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揺らぎ
王城にて 伍
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「妙なこと…?」
「あぁ。普段、王の執務室の中は護衛が一人となっているが、入り口には二人の護衛がいるはずだ。それが俺がここに戻った時には誰もいなかった。これは何者かが計画的に組織立って行っているに違いない。」
「ほう?」
ヘウォンはイルウォンのその反応にも違和感を覚える。彼はヘウォンの説明に対して否定も肯定もせず、ただ聞き出そうとしている。
そして瞳は爛々と輝いており、先程主人を亡くした者の様相ではない。さらに、この暗殺の首謀者はイルウォンではないかと、ヘウォンの勘が告げていた。ヘウォンはこういった勘を外したことがない。
(落ち着け、今は何の証拠もない。このことを告げてもイルウォンには鼻で笑われるだけだ。あと、彼を陛下やソクジュンに触れさせないようにしなければ…。何か証拠が残っていたとしても、消されてしまうかもしれない…)
「確かに、それは妙だな。それにしても、陛下に手をかけたこの者は白虎隊のものか?私も兵士全員を把握出来ていなくてな…。」
ソクジュンの顔を確認するように、イルウォンが足を運ぼうとする。
「これ以上近づくな!」
ヘウォンはその時、反射的に立ち塞がった。イルウォンは足を止める。
「なぜ?」
そうゆっくりと尋ねる様子は、どこか脅されているようで、ヘウォンは人ならざるものと対峙しているような感覚に陥った。
「それは…」
ヘウォンは咄嗟に言葉が出てこなかった。一国の王が命を落とすという、一大事であるにも関わらず、深く考えもせずに動いてしまうと、それこそ相手に弱味を見せることになるのではと、考えがよぎったためである。
「我々で対応するより前にリョンヤン様をお呼びした方がいいのではないか?あとは、このことを調べるために官吏を呼ぶべきだ。正当な方法で行わなければ。陛下が崩御なされたのならなおさらだ」
「それはそうだが…この者の顔を確認するだけでもいけないのか?」
イルウォンが眉を寄せながらそう尋ねる。その声は苛立ちの色が混じっており、不審がるというよりも険のある表情だった。物腰柔らかで冷静な宰相の姿は見る影も無くなっていた。
ヘウォンはイルウォンの化けの皮がだんだんと剥がれていく様子に、冷や汗が流れた。なんせ相手は得体の知れない呪術を扱うのだ。ヘウォンは燐国切っての武将ではあったが、呪術に関しての知識や術はほぼない。得体の知れないものに恐怖するこの感覚は久々だった。
「俺はソクジュンは何者かに指示されて暗殺を行ったのだと思っている。だからそれが誰かわかるまでは誰も近づけたくない。」
ヘウォンはそう答えるので精一杯だった。ヘウォンの勘はイルウォンが犯人だと告げている。しかし、それを証明する術はまだ無いし、ここでイルウォンを無駄に刺激する必要もない。
(これで納得しては…くれないか)
イルウォンの表情はますます険しくなり、釈然としないようだった。
「あなたにはしばらく証人として動いてもらおうと思っていたのですがね…。やはり勘が良すぎるとこちらとしても困る。」
「何を言って…」
ヘウォンがイルウォンに問おうとしたその時、激しい頭痛に襲われた。景色は捻じ曲がり、立っているのもやっとのほどだ。
「あなたはリョンヘ王子の指示によって動いた白虎隊の若い兵士が、ヒチョル王を弑するところを見てしまった。そうですよね?」
ヘウォンはイルウォンにそう問われて、脳裏に先程の記憶が蘇った。ヘウォンの腕の中にいる部下は弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「申し訳ありません…。これはリョンヘ様のためなのです…。」
そう言ってソクジュンの目からは光が消えた。
(そうだ…ソクジュンはリョンヘ様が反乱を起こすために集ったものの1人で…)
ヘウォンはぼんやりと霞のかかったような脳内で思い返す。しかし、そこで自身の記憶に違和感があることに気がついた。思い出そうともがけばもがくほど、頭痛はさらに悪化した。
(なんだこれは…何かおかしい…気をしっかり持て…)
微睡と闘うような、気怠げで重たい感覚があったが、ヘウォンは唇を噛み締め、手のひらに爪を食い込ませて争った。痛みで徐々に意識がはっきりするに連れて、今の状況を思い出した。
「イルウォン殿、今俺に何をした…!?」
イルウォンは何か手で不思議な印を結んでいたが、ヘウォンの叫びに、イルウォンは怯んだように動きを止める。そしてその顔は驚愕の色に染まっていた。
「まさか、そんなはずが…」
「それは俺が言いたい。」
そう答えると、イルウォンは悔しそうに顔を歪ませながら、再び印を結ぶ。またしてもヘウォンを頭痛が襲ってきたが、ヘウォンはもはや対処する術を身につけていた。
「くそっ…」
「俺はお前の言いなりにはならない。諦めろ。」
ヘウォンは刀を握る。掌を爪に食い込ませたせいで血が流れ、ぬめっていた。対してイルウォンは印を結ぶことを止めた。
「あぁ。普段、王の執務室の中は護衛が一人となっているが、入り口には二人の護衛がいるはずだ。それが俺がここに戻った時には誰もいなかった。これは何者かが計画的に組織立って行っているに違いない。」
「ほう?」
ヘウォンはイルウォンのその反応にも違和感を覚える。彼はヘウォンの説明に対して否定も肯定もせず、ただ聞き出そうとしている。
そして瞳は爛々と輝いており、先程主人を亡くした者の様相ではない。さらに、この暗殺の首謀者はイルウォンではないかと、ヘウォンの勘が告げていた。ヘウォンはこういった勘を外したことがない。
(落ち着け、今は何の証拠もない。このことを告げてもイルウォンには鼻で笑われるだけだ。あと、彼を陛下やソクジュンに触れさせないようにしなければ…。何か証拠が残っていたとしても、消されてしまうかもしれない…)
「確かに、それは妙だな。それにしても、陛下に手をかけたこの者は白虎隊のものか?私も兵士全員を把握出来ていなくてな…。」
ソクジュンの顔を確認するように、イルウォンが足を運ぼうとする。
「これ以上近づくな!」
ヘウォンはその時、反射的に立ち塞がった。イルウォンは足を止める。
「なぜ?」
そうゆっくりと尋ねる様子は、どこか脅されているようで、ヘウォンは人ならざるものと対峙しているような感覚に陥った。
「それは…」
ヘウォンは咄嗟に言葉が出てこなかった。一国の王が命を落とすという、一大事であるにも関わらず、深く考えもせずに動いてしまうと、それこそ相手に弱味を見せることになるのではと、考えがよぎったためである。
「我々で対応するより前にリョンヤン様をお呼びした方がいいのではないか?あとは、このことを調べるために官吏を呼ぶべきだ。正当な方法で行わなければ。陛下が崩御なされたのならなおさらだ」
「それはそうだが…この者の顔を確認するだけでもいけないのか?」
イルウォンが眉を寄せながらそう尋ねる。その声は苛立ちの色が混じっており、不審がるというよりも険のある表情だった。物腰柔らかで冷静な宰相の姿は見る影も無くなっていた。
ヘウォンはイルウォンの化けの皮がだんだんと剥がれていく様子に、冷や汗が流れた。なんせ相手は得体の知れない呪術を扱うのだ。ヘウォンは燐国切っての武将ではあったが、呪術に関しての知識や術はほぼない。得体の知れないものに恐怖するこの感覚は久々だった。
「俺はソクジュンは何者かに指示されて暗殺を行ったのだと思っている。だからそれが誰かわかるまでは誰も近づけたくない。」
ヘウォンはそう答えるので精一杯だった。ヘウォンの勘はイルウォンが犯人だと告げている。しかし、それを証明する術はまだ無いし、ここでイルウォンを無駄に刺激する必要もない。
(これで納得しては…くれないか)
イルウォンの表情はますます険しくなり、釈然としないようだった。
「あなたにはしばらく証人として動いてもらおうと思っていたのですがね…。やはり勘が良すぎるとこちらとしても困る。」
「何を言って…」
ヘウォンがイルウォンに問おうとしたその時、激しい頭痛に襲われた。景色は捻じ曲がり、立っているのもやっとのほどだ。
「あなたはリョンヘ王子の指示によって動いた白虎隊の若い兵士が、ヒチョル王を弑するところを見てしまった。そうですよね?」
ヘウォンはイルウォンにそう問われて、脳裏に先程の記憶が蘇った。ヘウォンの腕の中にいる部下は弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「申し訳ありません…。これはリョンヘ様のためなのです…。」
そう言ってソクジュンの目からは光が消えた。
(そうだ…ソクジュンはリョンヘ様が反乱を起こすために集ったものの1人で…)
ヘウォンはぼんやりと霞のかかったような脳内で思い返す。しかし、そこで自身の記憶に違和感があることに気がついた。思い出そうともがけばもがくほど、頭痛はさらに悪化した。
(なんだこれは…何かおかしい…気をしっかり持て…)
微睡と闘うような、気怠げで重たい感覚があったが、ヘウォンは唇を噛み締め、手のひらに爪を食い込ませて争った。痛みで徐々に意識がはっきりするに連れて、今の状況を思い出した。
「イルウォン殿、今俺に何をした…!?」
イルウォンは何か手で不思議な印を結んでいたが、ヘウォンの叫びに、イルウォンは怯んだように動きを止める。そしてその顔は驚愕の色に染まっていた。
「まさか、そんなはずが…」
「それは俺が言いたい。」
そう答えると、イルウォンは悔しそうに顔を歪ませながら、再び印を結ぶ。またしてもヘウォンを頭痛が襲ってきたが、ヘウォンはもはや対処する術を身につけていた。
「くそっ…」
「俺はお前の言いなりにはならない。諦めろ。」
ヘウォンは刀を握る。掌を爪に食い込ませたせいで血が流れ、ぬめっていた。対してイルウォンは印を結ぶことを止めた。
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