隻眼の王

星ふくろう

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 高校二年の夏。
 関東の某国際空港の片隅で、まだ七月だというのに、参川高校二年全員の顔は明るく、ある意味、期待に燃えていた。
 時代は北との摩擦や中国との貿易問題とかでニュースでキャスターが吠えたり、御意見番が幅を利かせていたし、参川高校の近隣、歩いて五分にある市営電車の駅の出入り口にあるコンビニエンスストアの新聞売り場では、でかでかと日中貿易摩擦!!。なんて文字が軽やかに日々、回転を利かせていた。
 同高校二年の生徒会長、真鍋凛子(まなべりんこ)は中学時代に黒髪を腰近くまで伸ばしていたら、入学式初日に生活指導の先生につかまってしまい、翌日には半分近くまで切らされたという。
 あまりにもバッドな高校生活をスタートしたことで、学年でも有名な少女だった。その後、彼女は二期連続で生徒会長の任に就き、自身の黒髪を切らせた校風とその決まりに改正を唱えて、現在に至る。成果? それは彼女のしとやかで太陽に透かせば青みを帯びる黒髪が、あの惨劇からほぼ元も長さに戻っている‥‥‥、とそう言えばだいたい想像は付くだろう。
 そんな凛子の、
「ほら、そこ。
 二組の男子! ちゃらちゃらしない!! 
 連絡交換したら戻って!」
 そんな厳しくも、青春を謳歌したいと願う少年たちの期待を裏切らない甘い掛け声は誰もが、まあ従おうかな? そんなふうに思う程度には重みがあった。
 二組? 
 三組や四組の商業科でなくて良かったねー凛子?
 あっちは恐いから、と。同じく、生徒会書記を務める矢島初音(やじまはつね)のお疲れ様の声が聞こえてくる。そうだな、確かに三組以降でなくてよかった。
 一組、二組は普通かで進学コース。三組、四組は商業科とは名ばかりの進学すらも危うい連中。地元の不良勢、そのものだからだ。だいたい、この市内に数百のヤクザ関係の組がある参川市。その中でも、つい三年前から男子校から共学になった参川学園、もとい現在は参川高校。
 まともな人材が、その中に存在すること自体が‥‥‥奇跡なのだから。
「ねえ、屋敷?
 あんたも協力してよ?
 三組や四組、あんたの連ればっかじゃない!!」
 なるべく見つからないようにと、積み上げられた生徒の荷物の影にいた少年、屋敷大(やしきはるか)は見つかってしまう。
「あー。
 見つかった、か‥‥‥」
 間延びした大の声は変声期を迎えたはずのに女のように甘い声だ。自分で抑えて男の様にすると、逆に上ずったように聞こえてしまって失笑を買うこともしばしばである。
 百六十に満たない身長に、イケメンとは言えないがそこそこ整った女顔。やせ細った腰回り。
「見つかりたくなかったら女装でもしたら?
 そしたら、一組の女子の部屋に入れてあげるわよ?」
 凛子はまともそうに見えてこれでも、市内に住んでいる。親はまともだが、周りはまともじゃないやつらも多い。
 そうなると、次第にこんな男をからかって遊ぶ、場末の商売女がやるようなからかいも自然と覚えるらしい。本当に、どうしょうもないな‥‥‥。
「いいや、遠慮しておくよ。
 で、誰に言えばいいわけ?」
 大は、やれやれと重い腰を上げた。凛子でも三組の連中。市内で真夜中に爆音と共にバイクを走らせている連中はおっかないらしい。まあ、掴まればどうなるか。
 それを身をもって知っているから、彼女は取り分け立ち入ろうとはしなかった。
「あいつら、秋山たちに‥‥‥。もう、飛行機のチェックインしなきゃー」
「ああ。はいはい。
 凛子の元旦那様、だったっけ?」
 そう秋山を見てからかうと、凛子はあからさまに顔をしかめて大を刺し殺しそうな視線でにらみつけた。おお怖い。普段は見せない生徒会長の隠された一面。
「あんたには‥‥‥」
「そう、関係ない。
 でも、参川は県の北側で、僕が住んでいる西谷市は県の南側。南北でどんだけ抗争があったか――凛子も少しは知っててほしいよね」
 あ‥‥‥っ、と。凛子はその返事に我に返る。
 もし、ここが校内なら。秋山たちは迷わずに、大をそのあたりにあるパイプ椅子やなにかで滅多打ちにしているに違いなかった。
 それが、この高校の流儀だからだ。
「うちは一年と三年が多いから。二年少ないんだよ。
 理解して?」
 三年になったら、勢力も変わるからと大は言って秋山たちの方に歩いて行った。
 表面上は仲の良い同級生の会話のように見えて、それでいて、秋山たち三組はあからさまな敵意を剥きだしにして大を迎えていた。
 普段ならかいくぐることもない教室の入り口を、一人ひょっこりと笑顔で通り抜けていまはここにいない、貝塚と共に戻って来たあの日のように。
 大は唾棄されるような扱いと、言葉の矢尻を受けとめながらそれでもひょうひょうとして秋山の元へと向かう。
 言ったのは数言だが、それだけで三組はまるで人が変わったかのように静まり返ってしまった。
「あれでいい?」
 どんな魔法を使ったの?
 いまでも目の前に立たれたら足がすくむ。そんな凛子は恐怖の対象である秋山を、飼い犬をいなすようにして戻って来た大にこれまでとはまったく別の感覚を心に抱こうとしていた。
「え、ええ‥‥‥でも――」
「あんまり詮索するな。
 女は無口な方が良い。後ろにそっといるような‥‥‥まあ、凛子には無理だよな?」 
 そんなことはないもん、そう反論しようとして凛子は気づく。
 冬服では見えない左手の袖口から奥につづく、かきさいたようなざんぎりの裂傷があることに。
「じゃ、これで連中は静かだから。
 お前の役割は、ああ。僕の役割か。
 終わるよ?」
「ありがとう‥‥‥」
 それを見て、凛子は何も言えなくなってしまった。
 なぜ、そんな傷跡が? 自分の知らない屋敷がそこには、いたからだ。

「静かになったね。
 良かったじゃん」
 ボブに切り揃えた長めの栗色のヘアをいじりながら、青いカラコンから見える視線をこちらに向けて、生徒会書記の矢島初音がそう言ってきた。
「機内では電子機器はお切りください、かー。
 せっかく、オンラインで対戦やってたのに。今日、イベ(イベント)最終日なんだよねー」
 何やら有名なオンラインゲームの世界で彼女はランカーという、上位ランキング保有者らしい。また、成績が落ちるわ、とぼやきながら凛子にもたれかかってきた。
 飛行機の席が隣、しかし、三人掛けなので真ん中の凛子は肩身が狭い思いをする羽目になる。
「ちょっ、初音ー。狭い!」
「ああ、ごめんごめん。 
 これ、荷物に入れないとまた怒られそうだから」、とハンディゲーム機を見せる。しかし、飛行機の中では教師といえども簡単には歩きまわれないのは常識でしょ、と凛子は突っ込んでいた。
「まあ、それもそうか。お菓子食べる?」
「懐柔するな!」
 それでも初音の出したポッキーを頬張りながら、凛子の視線は数隻先に座っているはずの屋敷に向けられていた。
「なに、大に行かせたんだ?」
「‥‥‥そう。すごい傷も見た」
「ああ、あれね。貝塚を巻き込んで落ちたときのでしょ?」
「多分‥‥‥。でも、なんで大なら言う事聞くの、三組」
 えー‥‥‥。それはここでは言えないなあと、初音はさきほどのゲーム機の電源を入れた。wifiをoffにしてから、通信戦で使うチャットモードにして、なにやら打ち込んでいる。
『屋敷君は、頭同士でタイマン張ったんだよ。いまどき、ありえないけど』
 意味がわからない、と凛子が頭を振る。
『だから、彼も中学時はそこそこ暴れてて。それで、一年のこっち側をまとめてた貝塚にさんざんいじめられたの』
 ああ、それで決闘? 私闘は法律違反なのに。
『二階の教室から、巻き込んだんだよ、わざとね?
 おかげで貝塚君は背骨折って、まだ入院。もう来れないんじゃない?
 怖すぎて」
 何で怖いの? そう唇で聞いてみる。
『そりゃ、簡単。やり返されるのも出し、あそこの父親、有名なとこの上だし。ま、子供の喧嘩に親もでないでしょ。
 でも、分かんないけど』
 なによ、わからないって?
 言いなさいよ、と凛子は肘鉄を初音に押し当てていた。
『いまから韓国。貝塚は三組で作ってたゾクの頭で、いまから国外で、秋山はそこの副で』
 と、ここで文字の会話は終わってしまう。初音は知らん顔をして寝入ってしまったからだ。
 空港に付き、バスに便乗。一日目、二日目は特に問題らしい問題は起こらない。
 凛子は初音たちと行動を共にする中、四組や二組、一組の誰かが。校内で親し気にしているところなんて見たことのない誰かが、屋敷に声をかけたりさりげなく寄り添っているのを見かけてしまった。
 なんであんな人たちが?
 そう不思議そうに思っていたら、三日目のお風呂で、初音がそっと教えてくれた。
「屋敷君は、西谷市でしょ? 真っ反対。うちの県は南北でゾクが強いから、ね?」
「彼もそのメンバー?」
「じゃないらしいけど。でも、貝塚君との一件で気に入られたみたいよ?
 敵も増えたようだけど」
 修学旅行も明日で終わり。
 今夜、何もなければいいけどね?
 初音はそう、思わせぶりに告げると、先にあがってしまった。
 変な子? こんなクラスも違うとこで、何か起こるわけないじゃない。多分。
 長い髪は乾かすのもうっとうしい。脱衣場で己の裸を鏡に晒した時、凛子はまだ残る忌まわしいそれらが目に入ってしまい目を背けた。
 班ごとの行動だから、凛子を脱衣場で待っていた初音は、その様を見て冷たい視線をそこに落としていく。
「あんた、まだいいよ、それで。
 あたしなんか、毎晩だもん。火傷はないけど‥‥‥」
 初音がそっと見せる浴衣の中には、そこかしこに痣がある。内出血もひどいのもあれば青黒くなりすぎて、もう二度と元の肌色には戻らないかもしれないものも。
「こんなのもあるよ?」
 空港の金属探知機がどうして鳴らなかったんだろうと。そう思うほどに太い、ピアスが両乳首に貫通していた。
「‥‥‥っ!?」
「父親があれだと、こうもなるよ。あたしはもう、抜けらんない。
 いつか、子供生まれたら風俗に売られておしまいだよ。凛子はそれだけで良かったじゃん?」
 実父のことをあからさまにしながらも、彼女は作り笑いを浮かべて去っていく。凛子は秋山に押し付けられた、乳房に数か所の残るタバコの火傷のあとをまじまじと見つめると、そっと浴衣の表を閉じた。その時、あれほど考えていた屋敷のことは凛子の脳裏から、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。
 いまでも、凛子は後悔する時がある。あの夜、自分が気にして入れば、彼はあんな贖罪を背負わなくて良かったのではなかったのか、と。

 深夜に妙な騒ぎが起きたのは、数部屋隣だった。
 しかし、数分も経つとそれはおさまり誰も気にしなくなった。翌朝、一つだけ妙なことがあった。最初は誰も気づかなかったし、凛子もそれを気に止めようともしなかった。みんな、修学旅行の最後の夜ということで語り明かしたし、これから日本に戻れるという安堵感があったからだ。
 ただ、一つだけ。
 それまで屋敷に近寄ろうともしなかった初音が、そっとその側で座っていたことに凛子が気づいたのは帰国して間もなくのことだった。
 二学期が終わり、冬が近づいた頃。
 凛子はあの夏の日から、屋敷がずっと片目を閉じたままでいることが気になっていた。
 初音が誘い、彼が遅まきながら生徒会の空いていた書記のもう片方の席にその腰を下ろした時。
「ねえ、どうしたの、それ?」
 何気なく、凛子は屋敷に左眼のことを質問してみた。
 ん?
 そうだなあ、と彼はどこか言いにくそうにして、
「ものもらい、だよ。
 見えづらくて仕方ない」
 それだけで会話を終わらそうとしていた。
 なるでボクシングの試合で殴られたかのようなその外見に、それまで密やかに彼に好意を寄せる女子たちが波が引くかのようにさっと消えてしまった。
 凛子はそれから数度。
 口実をつけては、屋敷の実家に足を運ぶようになった。
 その外見のことではなく、どうしても知りたいことがあったから。
 いつもは大学進学用の勉強と嘘をついて、彼とともに電車でそう遠くないあちらの家へと押しかけていく。そんな最中、聞こえてくる声に凛子は耳をふさいでいた。
「見て、あれ。
 キモい」
「だめだよ、言ったら。
 でも、見たくない―い。電車乗るのやめて欲しいよねー」
 そんな、屋敷の外見に対する悪口はどこでも絶えない。
「離れてろ。
 お前が辛くなる」
 そう言い、自分だけは別車両に移動する屋敷の心遣いにも申し訳なさを感じてしまい、その日はとんぼ返りで戻ったこともしばしばある。
「凛子、僕に関わらない方がいいよ。
 お前が周りからはぐれたら悲しいだろ?」
 彼の自宅にどうにかいけた数回の最後の日。
 凛子は明らかな拒絶をされて、絶句する。
「そんな気持ちで来てるんじゃ‥‥‥」
「でも、可哀想とか大好き、って感情じゃないだろ?
 お前の中にあるのは、なんで。それじゃないの?」
 ふと言われたその一言は間違いなく、凛子の本音を突いていた。
「なっ、何。言って‥‥‥」
 それしか言えない自分がもどかしい。
 本当は、真実を知りたいのに。
「何もないよ。
 僕にはそれしか言えない。もう遅いな‥‥‥。
 どう、乗って行く?」
「‥‥‥え??」
 二歳上の亡くなったお兄さんが残したという、大きな(凛子にはそう見えた)、バイクが一台。
 ガレージに止まっていた。
「そのカッコじゃ風邪ひくから――」
 再度、二階に上がり、彼の予備だという防寒用のジャケットにズボンを貸してもらう。
「ねえ、その‥‥‥。走って、るの?
 チームとか?」
「はん?
 そんなわけないでしょ?
 僕は新聞配達とか。そんなのだけだよ。
 それに――」
 白い満月か、西の空にあがる頃だった。それを背に見せてくれた大の片目は‥‥‥。
「そんなっ、それ、ものもらいなんかじゃない。なによその白いの。
 まさか――カラコン?」
「なわけないだろ?
 こんな白く濁ったカラコン、見えるわけないじゃん。でも運転は出来るからー。
 大丈夫だよ‥‥‥」
 駅までかと思ったら、大は凛子の自宅側にまで送迎してくれた。
 ここはそんなに治安が良くない。早く帰ったほうがいいと告げる凛子に、大は皮肉気に微笑んでいた。
「あのね、いちのクラスの三戸。それに田中も。
 みんな、この辺りでしょ?
 仲いいんだ。二組よりは、ね?」
 そして、大は凛子にそのスーツと一式は預けておくよ、と言う。
 凛子の左胸を抑えて、
「もう、掴まんなよ?
 あんなバカに」
 そう、付け加えて彼は戻って行った。
「なんで知って‥‥‥!?」
 後に残された凛子は、その場にしばらくたったまま動けなかった。

 冬休みのある日だ。
 凛子が正月明けにのんびりしていた時。
 たまたま、大から着信が入った。
 いまから行ってもいいか?
 嬉しいような、困るような。そして、自分と秋山しか知らないその深淵をなぜ、彼が覗いていたのか。
 凛子はそれを知りたくてOKした。

 一時間と少し経過してやってきた大は、困った顔をしながら凛子に告げていた。
「あのな、凛子。 
 悪い、しばらく戻れなくなるわ」
 と。その意味が分からずに、凛子はそう‥‥‥と答えるしかできなかった。どうして、あのことを知っているの?
 そう聞いた時、大は初めてそれまで開かなかった両目を見開いて、凛子に告げた。
「バカなやつは、上に誰かいないと生きていけない。
 その上が欲しがれば、捧げなきゃいけない。
 嫌なら、上を狩ればいい」
「なっ‥‥‥」
 だろ? そう、片頬を歪めると、大はいつもの中型バイクではなくなぜか原付バイクで雪の中をこけないように、器用に走り去っていった。
 なぜか、その足元には灯油の缶が挟まれたいたことが奇妙な記憶となって凛子の脳裏に刻まれていた。

 それから三日後の登校日。
 大の姿が学校になかった。
 同時に初音も、そして‥‥‥一組の。屋敷大と同じ同クラスの男子六名も。
 その日は休んでいた。
 初音が職員室に呼ばれたのは、その日の午後のことだ。
 生徒会役員の初音と大が休んでいる。その件かと思えば、事態はより大きかった。

「ガソリンをな、まいておびきだしたそうだ」
「家のまえで待ち伏せして、バットで滅多打ちに、な」
「まあ、中味は単なる水だったそうだが‥‥‥君、何か知らないか?」
 警察は関与しないらしい。どの家族からも被害届は出ていないらしい。
 だが‥‥‥犯人は多分。
「聞いていないかとも言われても、それが誰がしたものかをわたしは知りません」
 誰がやったと明言されない以上は凛子がヒントを与えてやるような、間抜けな真似はしたくなかった。
「貝塚のときもそうだ、
 だが、あの時は別の問題もあったらしいからな」
 ふと、ある教師が口を滑らす。だが、彼の一言は校長の一にらみで消えてしまった。
 なにも知らないから、答えようがない。
 でも、犯人は明らかだった。
 大‥‥‥!?
 あなた、なんてことをしたの――!!!
 その言葉が口をついて出そうだったが、凛子は黙っていることにした。
 自分まで関わって損をすることはないと、分かり切っていることだからだ。トカゲの尾は自分から逃げたのだから、ほっておけばいい。
 やがて、数日が経過して、当人たちが登校してきた。
 屋敷大は妙に、せいせいした感じを醸し出していて、矢島初音はこれまで見せたこともないような表情で彼の腕に抱き着くようにしてその居場所をアピールしていた。
 一体何があったの?
 そう急き立てて質問したいのに、二人はそれをしようとすることを誰にも許さなかった。
 教師にも、生徒にも、周りの誰にも、だ。
 そして、卒業間際。
 凛子は県外の大学に行くことになっていた。それは、あれだけの問題を起こした(と周囲では言われている)、屋敷と矢島の二人も、凛子と同じ進学先を希望し、合格ていた。
 そのことを知った凛子は少々複雑な気分だった。
 自分はようやく、解放されると思っていたのに。まさか、同じ進路だなんて、と。
 まるで、凛子に張り付くように二人の影が見え隠れするのが怖くもあった。
 そんなある日。
 三年間、生徒会長を務めあげた凛子を祝うかのように大と初音が生徒会室に顔出した。
「何か用?
 あなたとは昨年から疎遠だけど‥‥‥?」
「まあ、そうせざるを得なかったからな。とりあえず、大学進学、揃ってだが。
 おめでとう」
 そう言い、大はところで、と凛子に何かを手渡した。
 それを見た時、凛子の顔色は普段の白さを通り越してさも青く見えるように変わってしまった。
「初めは、いじめを止めさせたかった。どうにかしたくて、さ。
 で、貝塚とタイマン張った。だけど、まあ‥‥‥あれだけ大勢が見ている中で窓から落ちるなんて。
 隣にいたのは、凛子たちだった」
 机に腰かけて、大は震える凛子の黒髪に手をやる。
「あれでも貝塚は、中学の時はいじめなんてやる奴じゃなかったんだ。
 おかしいと思ってたら、秋山どころかー‥‥‥もっと裏にもっと怖いのがいた」
「‥‥‥なんの話??」
「あなたには言わなくても分かるでしょ?
 わたしだって、まさか、ね」
 初音がようやく解放された、とそんな顔をしていた。
「初音、あなた――こんなこと!!」
「売られたの」
「売られた、なにを?」
 父親に売られたの、大に。
 初音が自嘲気味に言い、大に抱き着いて見せる。
「貝塚が入っていた族の後ろ盾はうちのお父さんだったから。
 好きな女を選んで、殴ったり、躾けて風俗に堕とせって。そう言ってたのよ。
 で、秋山はそれに従い、でも、誰かさんがボスの貝塚君を、ね?
 まさか――」
「一緒に落とされる、なんてな。お陰で、遼(りょう)のやつが自由に動く時間ができたよ。
 そう、貝塚遼は、まだ健在だ」
 そのセリフはあの目だ。まるで、凛子の心の闇を透かすかのように覗き込んでくる。今度は、白いたった一つの嘘も許さない、その裁きの瞳に凛子は逃げ場を失っていた。
「修学旅行での、一組の男子がいるはずの部屋に、なぜか秋山たちがいた。
 うまく手配したよな? 生徒会室が呼んでるって言われれば行かざるをえない」
 大は片目を、指先で大きく開いてそれを凛子に突きつけていた。
 どうだ? まだもっと奥底を覗かれたいか、と?
「待って、違う。だって、あれは秋山が‥‥‥」
「そう、秋山がそうしろって指示したのは知ってる。初音の父親に貝塚の後を継ぎたければそうしろと、焚きつけられたことも。
 ただし、生徒会室がまさか、愛人みたいなもんだったなんてね。
 おかげで僕の左眼には、韓国の殺虫剤スプレーが照射されて‥‥‥盲目になったけど。
 詳細は初音が教えてくれたよ、でも、終わってからじゃあ遅い。同罪もいいところだ」
 ごくり、と凛子の喉がなる。
 目の前に置かれた赤いそれは、彼女と初音の父親のつながりを明かすものだった。
「いつからー?
 いつから、あなた、初音と‥‥‥??」
「ご主人様に、飼い犬?
 いい趣味だな。秋山に教えたら、全部、吐いたよ。まあ、先にとことん報復はしたけど。
 さて、なんで初音があの朝から。
 僕の側にいたかと思うか?
 そんなの簡単だろ。買ったんだよ、初音を。
 貝塚をだめにした責任を取れって持ちだされたから、この眼を渡した。だからあの夜は静かだったろ?
 誰も怪我をしなかった。日本を離れる前に、買ったんだ。
 たった、五十万で。それだけで、娘を売ったんだよ、あの父親は」
 娘をその額で売ったということは、つまり――。
「凛子、お前も安かった。
 それに、彼はいまごろは――どこにいるんだろうな」
 また、大はあの目を近づけてくる。
 凛子の心の奥底に眠る性癖にまで、その目は見透かしているようで怖かった。
「待って‥‥‥」
「何かな?」
「初音が五十なら、わたしは!?
 そんなに、安い‥‥‥はずがない」
 大はうん、まあ。安くはなかった。そう告げた。
「倍に近い額ではあった。でも、彼の命よりは、どうだろうね?
 ああ、初音が安いのは娘だからとか、そんな理由じゃないよ」
 ちなみに、彼が――初音の父親がいまどこにいるかは、僕は関係ない。とも、大は付け加えた。
「彼はいろいろと恨みを買い過ぎたんじゃないのか?
 兄を殺し、貝塚をあんな目にあわせ、秋山にも、ね?
 裏で糸を引いていたなんて知られたくなかったら、その首輪。
 つけてくるといいよ、君の新しい大学のマンションへさ」
 男二人で、待ってるから。
 そう言い、大は初音を抱き寄せた。
 君の心の深淵にある欲望を、誰よりも満足させてあげるよ。
 僕と、心が男の、初音でさ?
 そう、ささやくと、二人は凛子を残して生徒会室を後にするのだった。
 
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