない」
「おい‥‥‥」
近寄らないでとばかりに立派な尾がアーチャーの横顔を押し退ける。
そのわりにこのお姫様は、彼の左腕を美味しそうにかじるのだ。
まったく、理解に苦しむ死霊術師だった。
「なら腕を返せ」
「嫌。これは恨みだから。死ぬのが分かっていて、そこから逃げれない恐怖をあなたは知らない」
「つまり、俺がまた同じ恐怖を与えているが、奴隷だから逃げれない。その憂さ晴らしに俺の腕を噛んでいる。そういうことか?」
「‥‥‥知らない」
「逃げたければ逃げれば良いだろう? 俺は引き止めないぞ。その首輪だって何の呪いも魔法もかけてない。すぐに外せるやつだ」
そんなに文句を言うなら好きにすればいいだろう。
アーチャーはそろそろ痛くなってきた左腕を取り返そうと、邪魔をする尻尾を捕まえてやる。
「あっ!? ずるい!!」
「ずるくない!そこまで言われて痛い思いをする気にもならん。 解放する。どこにでも行け」
「悪魔!! 卑怯者!!! 尻尾を返してっ――」
「どっちが卑怯者だ‥‥‥。俺は何度も何度も嫌なら出て行けと言ってるだろ。言うたびに涙を浮かべて非難するのはシェナじゃないか。そろそろ本音を聞かせてくれとお願いしたら嫌だと言う。お前の親の王様に話があると言えば、戻ればまた売られると言う。そんなことはさせないと言えば、嘘つきと言う。どうすれば、次の話に行けるんだ?」
ほら、まただ。
あの食事時に獲物を奪われるような肉食獣の目で睨みつけてくる。
涙を浮かべ、命を弄ぶ薄汚い主人だと罵られる。
なら出て行けと言えば、責任を果たさない情けない主人だと非難する。
もうどうしていいのか対策が思いつかなかった。
「‥‥‥腕!!」
「はいはい‥‥‥赤ん坊か? 猫の子供が親の尾にじゃれついているのを見てる気分だ」
「狼!! 猫じゃない」
「あーはいはい」
そしてこの繰り返し。
獣人の唾液には治癒効果があるのか分からなかったが、噛まれた跡はさっさと治り、また噛まれて癒される。
まるで軽い拷問を受けている気分だった。
「そういや当たり前だと思って質問してなかったな。どうして逃げてもいいと言ってるのに逃げないんだ?」
「シェナは奴隷だからその務めを果たしているだけ。アーチャーは、自分の所有物も大事にできない主人。だから、嫌い」
「だから奴隷から解放すると言ってる‥‥‥」
めんどくさい。
それは初めてシェナの口から洩れた、意思のある言葉だった。
「オスは‥‥‥、男は本当にめんどくさい。アーチャーは男なのに、自分で知ろうとも考えようともしない。本当にダメな男!」
「ダメな男、か。そうかもしれないな。じゃあ、教えてくれと言っても教えないならどう言えばいい?」
「だから、それがダメなの。人間と蒼狼族は違う。ロアの掟も考え方も、生き方も知らない。女から男にこうして欲しいなんて言わない。女は自分から語らない。男はそれを察するのが役割!! 理解出来ないなら、最初から買わないで!!」
「仕方ないだろ、知らないんだから! 大体、俺はもう飼い主でも所有者でもなんでもないんだ。所有者ってのは書類上の体裁を整えただけだぞ? お前は故郷に戻れば、それで自由になれるのにどうしてそれを理解しない??」
少女は返事の代わりに、思いっきりその牙をアーチャーの腕に突き立てていた‥‥‥。
シェナの故郷に向かう馬車の中でそう切り出したのは、アーチャーからだった。
鉄製の首輪と鎖から解放され、それでも革製の同様のものを付けろと言われるのはまともな人間なら辛い物だろう。
シェナもそうだった。
もっとも彼女の場合、奴隷に戻るのが嫌だとか、物として扱われるのが嫌だとか。
そういう理由ではなかった。
もっと簡単で、複雑な事情。
彼女が奴隷となった最初の問題が、根を深く張り巡らしていたのだ。
「まともには、話している」
「ああ、確かにな。気に入らない事があると俺の腕に噛みつくそれ以外は、まともだ」
「これは恨みだから」
「恨みってな。何度も言うが、命を救われてその言い草か?」
「シェナも何度も言う。助けてほしいとは頼んでない。アーチャーが勝手にやった」
「‥‥‥」
地下世界の言葉と地上世界の言葉には共通しているようで伝わりにくいものもある。
多分、私と言いたいはずなのだが。
シェナはそれを放棄して、自分を名前で呼んでいた。
もしかすると内面が幼いのかもしれない。
あの双子のように。
そう思うと、指摘するのも何かが違う気もする。
彼女の身分だの年齢だのを事細かに書いたあの書類には確か、十六歳とあった気がしたが‥‥‥精神年齢が幼いのかそれとも、ロア族の女性は自分を名前で呼ぶのかもしれない。
人間なら失笑されてもおかしくないその話し方はアーチャーには合わなかったが、いまは聞き流していた。それよりも、この噛み癖だ。
気に入らないから噛むのか、自分を新たな危険に晒したから意趣返しをしているのか。
多分後者だろうなと思いながら、軽く噛み跡がつく程度のうちは黙認しようとアーチャーは決めていた。
「救われないな。まったく救われない」
「自分で助けたのだから、最後まで面倒を見るのが筋。出来ない男に価値はない」
「それだよ。その割に俺が話をしようと持ちかけたら、出てくるのは非難ばかりのような気がするぞ?」
「仕方ない。シェナは戻ればまた売られる。なら、あそこで死んだほうがましだった」
「どうしてそう決めつけるんだ? 俺がいまの所有者だって理解してるか? 誰にも譲らないって約束しただろ」
「‥‥‥もしそれが本当なら、ロア族の土地に戻る理由がない。出来ない人間ほど立派なことを言う。騙されない」
「おい‥‥‥」
近寄らないでとばかりに立派な尾がアーチャーの横顔を押し退ける。
そのわりにこのお姫様は、彼の左腕を美味しそうにかじるのだ。
まったく、理解に苦しむ死霊術師だった。
「なら腕を返せ」
「嫌。これは恨みだから。死ぬのが分かっていて、そこから逃げれない恐怖をあなたは知らない」
「つまり、俺がまた同じ恐怖を与えているが、奴隷だから逃げれない。その憂さ晴らしに俺の腕を噛んでいる。そういうことか?」
「‥‥‥知らない」
「逃げたければ逃げれば良いだろう? 俺は引き止めないぞ。その首輪だって何の呪いも魔法もかけてない。すぐに外せるやつだ」
そんなに文句を言うなら好きにすればいいだろう。
アーチャーはそろそろ痛くなってきた左腕を取り返そうと、邪魔をする尻尾を捕まえてやる。
「あっ!? ずるい!!」
「ずるくない!そこまで言われて痛い思いをする気にもならん。 解放する。どこにでも行け」
「悪魔!! 卑怯者!!! 尻尾を返してっ――」
「どっちが卑怯者だ‥‥‥。俺は何度も何度も嫌なら出て行けと言ってるだろ。言うたびに涙を浮かべて非難するのはシェナじゃないか。そろそろ本音を聞かせてくれとお願いしたら嫌だと言う。お前の親の王様に話があると言えば、戻ればまた売られると言う。そんなことはさせないと言えば、嘘つきと言う。どうすれば、次の話に行けるんだ?」
ほら、まただ。
あの食事時に獲物を奪われるような肉食獣の目で睨みつけてくる。
涙を浮かべ、命を弄ぶ薄汚い主人だと罵られる。
なら出て行けと言えば、責任を果たさない情けない主人だと非難する。
もうどうしていいのか対策が思いつかなかった。
「‥‥‥腕!!」
「はいはい‥‥‥赤ん坊か? 猫の子供が親の尾にじゃれついているのを見てる気分だ」
「狼!! 猫じゃない」
「あーはいはい」
そしてこの繰り返し。
獣人の唾液には治癒効果があるのか分からなかったが、噛まれた跡はさっさと治り、また噛まれて癒される。
まるで軽い拷問を受けている気分だった。
「そういや当たり前だと思って質問してなかったな。どうして逃げてもいいと言ってるのに逃げないんだ?」
「シェナは奴隷だからその務めを果たしているだけ。アーチャーは、自分の所有物も大事にできない主人。だから、嫌い」
「だから奴隷から解放すると言ってる‥‥‥」
めんどくさい。
それは初めてシェナの口から洩れた、意思のある言葉だった。
「オスは‥‥‥、男は本当にめんどくさい。アーチャーは男なのに、自分で知ろうとも考えようともしない。本当にダメな男!」
「ダメな男、か。そうかもしれないな。じゃあ、教えてくれと言っても教えないならどう言えばいい?」
「だから、それがダメなの。人間と蒼狼族は違う。ロアの掟も考え方も、生き方も知らない。女から男にこうして欲しいなんて言わない。女は自分から語らない。男はそれを察するのが役割!! 理解出来ないなら、最初から買わないで!!」
「仕方ないだろ、知らないんだから! 大体、俺はもう飼い主でも所有者でもなんでもないんだ。所有者ってのは書類上の体裁を整えただけだぞ? お前は故郷に戻れば、それで自由になれるのにどうしてそれを理解しない??」
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