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第二部 消えた王国
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「楽しんでいるのか、シェイラ?」
サクが空を駆けながら、背中にいる妻をいや、そういう建前でいるシェイラのご機嫌伺いにそんな声をかけてきた。
「楽しんでいる?
わたしがですか、サク様?
なぜ?」
「いやー‥‥‥。
あの王国を見た時のお前は悲し気に満ちているような気がしていた。
しかし、いまはそうでもないように思う。
それが不思議でな」
「ああ‥‥‥故郷がああなっていれば、それはまあ‥‥‥」
「ふむ。
まあ、それは何となく理解ができる。
俺もな、似たようなことはある」
似たようなこと?
シェイラは彼の言葉に興味をもった。
彼はわたしのことを多く知っているが、わたしが彼を多く知らない。
この偉大な黒狼の過去になにがあったのだろうか、と。
そう思ってしまっていた。
「法王庁へはまだかかるのですか、サク様?」
黒狼は不思議とあの虚空や時空の裂け目でなく、ただただのんびりと空を駆けていた。
この姿は地上からみればどう映るのだろうか?
シェイラはそんな疑問も持っていて、どれもこれも知りたくてたまらなかった。
それは故郷を無くした悲しみの心を紛らわそうとする、彼女の心がそうさせていたのかもしれなかった。
「ねえ、サク様?
なぜ、こんな現世を行かれるのですか?
御身は下からは――???」
「どうしたのだ、シェイラ?
知りたいが前に出てしまっているな?
お前はもう少し寡黙だと思っていたがー‥‥‥」
「すいません‥‥‥」
申し訳なさそうに言うシェイラに、これは悪いことをしたかなとサクは口をつぐんでしまう。
知りたいことも多くて当然か。
俺はこれの多くを知っているがー‥‥‥シェイラは俺を知らない。
そう、思いなおして幾つかの答えを返してみた。
「まず、な。
下から見えるかどうかだが」
「はいっ!!」
ああ、良かった。
嬉しそうな声が帰ってきた。
その寂し気な顔と声を、見て聞くと俺も寂しくなるのだ。
サクは少しだけ胸を撫でおろした。
「先程までお前にも見えていなかっただろう、俺の世界が。
あれと同じだ。
人には視えないものがある。
だが、力が上にあがればそれも見えるように成る。
まずは最初の回答、だ」
「最初?
なら、これから多くを教えて頂けるのですか、サク様?
王太子妃を奪った憎らしい旦那様?」
「憎らしい?
それは心外だが‥‥‥」
「嬉しいという意味の裏返しですよ、旦那様。
いえ、サク様。
では、なぜ現世を行かれるのですか?」
うーん。
これにはどう答えたものかとサクは悩んでしまう。
しがらみが多い、それではこの知りたがりの元王太子妃は納得しないだろう。
さて、どう答えたものか。
シェイラに理解できる範囲で話す必要があるな。
サクは少しだけ考え言葉を紡いだ。
「なあ、シェイラ。
俺は異邦人だ。まったく違う世界からこの世界に来て、お前をめとった。
まあ、それで良いならそうしておこう」
「それでいいなんて、奪い去ったのはサク様なのに。
変な御方」
シェイラがなるべく笑えるよう、サクは言葉を選んでいた。
彼女は元太陽神の聖女。
その紅い燃える様な赤毛も、エメラルド色の瞳にも悲しみは似合わない。
サクはそう考えていた。
「異邦人は‥‥‥よそ者はな、シェイラ。
その世界の法になるべく従わなければならん。
そうせねば、元いる神や魔からの不況を買うからな」
「御不快になられる方々がおられる、そういうことですか?」
「まあ、そういうことだ。
ただ、ありたがいことにアギトの主は‥‥‥古い。
そして我らも似たほどに古い。
だが、古いからといってその土地を奪えば必ず争いになる。
そしてー‥‥‥」
「ヤンギガルブの眷属はこの星の誰よりも――強い?」
誰よりも?
あの虚空で名を呼んだ古き神の大神ダーシェよりも?
そう、シェイラの心は弾んでいた。
そんな古くて偉大で強い男性?
それとも、そう考えるべき相手がそばにいるなんて! と。
「まあ、古き者たちの中にはそれ以上のものもいるな。
それに、神にも法があるのさ。
他神の土地の上を歩く時は、姿を現せ、とな。
だから、こうしているがー‥‥‥なあ、シェイラ。
二十年前。
枢軸と王国以外の国は、世界の情勢はどうだった?」
「情勢?」
また難しいことばを使われる。
シェイラは神殿で王太子妃になると決まってから詰め込まれた近隣の強大な勢力国家群のことを思い浮かべてみた。
「我が王国は南方大陸の東にあり、世界には六の大陸が。
東のエゼア大陸は我が王国の隣にあり、エルムド帝国がその中原の覇権を。
東と西のエベルング大陸は、大陸と名はついていますが‥‥‥。
内実、両大陸の北西部はファイガ山脈でひろく繋がっています。
この両大陸を分かつのがシェス大河と呼ばれる巨大な大河。
西のエベルング大陸は、我が王国と同じく太陽神アギト様の直属の国を名乗る神聖ムゲール帝国がありますね。でも、エルムド帝国も神聖ムゲール帝国も‥‥‥どちらもアギト様を信仰されています」
「なるほど。
では、あの王太子の戦っていたのが――」
「はい、グレイオル竜公国という新しき竜の大公が立てた国です、サク様。
ただ、不思議なことは幾つかありまして‥‥‥」
「ふん?
不思議な事?」
はい、とシェイラは言いづらそうに口ごもる。
「どうした?」
「あの、サク様?
この現世では過去の神の名を口にしても――?」
あの虚空のようなことは起こりません、よね?
シェイラは余程、あの轟雷が嫌だったらしい。
そこかしこを不安げに見渡している様を想像して、サクは大丈夫だといい、静かに笑ったのだった。
サクが空を駆けながら、背中にいる妻をいや、そういう建前でいるシェイラのご機嫌伺いにそんな声をかけてきた。
「楽しんでいる?
わたしがですか、サク様?
なぜ?」
「いやー‥‥‥。
あの王国を見た時のお前は悲し気に満ちているような気がしていた。
しかし、いまはそうでもないように思う。
それが不思議でな」
「ああ‥‥‥故郷がああなっていれば、それはまあ‥‥‥」
「ふむ。
まあ、それは何となく理解ができる。
俺もな、似たようなことはある」
似たようなこと?
シェイラは彼の言葉に興味をもった。
彼はわたしのことを多く知っているが、わたしが彼を多く知らない。
この偉大な黒狼の過去になにがあったのだろうか、と。
そう思ってしまっていた。
「法王庁へはまだかかるのですか、サク様?」
黒狼は不思議とあの虚空や時空の裂け目でなく、ただただのんびりと空を駆けていた。
この姿は地上からみればどう映るのだろうか?
シェイラはそんな疑問も持っていて、どれもこれも知りたくてたまらなかった。
それは故郷を無くした悲しみの心を紛らわそうとする、彼女の心がそうさせていたのかもしれなかった。
「ねえ、サク様?
なぜ、こんな現世を行かれるのですか?
御身は下からは――???」
「どうしたのだ、シェイラ?
知りたいが前に出てしまっているな?
お前はもう少し寡黙だと思っていたがー‥‥‥」
「すいません‥‥‥」
申し訳なさそうに言うシェイラに、これは悪いことをしたかなとサクは口をつぐんでしまう。
知りたいことも多くて当然か。
俺はこれの多くを知っているがー‥‥‥シェイラは俺を知らない。
そう、思いなおして幾つかの答えを返してみた。
「まず、な。
下から見えるかどうかだが」
「はいっ!!」
ああ、良かった。
嬉しそうな声が帰ってきた。
その寂し気な顔と声を、見て聞くと俺も寂しくなるのだ。
サクは少しだけ胸を撫でおろした。
「先程までお前にも見えていなかっただろう、俺の世界が。
あれと同じだ。
人には視えないものがある。
だが、力が上にあがればそれも見えるように成る。
まずは最初の回答、だ」
「最初?
なら、これから多くを教えて頂けるのですか、サク様?
王太子妃を奪った憎らしい旦那様?」
「憎らしい?
それは心外だが‥‥‥」
「嬉しいという意味の裏返しですよ、旦那様。
いえ、サク様。
では、なぜ現世を行かれるのですか?」
うーん。
これにはどう答えたものかとサクは悩んでしまう。
しがらみが多い、それではこの知りたがりの元王太子妃は納得しないだろう。
さて、どう答えたものか。
シェイラに理解できる範囲で話す必要があるな。
サクは少しだけ考え言葉を紡いだ。
「なあ、シェイラ。
俺は異邦人だ。まったく違う世界からこの世界に来て、お前をめとった。
まあ、それで良いならそうしておこう」
「それでいいなんて、奪い去ったのはサク様なのに。
変な御方」
シェイラがなるべく笑えるよう、サクは言葉を選んでいた。
彼女は元太陽神の聖女。
その紅い燃える様な赤毛も、エメラルド色の瞳にも悲しみは似合わない。
サクはそう考えていた。
「異邦人は‥‥‥よそ者はな、シェイラ。
その世界の法になるべく従わなければならん。
そうせねば、元いる神や魔からの不況を買うからな」
「御不快になられる方々がおられる、そういうことですか?」
「まあ、そういうことだ。
ただ、ありたがいことにアギトの主は‥‥‥古い。
そして我らも似たほどに古い。
だが、古いからといってその土地を奪えば必ず争いになる。
そしてー‥‥‥」
「ヤンギガルブの眷属はこの星の誰よりも――強い?」
誰よりも?
あの虚空で名を呼んだ古き神の大神ダーシェよりも?
そう、シェイラの心は弾んでいた。
そんな古くて偉大で強い男性?
それとも、そう考えるべき相手がそばにいるなんて! と。
「まあ、古き者たちの中にはそれ以上のものもいるな。
それに、神にも法があるのさ。
他神の土地の上を歩く時は、姿を現せ、とな。
だから、こうしているがー‥‥‥なあ、シェイラ。
二十年前。
枢軸と王国以外の国は、世界の情勢はどうだった?」
「情勢?」
また難しいことばを使われる。
シェイラは神殿で王太子妃になると決まってから詰め込まれた近隣の強大な勢力国家群のことを思い浮かべてみた。
「我が王国は南方大陸の東にあり、世界には六の大陸が。
東のエゼア大陸は我が王国の隣にあり、エルムド帝国がその中原の覇権を。
東と西のエベルング大陸は、大陸と名はついていますが‥‥‥。
内実、両大陸の北西部はファイガ山脈でひろく繋がっています。
この両大陸を分かつのがシェス大河と呼ばれる巨大な大河。
西のエベルング大陸は、我が王国と同じく太陽神アギト様の直属の国を名乗る神聖ムゲール帝国がありますね。でも、エルムド帝国も神聖ムゲール帝国も‥‥‥どちらもアギト様を信仰されています」
「なるほど。
では、あの王太子の戦っていたのが――」
「はい、グレイオル竜公国という新しき竜の大公が立てた国です、サク様。
ただ、不思議なことは幾つかありまして‥‥‥」
「ふん?
不思議な事?」
はい、とシェイラは言いづらそうに口ごもる。
「どうした?」
「あの、サク様?
この現世では過去の神の名を口にしても――?」
あの虚空のようなことは起こりません、よね?
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