84 / 221
城を離れて向かうのは
苦手な人
しおりを挟む
「おや、おはようございます。」
ハヨンは午前中は城の警備の当番だったので、一通りの説明を受けた後、リョンヤンの執務室から出るとばったりイルウォンに出くわした。
「おはようございます。宰相様。」
どうしてだか彼が苦手なハヨンは、できるだけ会話を少なく立ち去ろうと思い、頭を下げ、歩きだそうとした。しかし、彼の あ、少しお待ちを。 という声で足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「リョンヤン様のことなのですが…。最近どうも今まで以上に根をつめて公務をなさっているのですが、どこか心当たりはございませんか?もしお体にさわったらと気が気でないのです。」
ハヨンには十分心当たりがあった。きっと不穏な動きをしている者が誰かを洗い出そうとしているのだ。しかしこんな大事な情報を宰相と言えど漏らしても大丈夫かわからなかったし、こんな誰でも立ち聞きできそうな廊下で話すべきことではない。
「…ジンホ様が来られてから、私も頑張らなければなりませんね、とおっしゃっていた。きっと、ジンホ様によって、仕事への熱意が増したのではないでしょうか。」
とできるだけ平静を装い、イルウォンの目を見て話した。イルウォンは少し目をすがめている。ハヨンの心の底まで見透かそうとしているように思えて、ハヨンは冷や汗をかいた。
「そうですか…。お加減にさわらなければよいのですが…。」
「では、私はこれで。」
ハヨンは一礼して、背を向ける。本当は今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが、不審に思われぬよう、ゆっくりと歩くのを心がけた。
(なぜだろう、宰相様から一刻も早く逃げ出したい…。)
ハヨンは廊下の角を曲がり、ようやくほっとした。ここはちょうど日当たりが良い場所のようで、朝日の柔らかな光が射し込んでいる。
(理由もわからずやたらと宰相様に怯えてしまうのはやめたいな。)
なぜだろうか、ハヨンにはいつも彼に血が通ってると思えないのだ。喋る人形と会話しているような、そんな奇妙な恐怖に陥ってしまう。
ハヨンはそんなふうに人を見てしまう自分が嫌になったのだった。
ハヨンはその後、他の隊員達と交代しながら、警備を行う。警備のかたわら、時折イルウォンのことを思い出しては自己嫌悪に陥っていた。
「しかし、随分とお前も出世したなぁ。俺なんかお前の遥か下だぞ。」
穏やかな昼の日差しの中、共に見張りをしている先輩の隊員がそうぼやく。何が、と聞かずとも、もちろん階級のことである。
ハヨンはなんと答えれば良いのかわからず、困った。すみませんと言えば、嫌みっぽいし、そうでしょうと言えば馬鹿にしているようだ。
「…そうですね。私も驚いています。」
やっと無難な答えを捻り出すと、それで間違っていなかったようだ。彼は怒りはしなかった。
「俺達お前が来たときははっきり言って馬鹿にしていたんだ。女が兵士なんて聞いてあきれる。どうせ縁故かその名前を振りかざして来たんだろって。」
「まぁ、そう思われても仕方ないですよね。」
チュ家は名だたる武人の名家だったし、合格する者がただえさえ少ないこの白虎に、男よりも力の劣ると思われがちな女がしれっと入隊するのだ。普通は何事かと思うだろう。
「でもそうやってお前がだんだん人に認められていくのを見て、俺は間違ってたんだなぁと思う。視野が狭かったんだなってな。すまんな、たまにお前に嫌な態度であたったこともあったかもしれん。俺は未熟者だな。」
彼はそう謝ってきたが、ハヨンは彼から嫌がらせを受けたり、嫌味を言われたことはない。ハヨンに直接嫌がらせをした者は別の人物だ。そういう者はまず、謝ってこない。自分がしていることに自覚が無いだろうし、あったとしても見下していた相手に謝るようなみっともないことを自分が許せないのだ。
「誰だって嫌だと思う人ぐらいいますよ。それに先輩は全然未熟者じゃあありません。でも、私のことを気にかけてくださってありがとうございます。」
ハヨンはそう言いながら、自分だって宰相のイルウォンが苦手で妙な態度をとってしまうことに恥ずかしく思えてくる。
(先輩のように、苦手だと思っている人と話せる方法はないかな…。)
今朝のことを考えながらハヨンはイルウォンへの歩み寄りについて頭を悩ませるのだった。
ハヨンは午前中は城の警備の当番だったので、一通りの説明を受けた後、リョンヤンの執務室から出るとばったりイルウォンに出くわした。
「おはようございます。宰相様。」
どうしてだか彼が苦手なハヨンは、できるだけ会話を少なく立ち去ろうと思い、頭を下げ、歩きだそうとした。しかし、彼の あ、少しお待ちを。 という声で足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「リョンヤン様のことなのですが…。最近どうも今まで以上に根をつめて公務をなさっているのですが、どこか心当たりはございませんか?もしお体にさわったらと気が気でないのです。」
ハヨンには十分心当たりがあった。きっと不穏な動きをしている者が誰かを洗い出そうとしているのだ。しかしこんな大事な情報を宰相と言えど漏らしても大丈夫かわからなかったし、こんな誰でも立ち聞きできそうな廊下で話すべきことではない。
「…ジンホ様が来られてから、私も頑張らなければなりませんね、とおっしゃっていた。きっと、ジンホ様によって、仕事への熱意が増したのではないでしょうか。」
とできるだけ平静を装い、イルウォンの目を見て話した。イルウォンは少し目をすがめている。ハヨンの心の底まで見透かそうとしているように思えて、ハヨンは冷や汗をかいた。
「そうですか…。お加減にさわらなければよいのですが…。」
「では、私はこれで。」
ハヨンは一礼して、背を向ける。本当は今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが、不審に思われぬよう、ゆっくりと歩くのを心がけた。
(なぜだろう、宰相様から一刻も早く逃げ出したい…。)
ハヨンは廊下の角を曲がり、ようやくほっとした。ここはちょうど日当たりが良い場所のようで、朝日の柔らかな光が射し込んでいる。
(理由もわからずやたらと宰相様に怯えてしまうのはやめたいな。)
なぜだろうか、ハヨンにはいつも彼に血が通ってると思えないのだ。喋る人形と会話しているような、そんな奇妙な恐怖に陥ってしまう。
ハヨンはそんなふうに人を見てしまう自分が嫌になったのだった。
ハヨンはその後、他の隊員達と交代しながら、警備を行う。警備のかたわら、時折イルウォンのことを思い出しては自己嫌悪に陥っていた。
「しかし、随分とお前も出世したなぁ。俺なんかお前の遥か下だぞ。」
穏やかな昼の日差しの中、共に見張りをしている先輩の隊員がそうぼやく。何が、と聞かずとも、もちろん階級のことである。
ハヨンはなんと答えれば良いのかわからず、困った。すみませんと言えば、嫌みっぽいし、そうでしょうと言えば馬鹿にしているようだ。
「…そうですね。私も驚いています。」
やっと無難な答えを捻り出すと、それで間違っていなかったようだ。彼は怒りはしなかった。
「俺達お前が来たときははっきり言って馬鹿にしていたんだ。女が兵士なんて聞いてあきれる。どうせ縁故かその名前を振りかざして来たんだろって。」
「まぁ、そう思われても仕方ないですよね。」
チュ家は名だたる武人の名家だったし、合格する者がただえさえ少ないこの白虎に、男よりも力の劣ると思われがちな女がしれっと入隊するのだ。普通は何事かと思うだろう。
「でもそうやってお前がだんだん人に認められていくのを見て、俺は間違ってたんだなぁと思う。視野が狭かったんだなってな。すまんな、たまにお前に嫌な態度であたったこともあったかもしれん。俺は未熟者だな。」
彼はそう謝ってきたが、ハヨンは彼から嫌がらせを受けたり、嫌味を言われたことはない。ハヨンに直接嫌がらせをした者は別の人物だ。そういう者はまず、謝ってこない。自分がしていることに自覚が無いだろうし、あったとしても見下していた相手に謝るようなみっともないことを自分が許せないのだ。
「誰だって嫌だと思う人ぐらいいますよ。それに先輩は全然未熟者じゃあありません。でも、私のことを気にかけてくださってありがとうございます。」
ハヨンはそう言いながら、自分だって宰相のイルウォンが苦手で妙な態度をとってしまうことに恥ずかしく思えてくる。
(先輩のように、苦手だと思っている人と話せる方法はないかな…。)
今朝のことを考えながらハヨンはイルウォンへの歩み寄りについて頭を悩ませるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる