華の剣士

小夜時雨

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揺らぎ

王城にて 肆

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 ソクジュンはしなやかな躰と切れのある動きを特徴としている。ヘウォンは重みのある打ち合いを得意としているため、真逆の存在である。それ故に、ソクジュンにかわされ、間合いを詰められれば、かすり傷が一つぐらい付いてもおかしくはない。しかし、ヘウォンはソクジュンの剣を難なく避けられたのだ。その上、剣を突き合わせた時も、ソクジュンは手首を使って流すようにいなしたのではなく、まるで腕に力が入っておらず、これでは剣を持つのもやっとの状態なのではないかと疑ったほどであった。
 ヘウォンは打ち合いながらもソクジュンの真意を探ろうと、彼の一挙一動を観察していた。しかしソクジュンは表情を変えることなく、瞳も光を失っていた。人は戦闘状態になれば多少は表情が出るはずである。このような上の空な様子では注意力が散漫してしまう。

(おかしい…これではまるで…)

 傀儡のようだ、という言葉が浮かび、ヘウォンはとあることを思い出した。
 それは以前、宴の際に王の暗殺未遂が起こった時のことだ。あの時はハヨンが咄嗟に対応し、事なきを得たが、不可解なことが数多くあった。その一つがまず、暗殺者に全くその当時の記憶が残っていなかったことだ。そして、ハヨンの証言では暗殺者は人形のような異様な雰囲気を放っていたと。これらのことから、人々は暗殺者は洗脳されていたのではないかと噂されていたが、確実な証拠が出てこない他、前例もなかったため迷宮入りした。

(それが本当ならば…)

 もしかすると、ソクジュンが王に手をかけたのも不本意なものかもしれない。しかし、彼がいくら身の潔白を訴えようとも王の亡骸という動かぬ証拠があるため、彼の処刑は免れないだろう。

(それならばせめてソクジュンの洗脳が解ける前に…)

 ヘウォンはそう意を決し、畳みかけるように何度も剣を振り下ろした。ソクジュンはヘウォンの剣の重みに耐えきれずよろめく。ヘウォンはすかさずソクジュンの腹に剣を突き刺した。ヘウォンはその感触に思わず歯を強く食いしばる。戦で何度も経験した感覚だったが、部下に手をかけたと言う罪悪感がヘウォンに重くのしかかっているようだった。

「ヘウォン…様…」

 ヘウォンにもたれかかるようにして崩れ落ちていく部下の声が耳朶を打った。ヘウォンは目を瞠る。思わずソクジュンの背に左腕を回した。ソクジュンの目を見ると目に光がうっすらと戻っている。

「ソクジュン…!」
「申し訳…ございません…」

 そう彼は言葉を発したあと、糸が切れたように脱力し、ヘウォンの腕の中で息絶えた。ヘウォンはまず主人の様子を見なければと考え、ソクジュンを床に横たえようとする。しかしその瞬間に、ソクジュンの体には怪しい文様のどす黒い光が浮かび上がった。ヘウォンは咄嗟にソクジュンから離れる。よく見るとその文様は陣のようになっており、光の強さが強まったり弱まったりと、まちまちだ。

(これは…呪術か…?)

 ヘウォンはその文様に思い当たる節があった。燐国では今は廃れてしまったが、昔は呪術を扱うものが多数いた。真に力を持つ呪術師を見かけることは無くなったが、怪しげな呪術師の集団であればいくつか存在している。
 その集団から時折、王に宛てて呪術をこめている手紙が届くこともあったため、ヘウォンは呪術を目にすることはあった。しかしそれは、発動しなかったり、したとしても威力の弱いものばかりだったため、呪術ほぼは途絶えてしまったものだと認識していた。
 ソクジュンから浮かび上がっていた黒い光の文様は霧散し、跡形もなく消え去る。ヘウォンはそこで我に帰り、王のもとへと駆け寄った。王が生きているのかを確認するが、案の定、既に息絶えていた。ヘウォンの他にもう一人兵士がいれば王の処置をする者とソクジュンと戦う者とに分かれることで間に合ったかもしれないが、ありもしないことを考えても王が戻ってくることはない。
 これ以上亡骸の損傷が広がらないよう、ヘウォンは傷口を圧迫し、床に横たわらせた。

「間に合わず、申し訳ございません。安らかにお眠りください。」

 ヘウォンは王の亡骸に向かって手を合わせ、そう呟いた。
 その時、かつんかつんと何者かがこの部屋に向かってくる足音が聞こえてきた。

「誰か…」
「これは一体…」

 手伝ってくれ、と声をあげようとすると、その足音の主が呟く声が聞こえる。それはお互いに、長年王の下で勤めてきたイルウォンだった。

「ソクジュンが王に手をかけた…。王ももう、手遅れだ。このことを王子や王妃に伝えてれ。」
「何と言うことだ…。ヘウォン殿は側にいなかったのか?」
「ああ、先程まで会議に参加していた。俺がこの場に戻った時、既にソクジュンは王を…」

 自身の主人に触れた手は、亡骸の冷たさを伝えてくる。人が命を失い、ただの物と化してしまったということを実感した。この感覚はいつになっても慣れない。

「それにしても妙なことばかりだ」

 ヘウォンは込み上げてくるものを抑え込み、立っているイルウォンの方を振り仰ぐ。
 
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