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揺らぎ
街での変化 弍
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(違う、私の今やるべきことはリョンヘ様が王城へ戻られるための力添えをすること…。本来の目的を忘れてはだめだ。)
ハヨンは何のために四獣の力を借りるつもりであったのかを思い返す。
(それに、無理矢理従わせるわけではない。ムニルだって自ら協力してくれると言ってたんだから)
しかし、今後王城に戻るとすると、リョンヘ達はこの国の人々と敵として向き合わなければなくなるだろう。リョンヘは嫌でも誰かの犠牲の上に成り立つ者とならざるを得ない。彼はハヨンよりもその重責を負っているのだ。
(私も覚悟をしなければ)
ハヨンはそう固く心に決めた。人の上に立つ、それがどういう意味を成すのか、ハヨンは今まで深く考えて来なかった。
民たちを飢えさせず、国として王が手を差し伸べる。それが王の存在意義であり、国民の心の拠り所となる__。それと同時に大勢の中から切り捨てられる者が現れる。
ハヨンが幼い頃からこの国は凶作、飢饉、疫病に災害と、度々人民の暮らしに打撃を与える物事が起こっていた。その度に懸命に生きようとしながらもこぼれ落ちていく命たちを見てきた。それはハヨンの母も同様で、ハヨンたちの場合は差し伸べてくれる手があったから助かったのだ。
別に国王を恨むことはない。これほど何度も飢饉やら災害やらが起こると、さすがに国の蓄えが少ないこともわかっていたからだ。実際、王は飢饉に対して、炊き出しや、苗や種の配布も行っていた。しかし、それも何度も続くと量や回数は自ずと減った。聡い人民であれば、その理由は分かっていたし、王は公正で慈悲深い方であると王城の外へも届くほど人望はあったため、反乱も少なかった。
今までこの国が安定していたのは、王族の持つ獣を操る力を神聖視していたことや、大国ではないものの、長い歴史があることもあるだろう。
しかし、それは王城を制圧した反逆者の存在によって瓦解した。大きな争いも起こらず、このように静かに制圧できたのはきっと内部から徐々に侵略していたからだろう。それはつまり、リョンヘたち王族に近しいものが動いていると言うことだ。
(国が絡むと人間の関係は変わってしまう…。でも、私は…私は何があっても、絶対にリョンヤン様とリョンヘ様の味方でいよう)
そうして考え込んでいると、不意に自身の肩に何かが触れた。思わず肩が跳ね、その手の主に目を向けると、ムニルだった。
「ハヨンちゃんたら、難しそうに黙り込んじゃって。せっかく私と二人きりなのに。」
彼は不満気に流し目でハヨンを見つめる。彼の白く滑らかな肌や、美しい目を縁取る睫毛が木漏れ日に煌めいて見えて、目を奪われた。
「ごめん。つい色々と考えてしまって」
「まぁ、今の私達はあれこれ起こりすぎて、そうなってもしょうがないわね」
先程不満そうにしていた割に、ムニルはあっさり肯定した。ムニルも何か悩んでいるのかとハヨンは考えて、尋ねてみようと思ったが、山の麓に到達し、ちらほらと民家が目に入って来たため、その言葉は飲み込んだ。
ハヨンとムニルは町に近づくにつれ、違和感を覚えた。町の人々が慌ただしく、動き回っている。男は鎧や武器を携えていたりと物々しい。女達の姿もほとんど見かけなかった。
町のほとんどの屋台や店は閉まっており、二人はようやく開いている屋台を見つけ出す。
「はいよ。お釣りの五リンだよ。それにしても…あんたら旅人かい? 」
持ち歩きやすい食べ物を選び、包んでもらっている際に、屋台の店主は、そう言いながらハヨン達を見つめる。どこか怪しまれているような声色で、ハヨンは困惑した。そんなにハヨン達は物騒な二人組に見えたのだろうか。
「そうなのよ。私達の祖母が風邪をこじらせてしまって。もう祖父はいなくて一人暮らしだし、なんせこの季節だから、見舞いと看病をしに行ったの。」
そうムニルが流暢に嘘をついた。ハヨンはその対応の速さに唖然とする。
(こんなにすぐに都合の良い嘘を思いつくなんて…)
ムニルの話術は相変わらず巧みだ。淀みなく店主に存在しない祖母のことを話す様子を、ハヨンは驚嘆半分呆れ半分で見ていた。
「そうなのかい。なら早いとこ家に戻ったほうがいいよ、お兄さん。なんせもうじき戦が始まるからねぇ。」
「い、戦…!?」
思いもよらぬ言葉にハヨンとムニルは同時に叫ぶ。心当たりといえばもちろんリョンヘやハヨン達を追い出した反逆者である。きっと必要な武器などを一通り揃え、邪魔者であるリョンヘ達をたたくつもりなのだ。きっとまだ赤架に残っていればそのことについて伝令が来たのだろうが、あいにくハヨン達も街を発ったことを昨夜に送ったばかりだ。もしかすると入れ違ったのかもしれない。
青ざめたハヨン達の姿を見て、戦に恐れをなしたと思ったのだろう。店主は頷きながらこう言った。
「長いこと戦なんてなかったし、そりゃあ怖いさ。でもね、どうやら城で王様を殺した王子が、どっかの町の城をのっとって籠城しているらしいのさ。国と国で戦うのも恐ろしいことだけど、内側で分裂やら戦うなんて、もっと酷い状況だと思わないかい?」
どうやらハヨン達が恐れていたことが現実となったようだった。リョンヘは民達の反逆者として大々的に知れ渡ってしまったのだ。気がつくと己の手が震えていたが、ハヨンはそれを必死に抑え込む。
「…それは一大事ですね…。すぐに実家に戻ります…」
行こう、とムニルの手を引いて、ハヨンは店を出る。出る間際に、「気をつけるんだよ」と店主の声が聞こえた。
ハヨンは何のために四獣の力を借りるつもりであったのかを思い返す。
(それに、無理矢理従わせるわけではない。ムニルだって自ら協力してくれると言ってたんだから)
しかし、今後王城に戻るとすると、リョンヘ達はこの国の人々と敵として向き合わなければなくなるだろう。リョンヘは嫌でも誰かの犠牲の上に成り立つ者とならざるを得ない。彼はハヨンよりもその重責を負っているのだ。
(私も覚悟をしなければ)
ハヨンはそう固く心に決めた。人の上に立つ、それがどういう意味を成すのか、ハヨンは今まで深く考えて来なかった。
民たちを飢えさせず、国として王が手を差し伸べる。それが王の存在意義であり、国民の心の拠り所となる__。それと同時に大勢の中から切り捨てられる者が現れる。
ハヨンが幼い頃からこの国は凶作、飢饉、疫病に災害と、度々人民の暮らしに打撃を与える物事が起こっていた。その度に懸命に生きようとしながらもこぼれ落ちていく命たちを見てきた。それはハヨンの母も同様で、ハヨンたちの場合は差し伸べてくれる手があったから助かったのだ。
別に国王を恨むことはない。これほど何度も飢饉やら災害やらが起こると、さすがに国の蓄えが少ないこともわかっていたからだ。実際、王は飢饉に対して、炊き出しや、苗や種の配布も行っていた。しかし、それも何度も続くと量や回数は自ずと減った。聡い人民であれば、その理由は分かっていたし、王は公正で慈悲深い方であると王城の外へも届くほど人望はあったため、反乱も少なかった。
今までこの国が安定していたのは、王族の持つ獣を操る力を神聖視していたことや、大国ではないものの、長い歴史があることもあるだろう。
しかし、それは王城を制圧した反逆者の存在によって瓦解した。大きな争いも起こらず、このように静かに制圧できたのはきっと内部から徐々に侵略していたからだろう。それはつまり、リョンヘたち王族に近しいものが動いていると言うことだ。
(国が絡むと人間の関係は変わってしまう…。でも、私は…私は何があっても、絶対にリョンヤン様とリョンヘ様の味方でいよう)
そうして考え込んでいると、不意に自身の肩に何かが触れた。思わず肩が跳ね、その手の主に目を向けると、ムニルだった。
「ハヨンちゃんたら、難しそうに黙り込んじゃって。せっかく私と二人きりなのに。」
彼は不満気に流し目でハヨンを見つめる。彼の白く滑らかな肌や、美しい目を縁取る睫毛が木漏れ日に煌めいて見えて、目を奪われた。
「ごめん。つい色々と考えてしまって」
「まぁ、今の私達はあれこれ起こりすぎて、そうなってもしょうがないわね」
先程不満そうにしていた割に、ムニルはあっさり肯定した。ムニルも何か悩んでいるのかとハヨンは考えて、尋ねてみようと思ったが、山の麓に到達し、ちらほらと民家が目に入って来たため、その言葉は飲み込んだ。
ハヨンとムニルは町に近づくにつれ、違和感を覚えた。町の人々が慌ただしく、動き回っている。男は鎧や武器を携えていたりと物々しい。女達の姿もほとんど見かけなかった。
町のほとんどの屋台や店は閉まっており、二人はようやく開いている屋台を見つけ出す。
「はいよ。お釣りの五リンだよ。それにしても…あんたら旅人かい? 」
持ち歩きやすい食べ物を選び、包んでもらっている際に、屋台の店主は、そう言いながらハヨン達を見つめる。どこか怪しまれているような声色で、ハヨンは困惑した。そんなにハヨン達は物騒な二人組に見えたのだろうか。
「そうなのよ。私達の祖母が風邪をこじらせてしまって。もう祖父はいなくて一人暮らしだし、なんせこの季節だから、見舞いと看病をしに行ったの。」
そうムニルが流暢に嘘をついた。ハヨンはその対応の速さに唖然とする。
(こんなにすぐに都合の良い嘘を思いつくなんて…)
ムニルの話術は相変わらず巧みだ。淀みなく店主に存在しない祖母のことを話す様子を、ハヨンは驚嘆半分呆れ半分で見ていた。
「そうなのかい。なら早いとこ家に戻ったほうがいいよ、お兄さん。なんせもうじき戦が始まるからねぇ。」
「い、戦…!?」
思いもよらぬ言葉にハヨンとムニルは同時に叫ぶ。心当たりといえばもちろんリョンヘやハヨン達を追い出した反逆者である。きっと必要な武器などを一通り揃え、邪魔者であるリョンヘ達をたたくつもりなのだ。きっとまだ赤架に残っていればそのことについて伝令が来たのだろうが、あいにくハヨン達も街を発ったことを昨夜に送ったばかりだ。もしかすると入れ違ったのかもしれない。
青ざめたハヨン達の姿を見て、戦に恐れをなしたと思ったのだろう。店主は頷きながらこう言った。
「長いこと戦なんてなかったし、そりゃあ怖いさ。でもね、どうやら城で王様を殺した王子が、どっかの町の城をのっとって籠城しているらしいのさ。国と国で戦うのも恐ろしいことだけど、内側で分裂やら戦うなんて、もっと酷い状況だと思わないかい?」
どうやらハヨン達が恐れていたことが現実となったようだった。リョンヘは民達の反逆者として大々的に知れ渡ってしまったのだ。気がつくと己の手が震えていたが、ハヨンはそれを必死に抑え込む。
「…それは一大事ですね…。すぐに実家に戻ります…」
行こう、とムニルの手を引いて、ハヨンは店を出る。出る間際に、「気をつけるんだよ」と店主の声が聞こえた。
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