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番外編 ムニル過去編
碧色の鬼灯
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ムニルの過去編をこの章では書こうと思いますが、やや大人向けの内容となっております。
舞台が花街になっている他、女装などの描写があります。
この内容は本編を補填するものではありますが、そういった内容が苦手であれば飛ばしてもらって構いません。
今の彼を形作る辛い過去があったのだな、とだけ把握して貰えば困らないように本編も書いていこうと思います。
ムニルにとって一番最初の記憶は、水の中だった。沈んでいく体と、纏わりつく気泡。そして、ごぽりごぽりという音が体を包む。これが水だと知ったのは随分と後だった。しかし、辺りは真っ暗で何も見えないまま水に沈んでいくというのに、どこか安心感があったように思えたのは何故だろうか…。
ムニルは花街の最下級の店…特に病にかかった妓女達がいる店で生まれた。ムニルの母はムニルを身篭った際、堕胎薬を使ったが、量を増やせど胎から下りることはなく、胎の子は順調に育って行った。彼女は薬を乱用したことや、その奇妙な胎の子に対する恐怖から徐々に病んでいき、出産と同時に命を失った。
番頭だった男は絶命した妓女の傍にいる赤ん坊を見て驚愕したそうだ。赤ん坊の背には碧色の鱗が生えており、月の光に照らされて妖しく輝いていた。見るからに普通では無い上に、赤ん坊で男だ。花街にはいても邪魔者にしかならないと判断した番頭は、溝に捨てた。これでもう、何にも煩わされることはないと意気揚々と帰ったが、しかしそうはいかなかった。
すっかり明るくなり、夜遅くに眠った花街の人々が起き出す昼前に、人々は溝のあたりに集まってきた。
なんと赤ん坊が溝の水面に浮かんでいるのだ。いや、浮かんでいるだけではない。溝の流れに逆らい、一定の場所に留まって浮かんでいる。どこからどう見ても奇妙な光景だった。
「捨て子だろうか」
「いや、なんだってこんなところに赤ん坊を捨てなきゃならないんだい。もっと他にも場所があっただろうに。」
集まった人々の好奇の目が篠突く雨のように、赤ん坊へと注がれる。誰もがこの後、赤ん坊をどうするのかと気になっていたが、助ける者も虐める者もいなかった。それぞれが厄介事を抱えているこの花街で、さらに厄介事を背負い込みたい者は誰もいない。
しかし、だからといってこのまま放置しておくわけにもいかないと、赤ん坊へと近づいた者がいた。おおっ、と周りがどよめく。近づいたのはまだ若い妓女だった。顔にはあどけなさが残り、色っぽい化粧が相まった、不安定な美しさがある。
彼女は重い衣装で体勢を崩さぬよう、そっと屈みながら溝に浮く赤子を掬い上げる。赤ん坊とはいえ、若い女の腕力では重たいので、彼女が赤ん坊を抱え直そうとした瞬間、真昼の晴れ渡った空が切り裂かれんばかりの悲鳴を上げた。人を欺き恋に酔わせることを生業とする、妓女らしからぬその悲鳴は、本能のままに赤ん坊を恐れていることが傍から見ていてもありありと伝わってきた。
周囲の者も二、三歩後退りお互いに顔を見合わせる。口々になんだなんだと騒ぎ立てた。
若い妓女は慌てて赤ん坊を汚いもののように地面に下ろし、腰が抜けたかのように尻餅をついて、ずるずると周囲の者達の方へと後ずさる。
「ば、化物よ…!」
周囲の者はどよめく。野次馬の後方にいた者達はよく見ようと背伸びをしたり、人々の顔と顔の隙間から己の顔を覗かせるなどして、赤子の姿を見ようとする。
たしかに地面に下ろされ、うつ伏せになった赤子の背には、碧色の鱗があり、太陽の光を浴びて、七色に艶めく。
その姿を見て「おおっ」と驚き目を輝かせて興味深そうに見る者もいれば、「ひぇぇっ」と慄くような悲鳴を上げる者もいた。しかし、その場から逃げ出すものは少なかった。
ここは花街だ。豪華で美しく、珍しい物が集まっており、そう言ったものを愛でることが生きがいの者たちがやってくるのだ。たとえ奇妙なものだとしても、その好奇心には負けるのだろう。
しかし、この赤ん坊に触れようと思うほど勇気のある者はいなかった。
「おい、こいつどうするんだ。捨てるか?」
「いや、これは何か化物の子供かもしれない。無下にするとたたられかねんぞ。」
「しかし触るわけにもいかない。もし毒を持っていたり、噛みつかれたらどうするんだ?」
こうしている間にも、赤ん坊は泣きもせずただじっと人々を見つめている。その姿はますます赤ん坊が奇異なものとして目に映った。
「ええい、面倒だ。こんな気味の悪いやつ、殺して土に埋めてしまえばいいじゃないか…!!」
体格が良く、人相の悪いごろつきのような男が、腰に下げていた刀を抜き払い振り回す。
「しかし…!この化物の仲間や親がやってきたりはしないか…!?」
「それならこの時点でとっくに来ておるだろう…!!」
そしてごろつきの男は、周りにいた者たちを腕を振り回してなぎ払い、赤子に近づく。そして、赤子の目の前に男が立った瞬間、赤子が火をつけたように泣き出した。
周りにいた者たちはびくりと肩を揺らす。今まで静かすぎた故に、不気味だった。ごろつきの男も躊躇したように、振りかざした刀を一度脇に下ろす。
と、不意にあたりが突然暗くなる。皆が不思議そうに見渡すと、花街の上空に異常なほどの速さで雲が集まり始めていた。そして、ぽつりと一滴雨が頬を濡らしたと思った瞬間、雷を伴って激しい雨が降り出した。
舞台が花街になっている他、女装などの描写があります。
この内容は本編を補填するものではありますが、そういった内容が苦手であれば飛ばしてもらって構いません。
今の彼を形作る辛い過去があったのだな、とだけ把握して貰えば困らないように本編も書いていこうと思います。
ムニルにとって一番最初の記憶は、水の中だった。沈んでいく体と、纏わりつく気泡。そして、ごぽりごぽりという音が体を包む。これが水だと知ったのは随分と後だった。しかし、辺りは真っ暗で何も見えないまま水に沈んでいくというのに、どこか安心感があったように思えたのは何故だろうか…。
ムニルは花街の最下級の店…特に病にかかった妓女達がいる店で生まれた。ムニルの母はムニルを身篭った際、堕胎薬を使ったが、量を増やせど胎から下りることはなく、胎の子は順調に育って行った。彼女は薬を乱用したことや、その奇妙な胎の子に対する恐怖から徐々に病んでいき、出産と同時に命を失った。
番頭だった男は絶命した妓女の傍にいる赤ん坊を見て驚愕したそうだ。赤ん坊の背には碧色の鱗が生えており、月の光に照らされて妖しく輝いていた。見るからに普通では無い上に、赤ん坊で男だ。花街にはいても邪魔者にしかならないと判断した番頭は、溝に捨てた。これでもう、何にも煩わされることはないと意気揚々と帰ったが、しかしそうはいかなかった。
すっかり明るくなり、夜遅くに眠った花街の人々が起き出す昼前に、人々は溝のあたりに集まってきた。
なんと赤ん坊が溝の水面に浮かんでいるのだ。いや、浮かんでいるだけではない。溝の流れに逆らい、一定の場所に留まって浮かんでいる。どこからどう見ても奇妙な光景だった。
「捨て子だろうか」
「いや、なんだってこんなところに赤ん坊を捨てなきゃならないんだい。もっと他にも場所があっただろうに。」
集まった人々の好奇の目が篠突く雨のように、赤ん坊へと注がれる。誰もがこの後、赤ん坊をどうするのかと気になっていたが、助ける者も虐める者もいなかった。それぞれが厄介事を抱えているこの花街で、さらに厄介事を背負い込みたい者は誰もいない。
しかし、だからといってこのまま放置しておくわけにもいかないと、赤ん坊へと近づいた者がいた。おおっ、と周りがどよめく。近づいたのはまだ若い妓女だった。顔にはあどけなさが残り、色っぽい化粧が相まった、不安定な美しさがある。
彼女は重い衣装で体勢を崩さぬよう、そっと屈みながら溝に浮く赤子を掬い上げる。赤ん坊とはいえ、若い女の腕力では重たいので、彼女が赤ん坊を抱え直そうとした瞬間、真昼の晴れ渡った空が切り裂かれんばかりの悲鳴を上げた。人を欺き恋に酔わせることを生業とする、妓女らしからぬその悲鳴は、本能のままに赤ん坊を恐れていることが傍から見ていてもありありと伝わってきた。
周囲の者も二、三歩後退りお互いに顔を見合わせる。口々になんだなんだと騒ぎ立てた。
若い妓女は慌てて赤ん坊を汚いもののように地面に下ろし、腰が抜けたかのように尻餅をついて、ずるずると周囲の者達の方へと後ずさる。
「ば、化物よ…!」
周囲の者はどよめく。野次馬の後方にいた者達はよく見ようと背伸びをしたり、人々の顔と顔の隙間から己の顔を覗かせるなどして、赤子の姿を見ようとする。
たしかに地面に下ろされ、うつ伏せになった赤子の背には、碧色の鱗があり、太陽の光を浴びて、七色に艶めく。
その姿を見て「おおっ」と驚き目を輝かせて興味深そうに見る者もいれば、「ひぇぇっ」と慄くような悲鳴を上げる者もいた。しかし、その場から逃げ出すものは少なかった。
ここは花街だ。豪華で美しく、珍しい物が集まっており、そう言ったものを愛でることが生きがいの者たちがやってくるのだ。たとえ奇妙なものだとしても、その好奇心には負けるのだろう。
しかし、この赤ん坊に触れようと思うほど勇気のある者はいなかった。
「おい、こいつどうするんだ。捨てるか?」
「いや、これは何か化物の子供かもしれない。無下にするとたたられかねんぞ。」
「しかし触るわけにもいかない。もし毒を持っていたり、噛みつかれたらどうするんだ?」
こうしている間にも、赤ん坊は泣きもせずただじっと人々を見つめている。その姿はますます赤ん坊が奇異なものとして目に映った。
「ええい、面倒だ。こんな気味の悪いやつ、殺して土に埋めてしまえばいいじゃないか…!!」
体格が良く、人相の悪いごろつきのような男が、腰に下げていた刀を抜き払い振り回す。
「しかし…!この化物の仲間や親がやってきたりはしないか…!?」
「それならこの時点でとっくに来ておるだろう…!!」
そしてごろつきの男は、周りにいた者たちを腕を振り回してなぎ払い、赤子に近づく。そして、赤子の目の前に男が立った瞬間、赤子が火をつけたように泣き出した。
周りにいた者たちはびくりと肩を揺らす。今まで静かすぎた故に、不気味だった。ごろつきの男も躊躇したように、振りかざした刀を一度脇に下ろす。
と、不意にあたりが突然暗くなる。皆が不思議そうに見渡すと、花街の上空に異常なほどの速さで雲が集まり始めていた。そして、ぽつりと一滴雨が頬を濡らしたと思った瞬間、雷を伴って激しい雨が降り出した。
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