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錯綜
混乱の中で 弐
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「私はそうは思いません。逆に、リョンヘ殿の肩を持つことで、国の信頼を保つことができると思います。」
「…どうしてそう思う。」
父王が向けた、鷹のようなその鋭い眼差しに、ヨンホは唾を飲んだ。自身の考えに自信がないわけではなかったが、父に己の能力を見極められている、と感じ、緊張したのだ。
「まず、今回の燐での騒動はかなり大きなものであるにも関わらず、リョンヘ殿の動機が明確となっていない上、リョンヤン殿も即位する、ということを宣言したのみで、その後は外部に向けて一切情報が公開されていません。すると、他国は我らのように、間諜を用いて実状を探りにゆくでしょう。そうなればこの穴の多い体制は、必ず明るみに出ます。もし仮に我々が今のリョンヤン殿につけば、我らの目が節穴なのか、それとも燐が混乱した隙に付け入ろうとしているように見えると思うのです。」
ヨンホは緊張していたこともあってか、自身の意見を一息に話しきった。少し息苦しい。父王の表情は先程からぴくりとも変わらず、ヨンホの意見を熟考しているようだ。ヨンホは父の考えていることが少しもわからず、自身の考えについてどう言われるかと肩に力が入る。
「確かに、お前の言うことには一理ある。だが、我々は燐と同盟を結んでしまった。今から破棄するにしても、多くの時間を要するだろうし、破棄ができなければ、我々は誠実という言葉を盾にして、燐の国に援軍を求められるやも知れぬ。お前はこれをどう考える?」
次々に質問を投げかけてくる父王だが、彼は別に、解らぬから問うているのでは無い。彼には彼なりの答えが、頭の中で導き出されているだろう。しかし、ヨンホに矢継ぎ早に質問するのは何故か______考えずともわかる話だ。ヨンホの資質を見極めているのである。
(私の返答次第で、私の身の振り方を決められるのだろう…)
ヨンホにとってそれは、好機でもあった。兄のことが嫌なわけではないが、自身が王族の中で燻ったまま、何もできないでいるような未来は願い下げである。
「…使者のリョンヘ殿が城に同盟の書を手渡していないので、同盟はまだ仮のものでしかありません。さらに、以前我が国の武器の闇取引が行われていたことが判明しましたよね?その相手は燐の国の者だった。闇取引が行われていた時期を考えると、恐らく今回の反逆者は無関係のはずがありません。そして、力業ではありますが、この無謀とも思えることを成し遂げた首謀者は、かなりの野心家と思います。ならば、燐の国を制圧するだけではおさまらないでしょう。そうなれば、父上…。この国が攻め入られることもあり得なくは無いのです。」
緊張したためか、ヨンホは畳み掛けるようにして訴えた。相変わらず王は、眉一つ動かさなかったが、代わりに大きくため息をついた。
「…それは1つ目を除いて、すべてあくまでも推測だろう?おまえの言っていることは可能性のある、と言うだけだ。確証はない。」
「…ですが」
ヨンホは己の意見が間違いであるとは思っていないため、食い下がる。短い時間ではあったが、リョンヘ達一行と関わった記憶は、簡単に見捨てられないほどに大切なものになっているのだ。
「…しかしまぁ、確かに、おまえの言っていることは考えうることだし、この国に関わる大きなことでもある。何せ、我々の国を狙う者たちは少なくないからな。」
豊富な鉱山資源は、誰でも喉から手が出るほどほしいものである。実際、滓は何度も攻めいられた歴史がある。そうした歴史を重ねていくことで、武具が発達していき、攻めいられることで強くなっていったと言う皮肉な結果だ。
しかし滓は険しい山々に囲まれた国のため、自然の要塞によって守りにも適しているが、国内での作物の栽培が盛んでないこと、逆に山の要塞によって人々が交易をするために通る道が少なく、補給物資が限られることなどから長期戦には向いていない。その弱点を突かれてしまえば、滓はたちまち敗者となるだろう。
「とりあえず今は情報が必要だ。諜報するものをあと何名か派遣しよう。」
瞼を閉じ、ため息をつくようにそう言った父王は今までになく年老いて見えた。彼とてこの状況にどう対応すれば良いのか、悩んでいたのだ。
「…!父上!ありがとうございます。」
いつもあまり表情を出さないヨンホが喜色を浮かべる様子を見て、王が軽く目を瞠る。
「指揮はお前に任せるとする。頼んだぞ。」
「はい!」
自身の考えを認めてもらえた上に、権限を与えると言うことは、ヨンホの能力を買ったと言うことだ。今までヨンホが何も任されてこなかったわけではないが、将来を見据えて兄に重要な役回りが与えられることが多かったので、喜びと期待が込み上げてくるのだった。
一方、王はヨンホに背を向け、城の中へと戻っていく。
(…。燐は獣を操る特殊な力を持っている…。どこの国よりも特殊な国だ。この国に何かが起こると、否応なしに周辺諸国も巻き込まれるだろう…。それは私もわかっていることだ。しかし、今回の反逆、妙な点が多い。やり口が強引で、噂に聞くリョンヤン王子の人柄と一致しない。)
王は城を仰ぎ見る。城の物見台の縁に並んでいたカラスたちが、一斉に飛び立った。ばたばたという羽音とぎゃあぎゃあと言う不協和音が重なる。
(…気味が悪いな。)
王は頭のなかで考えたことを振り払いながら、城内に戻ったのだった。
「…どうしてそう思う。」
父王が向けた、鷹のようなその鋭い眼差しに、ヨンホは唾を飲んだ。自身の考えに自信がないわけではなかったが、父に己の能力を見極められている、と感じ、緊張したのだ。
「まず、今回の燐での騒動はかなり大きなものであるにも関わらず、リョンヘ殿の動機が明確となっていない上、リョンヤン殿も即位する、ということを宣言したのみで、その後は外部に向けて一切情報が公開されていません。すると、他国は我らのように、間諜を用いて実状を探りにゆくでしょう。そうなればこの穴の多い体制は、必ず明るみに出ます。もし仮に我々が今のリョンヤン殿につけば、我らの目が節穴なのか、それとも燐が混乱した隙に付け入ろうとしているように見えると思うのです。」
ヨンホは緊張していたこともあってか、自身の意見を一息に話しきった。少し息苦しい。父王の表情は先程からぴくりとも変わらず、ヨンホの意見を熟考しているようだ。ヨンホは父の考えていることが少しもわからず、自身の考えについてどう言われるかと肩に力が入る。
「確かに、お前の言うことには一理ある。だが、我々は燐と同盟を結んでしまった。今から破棄するにしても、多くの時間を要するだろうし、破棄ができなければ、我々は誠実という言葉を盾にして、燐の国に援軍を求められるやも知れぬ。お前はこれをどう考える?」
次々に質問を投げかけてくる父王だが、彼は別に、解らぬから問うているのでは無い。彼には彼なりの答えが、頭の中で導き出されているだろう。しかし、ヨンホに矢継ぎ早に質問するのは何故か______考えずともわかる話だ。ヨンホの資質を見極めているのである。
(私の返答次第で、私の身の振り方を決められるのだろう…)
ヨンホにとってそれは、好機でもあった。兄のことが嫌なわけではないが、自身が王族の中で燻ったまま、何もできないでいるような未来は願い下げである。
「…使者のリョンヘ殿が城に同盟の書を手渡していないので、同盟はまだ仮のものでしかありません。さらに、以前我が国の武器の闇取引が行われていたことが判明しましたよね?その相手は燐の国の者だった。闇取引が行われていた時期を考えると、恐らく今回の反逆者は無関係のはずがありません。そして、力業ではありますが、この無謀とも思えることを成し遂げた首謀者は、かなりの野心家と思います。ならば、燐の国を制圧するだけではおさまらないでしょう。そうなれば、父上…。この国が攻め入られることもあり得なくは無いのです。」
緊張したためか、ヨンホは畳み掛けるようにして訴えた。相変わらず王は、眉一つ動かさなかったが、代わりに大きくため息をついた。
「…それは1つ目を除いて、すべてあくまでも推測だろう?おまえの言っていることは可能性のある、と言うだけだ。確証はない。」
「…ですが」
ヨンホは己の意見が間違いであるとは思っていないため、食い下がる。短い時間ではあったが、リョンヘ達一行と関わった記憶は、簡単に見捨てられないほどに大切なものになっているのだ。
「…しかしまぁ、確かに、おまえの言っていることは考えうることだし、この国に関わる大きなことでもある。何せ、我々の国を狙う者たちは少なくないからな。」
豊富な鉱山資源は、誰でも喉から手が出るほどほしいものである。実際、滓は何度も攻めいられた歴史がある。そうした歴史を重ねていくことで、武具が発達していき、攻めいられることで強くなっていったと言う皮肉な結果だ。
しかし滓は険しい山々に囲まれた国のため、自然の要塞によって守りにも適しているが、国内での作物の栽培が盛んでないこと、逆に山の要塞によって人々が交易をするために通る道が少なく、補給物資が限られることなどから長期戦には向いていない。その弱点を突かれてしまえば、滓はたちまち敗者となるだろう。
「とりあえず今は情報が必要だ。諜報するものをあと何名か派遣しよう。」
瞼を閉じ、ため息をつくようにそう言った父王は今までになく年老いて見えた。彼とてこの状況にどう対応すれば良いのか、悩んでいたのだ。
「…!父上!ありがとうございます。」
いつもあまり表情を出さないヨンホが喜色を浮かべる様子を見て、王が軽く目を瞠る。
「指揮はお前に任せるとする。頼んだぞ。」
「はい!」
自身の考えを認めてもらえた上に、権限を与えると言うことは、ヨンホの能力を買ったと言うことだ。今までヨンホが何も任されてこなかったわけではないが、将来を見据えて兄に重要な役回りが与えられることが多かったので、喜びと期待が込み上げてくるのだった。
一方、王はヨンホに背を向け、城の中へと戻っていく。
(…。燐は獣を操る特殊な力を持っている…。どこの国よりも特殊な国だ。この国に何かが起こると、否応なしに周辺諸国も巻き込まれるだろう…。それは私もわかっていることだ。しかし、今回の反逆、妙な点が多い。やり口が強引で、噂に聞くリョンヤン王子の人柄と一致しない。)
王は城を仰ぎ見る。城の物見台の縁に並んでいたカラスたちが、一斉に飛び立った。ばたばたという羽音とぎゃあぎゃあと言う不協和音が重なる。
(…気味が悪いな。)
王は頭のなかで考えたことを振り払いながら、城内に戻ったのだった。
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