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星ふくろう

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第二章 神の気まぐれ

死神の恋心 2

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 杏を見て死神は弓羽に初めて会った時のような、丁寧な挨拶を交わす。
「初めまして、お嬢さん。
 私は旧知の通り、死神。
 ああ、これでは芸がないな。
 なんだったか、同じようなストーリーの映画があったね。
 うん、ではそう、私はーーブラッドと。そう呼んで貰おうかな?」
 いきなりの挨拶と名乗り。
 そして、お嬢さん。その言葉に杏は戸惑っていた。
 23年生きてきて、こんな情熱的な瞳でそう呼ばれたことがなかったからだ。
「わ、わたしはー‥‥‥。
 水上、杏。です。
 あの、何か術とか使ってません?
 その、失礼ですけどーー魅了、とかの‥‥‥」
 杏はおぞおずと質問してみた。
 自分の心に湧き上がってくる彼への恐怖と好奇心。
 それを抑えきれない自分自身に気づいていたからだ。
「杏、それはないよー」
「あんたは黙ってて、さっきまであんなに震えてたクセに。
 臆病者‥‥‥」
 杏、そんな。ひどいよ、僕だって一生懸命やってるのにーー
 そうぼやくイブローズを無視して、杏は死神を見る。
 彼と会話を交わすのは危険だ。
 杏の本能はそう告げていた。
 しかし、心はそれとは正反対に彼を見てしまう。
 まずいわ、これはまずい。
 男勝りながら、杏にだって男性経験はある。
 これはあれだ‥‥‥
 恋の始まりの合図によく似ている。
 神様との恋愛はある意味刺激的だが、相手は死神だ。
 そして、生徒を利用しようとしている。
 ここで心のままに、本能のままに振る舞うのは、教師としての自覚が許さなかった。
「いいえ、杏、と呼んでもいいかな?」
 死神は許可を求める。
「いえ、困ります。
 そんなに深い仲でもなし。
 水上さん、そう呼んで欲しいですね、ミスターブラッド」
 おや、それは残念。
 親愛を込めて呼んだつもりだったのだけど。
 そう死神は言い、改めて、杏に提案を持ちかける。
「どうでしょう?
 私はあなたに恋というものをしたようだ」
 この宣言に、杏は唖然とした。
 あの悪魔の発言を目の当たりにして、こんなことを言い出すなんて‥‥‥。
 確かに恋人もいない、この役立たずの聖霊と毎晩グチを言いながらビールを煽る日々だ。
 それでも、彼の言葉の裏にはなにか企みがある。
 その程度には、杏にも理解ができていた。
「恋をしたって言われても私にはその気はありません。
 この役立たずのイブローズを相手にしてるほうがまだましだわ‥‥‥」
「杏、そんなに何度も言わなくてもーー」
「事実でしょ?
 あんた、黙ってなさいよ」
「うん‥‥‥」
 可哀想に、イブローズはしゅんとして、杏の影に入ってしまった。
 雫に、弓羽、エンバーはこの会話にどう口を挟んだものか。
 それぞれが顔を見合わせて、悩んでいた。
 沈黙を破ったのはやはり死神だ。
「実は提案があるのです。
 そして、弓羽。
 貴方の許可を頂きたい。
 あと雫。
 君の協力も必要ですね‥‥‥その、弓羽の寿命を延ばしたいなら。
 どうしますか、精霊王。
 君はまだ何か言いたいことがあるかな?」
 神と悪魔の計略が途絶えたことで、君の役目は終わったはず。
 死神はそう、エンバーに問いかけていた。
「いや、まだだ」
 エンバーはそれを強く否定する。やりかけたことがまだある。
 そういう否定のように死神には聞こえた。
「さて、では何をするつもりですか?
 まさかーー精霊使いの契約を遵守する、とでも??」
「そのまさか、だと言ったらどうする、死神殿?
 確かにあなたには力は遠く及ばないがこれでも、王たる存在。
 世界から弾き出す程度の力はーーまだ、ありますぞ?」
 それは死神の本体を元の場所へと。
 この地球から追いやれるぞ。
 そういう、エンバーからの警告だった。
 この実体が無くなっては、恋も愛も知ることはできない。
 それでは、初めて知ることの出来る感情にひびが入ってしまう。
 それは嬉しくないことだ。
「ふむ。
 では、妖精王、そちらは好きになされるがいいでしょう。
 ただし、雫さん。
 あなたの協力は不可欠ですーー」
 だめだ、雫。
 耳を貸すんじゃない。
 そう、エンバーは再度、雫を諭そうとする。
 雫には理解出来ていることがある。それは、自分が死神を手伝わなければ、弓羽を永遠に失う。
 それだけは確実だということだ。
「いいわ、何をすればいいの?
 えっとー‥‥‥」
「ミスターブラッドだよ、しーちゃん。
 でも、駄目だよ、弓羽の為にしーちゃんがーっ」
 うるさいよ、弓羽。
 そう言うと、雫はキスでその唇を塞いで黙らせてしまう。
「大丈夫だから。ね?
 信用して、弓羽」
「しーちゃん‥‥‥」
 弓羽は知っている。こうなった恋人はもう、誰にも止めれないことを。
「では、弓羽。
 まず、あなたの許可を頂きたい」
「へ?
 弓羽の許可?
 なんの許可、死神様ーじゃないや、ミスターブラッドさん???」
 死神もとい、ミスターブラッドは彼女の父親の遺体を指差した。
「あなたのお父さんの魂は、責任をもっていまからあの世へと案内します。
 その後に、お父さんの肉体をお借りしたい」
 へ?
 何言ってんの?
 それで、何するつもり‥‥‥、あ、もしかしてーー
 弓羽は気づいてしまう。
 悪魔の発言通り、杏ちゃんとこのミスターブラッドは恋愛を始める気なのだと。
「それは、弓羽には権利がないよ。
 お父さんの許可貰って?」
 と、当たり前のことを弓羽はミスターブラッドに指摘した。
「ああ、それなら。
 もうお父さんの意識は天界へと送っているから。  
 ここには、死体しかないのだよ、弓羽。
 君は遺族だから、尊重して尋ねているんだ」
 それはーー
 どう答えるべきだろう。
「君のお父さんは、君の寿命が延びるなら構わないとは言われたがーー
 そこは、君には聞こえない世界だからね。
 どうしたものかな?
 精霊王なら、知っているとは思うけどね?」
 ミスターブラッドはエンバーを片手で示した。
 弓羽はエンバーを見て‥‥‥エンバーはゆっくりと。
 首を縦に振る。その通りだ、と。
「なら、いいよ。
 でも、しーちゃんになにをさせる気なの?」
 うん、それも当然の質問だ。
 死神はある、光の球を作り出した。
 それは眼のようでもあり、特殊な生き物でもあり、なにか気味が悪いでも邪悪ではないもの。
 そう、そこにいた人間三人には感じ取れた。
「その前に、水上さん。
 あなたにもお願いがあります。
 私に、恋愛を教えてくれませんか?
 もちろん、無理にそうしろ、とは言いません。
 節度ある内で、人間の常識を教えてくれればそれに従いましょう。
 どうか、この死神に、愛。
 それを教えてください」
 それはそれは紳士のように。死神は頭を下げた。
 純粋に、彼女に好意を抱く男性としての、振る舞いだった。
「はっ?
 ええ??!
 いやだって、それはつまり、デートしろ、と?
 でも、いきなりのセックスとかは嫌よ。
 あなたがわたしに恋をするのは勝手だけど。
 それを受けるかどうかは、わたしが決めるわ‥‥‥」
「もちろん、それで構いません。
 何年でも、それは時間が許す限り。
 あなたに嫌われないように、節度ある行動をしましょう。
 ただーー」
「ただ??」
「私の心がそちらに向いている間、死神の仕事が疎かになる可能性がある。
 そこで、これを雫さん。
 あなたに差し上げます。
 これは、人間の寿命を見ることのできる瞳。
 ただし、不慮の事故や本来の寿命を全うできずに死ぬ人間も多い。
 彼らの残り時間がゼロになるまえに、それから救って下さい。
 そうすれば、この瞳にはその方が生きるべき残りの時間が出ます。
 その時間を、弓羽さんに提供しましょう。もちろん、助けた方はそのまま寿命まで生きれます。
 最初の一人を助けるまで、弓羽さんのタイムリミットは止めておきましょう。
 どうですか?」
 なんて提案をするのーー
 杏には狂気の沙汰にしか思えなかった。
 死神は教え子を人質にして‥‥‥自分の興味を満たそうとしている。
 そして、それを拒否すれば、弓羽は死ぬ。
 断れない。
 誰もが死神の引いたレールの上を。
 ゲームの盤上の駒になって抜け出れなくなった。
「いいわ、受けるわ‥‥‥」
 杏にはもう選択肢はなかった。
「杏ちゃん!?」
「センセーそれはだめ‥‥‥」
 弓羽と雫が反論するが、杏はいいの。
 そう言い、死神に約束させる。
「一年。
 その期間以内にもし、あなたが愛を知れない時。
 弓羽ちゃんの、寿命を延ばして。それが条件」
 死神は思案し、そして快諾する。
「では、その時は雫さんと同じだけの寿命を与えましょう。
 それでいいですか、水上さん、そして雫ーー」
 言い終わらないうちに、雫は死神のその手からーー
「しーちゃん!!!」
 その眼を奪い、自分の瞳へと当てていた。
「おやおや、なかなか強気なお嬢さんだ。
 では、これで契約成立ですね」
 死神はそう言って笑い、杏は苦渋の選択をしたと己を呪い。
 そして、弓羽は一人、すすり泣いていた。
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