新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう

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第二部 消えた王国

1

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「王都が‥‥‥ないわ。
 こんなことって!?」

「見事にがれきのと廃墟と化した死の街だな、シェイラ。
 見ろ、あの優美だった白亜の城の尖塔も、城壁も――アギトの神殿すら‥‥‥」

「あ、いえ、サク様。 
 それはこのシェイラめが壊しましたから――」

 ああ、そうだった。
 太陽神などと言ってはいるが、その実、黒狼は重力や空間・虚無を操る。
 その能力を太陽からの授かりもののように似せて、他の聖女や神官には与えているだけで本質はそこにあった。

「お前が、中にいた全員を外に転送させ、過重をかけて圧殺したのだったな。
 あの大司教を」

「いえ、叔父は生きていましたから。
 まあ、身体の胸骨辺りを粉々にさせては頂きましたけど。
 あれで、暗躍などできなくなったはず。 
 呪文が唱えれなければ、治癒魔導すら使えませんから――」

「お前は天性の拷問の才覚があるかもしれんな‥‥‥。
 そういえば、あの王太子。
 風の精霊と契約をしているような気配がしていたな」

「風?
 ああ、リクトは精霊騎士でしたから。
 でも、サク様の存在に怯えて消えてしまった精霊など、無価値でしょう?
 それより、これはどういう惨状なのかしら???」 
 
 はるかな天空から、眼下に広がる大地を見下ろしてシェリルはサクの背中から疑問の声をあげる。
 地上からは見えないようにとサクは雲間に姿を隠していたが、この高度なら王都上空を警備する飛竜師団が駆け付けつけてくるはずなのだが、なんの動きもない。

「さて、どうするか?
 それほど、数は多くはないがまだ住んでいる者たちもいるようだが?」

「こんな高い場所からでも御分かりなんて、さすがですわ、サク様。
 でも、降りて行っていたのがエリカやリクトだとあまりいい気分にはなりませんわね」

「それは間違いないな。
 その腕の幻痛の代わりに、あの赤子を貰い受けてもいい気はするが‥‥‥」

「サク様。
 子供に罪を求めないでくださいませ。
 あなた様が言われるように、王侯貴族や特権階級が例え罪人の血筋だとしても、埋まれたばかりで判断のつかない赤子まで命を問われるのは‥‥‥」

 シェイラは悲し気な顔色になっていた。
 もし、あの子供がエリカではなく、自分の子供だったら?
 リクトがエリカを捨てて自分だけを見ていてくれたら?
 そんな思いはまだ心のどこかにあって、それは叔父への怒りという憎しみに形を変えていく。
 人は誰でも、やりようのない怒りを何かに転化してぶつけては、消化するんだな。
 そう、シェイラは学び始めていた。

「だが、あの場で命を奪わねば、もし、虚空の牢獄の中で誕生すればそれは人間ではない。 
 俺ですらも凌駕する復讐の鬼が生まれたかもしれんぞ?
 何より、あのリクトがついつい漏らしていたではないか」

「大敵はあと二人、ですね。
 はい、理解して‥‥‥おります。
 サク様はこの国のあれから何年後に来られたのですか?」

 単純に二十年後だと言われもにわかには信じがたい。
 正確な年数を把握しておきたいシェイラだった。

「そんなに細かいことが必要か?
 まあ、正確な年表はわからんが、星の位置からすれば十九年と数か月、か?
 見えるか?」

 星?
 真昼のこの青空の下で?
 シェイラは首を傾げる。  
 どうやら、元が人間である自分には感知できない何かがあるようだ。

「分からないか。
 まあ、感覚を広げればすむ話だ」

「感覚‥‥‥え、待ってサク様!?
 目がまわる‥‥‥何ですか、この視界は!?」

 天空に位置する星々だけでなく、サクの言うところの時空の断裂や力の走る地脈、大気中に漂う連綿とした輝く何かの絨毯、そしてー‥‥‥。

「天使に、あれは魔族?
 馬のような精霊まで。
 これはサク様の視界ですか?」

 てっきり、黒狼だけが見れる世界を仮に見せてくれたんだ。
 そうシェイラは考えたが、サクは違うぞと否定する。

「それは、お前たち人間が進化すれば見れるモノだ。
 まあ、まだかなり先の時代にはなるだろうが、いまシェイラが見るには問題ないだろう」

「なぜ、問題がない、と‥‥‥?」

 サクは嫌味を込めて言った。

「俺にさらわれた王太子妃なのだろう?
 せめて、この程度には力を開花してもらわねばな。
 アギトに笑われてしまうわ」

 ああ、そうだった。
 アギト神がいたんだ。
 シェイラはそれを思いだす。

「ならばサク様。
 まずは枢軸連邦に。
 アギト神のおられる法王庁管轄の神殿に向かいませんか?
 あそこならばー‥‥‥」

「まあ、正確なことはわかるだろうな。
 黒狼のヤンギガルブが人間をめとるなど、これでー‥‥‥」

「これで?」

「我らが姫は、弟のセッカという者の妻だ。
 お前は二人目になるな」

 へえ‥‥‥。
 行方不明のお姫様。
 会ってみたい気もするけど、優しくなければ嫌だなあ。
 そして、シェイラはふと気づいた。
 太陽神アギトに暗黒神ゲフェト。
 それら二神の主、聖者がいる。
 彼女はどうなのだろうか、と。

「サク様。
 聖者様は妻やそんな存在ではないのですか?」

「‥‥‥あれは、より上位の神だ。
 そういう対象ではない」

 へえ、そうなんだ。
 神様の世界もいろいろと複雑なのね。
 まあ、とりあえず、法王庁だ。
 見たことの無い、両親の故郷がある街。
 シェイラの胸奥には少しだけ、希望が生まれていた。
 自分でリクトとエリカ夫妻に王国を守れなかったという名目で、復讐の鉄槌を下せるかもしれない、と。
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