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四獣
孤独な神様 參
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ジイルの母の葬儀は急遽取りやめとなった。死者が蘇ったと、村人たちは大騒ぎだった。
「どういうことだ!息も、心の臓も止まっていることは確かだった。なのになぜ…!」
村の薬師をしており、比較的医術に詳しい村人が、そう叫ぶ。ジイルと父が母の死を確認した後、彼にも一度診てもらったのだ。
当の母はというと、部屋の隅でぽつんと正座をしている。何かを訴えるわけでもなく、ただ空を見つめている。
皆恐ろしいのか、話しかけたり近寄る者はいない。
「お母さん?」
ジイルは母の視線がどこに向いているのかを見ようと、顔を覗き込んだ。しかし、その瞬間彼は息を呑む。
母の瞳には何も映っていなかったのだ。墨を垂らしたかのように、ただ黒々として、そこに生命の輝きはなかった。母は息子の存在を捉えておらず、己の内なる世界に感情も、感覚も、全てを置き去ってしまっているのだと、ジイルは幼いながらに感じ取った。
まさにそれは母親の器であったものだった。恐る恐る、正座する母の膝に触れ、その冷たさに改めて慄く。しかし、母は何の反応も示さなかった。
(お母さんが力を使っちゃ駄目って言ってたのはこういうことだった…?)
ジイルは己の力の重大さを、初めて思い知った。これは人のためにもなるが、禁忌に触れることもある。己は何も考えずに、その禁忌に触れてしまったのだ。
「本当に死を確認したにもかかわらず、甦ったというのであれば、ジイルは人智を超える力を持っているということになる。」
ジイルが自分の犯した過ちに気づき、後悔、罪悪感、恐怖、そう言った感情の渦に囚われてしまっている内に、大人の間では話が進んでいた。
はっと我に返ると、いつの間にか大人達はジイルと母を取り囲むように見下ろしている。
彼らの顔は窓から差し込む光が逆光となり、暗く、読み取ることは困難だった。父親ですら何を考えているのか全く分からなかった。ジイルを取り囲む全てのものが、今までと同じものであるにも関わらず、全てが異質に感じられた。
「お父さん…」
(みんなの様子が変だ…。でもお父さんならどんな時も味方になってくれる。僕を助けてくれる…!)
ジイルは縋るようにして呼びかけたが、父はちらりとジイルを見た後、気まずそうに視線を逸らした。しかし、その瞬間父の表情は一気に変化した。表情は明るく、悦びと涙を見せたのだ。
「ジイル…!俺たちはまた三人で暮らせるんだな…!」
(何で…?違うよ、お父さん。お母さんはもう、お母さんじゃないよ…。)
しかしそれは、到底口に出せるものではなかった。
ジイルは、今まで苦しい生活ながらも両親がいれば幸せだった。しかし、その幸せの根底すら、たった今崩壊していくのを感じ取った。
父親はジイルの力の恐ろしさも、本当の母ではないと言う事実も、全てから目を逸らし、願望に飛び付いたのだ。家族が皆、今まで通りに過ごせると言う、叶いもしない願い事に…。
その後、ジイルの元には亡くなった家族を蘇らせて欲しいと言う依頼が少しずつ来るようになった。
「僕にはできません…」
掠れた声を振り絞るように断っても、
「なぜ?あなたの母親はこうして生きてるじゃないですか!」
と非難され、
「ジイル。俺達には母さんが帰ってきた。それがとても幸せだ。他の人も幸せになるべきだろう?」
父にはそう肩に手を置いて囁かれる。
確かに父は幸せそうだった。人形のように意思を持たず、言葉を発さない母に対して、甲斐甲斐しく世話をした。そして、どんなに寒い日でも意気揚々と働きに外に出た。
そんな父に対して、ジイルは何も言えなかった。そして幼いが故に、幸せそうに見える父の本音はどうなのか、考えつきもしなかった。父はこの人形が本当の母だと思っているのか、返ってきもしない問いかけをすることが笑顔になる程楽しいことなのか…。
(お父さんにとっては幸せ…なのかな)
そう考えたジイルは、次々と過ちを重ねた。
そして、死者の肉体のみを蘇らせており、命を軽視していたと言うことに気づいた頃には、ジイルは神に近しい存在として村人から崇められるようになっていた。
幼い頃から、己のしたことに違和感はあったが、自覚をした瞬間に罪悪感に見舞われた。しかし、自覚をした頃には既に手遅れだった。何人もの願いを叶えてきたため、願いを拒否することはジイルへの非難となったし、大事な家族が帰ってきて欲しいと言う気持ちはジイルも痛いほどにわかるからだ。
そうして行くうちに、ジイルは村で新たに建てた社に住まい、衣食住を村人達に世話をされるようになった。父とは離れ、いつしか人とは御簾を通して話し、人に崇められるほど、ますます孤独になっていった。
(僕は神様でも何でもないのに。むしろ神様だったら、お母さんを生き返らせようなんて考えなかっただろうな…)
あの日からジイルの生活は一変してしまったのだ。
苦しみながらも逃れられない日々を過ごしていたジイルだったが、それでもやっと逃れようと決心できた出来事があった。
「どういうことだ!息も、心の臓も止まっていることは確かだった。なのになぜ…!」
村の薬師をしており、比較的医術に詳しい村人が、そう叫ぶ。ジイルと父が母の死を確認した後、彼にも一度診てもらったのだ。
当の母はというと、部屋の隅でぽつんと正座をしている。何かを訴えるわけでもなく、ただ空を見つめている。
皆恐ろしいのか、話しかけたり近寄る者はいない。
「お母さん?」
ジイルは母の視線がどこに向いているのかを見ようと、顔を覗き込んだ。しかし、その瞬間彼は息を呑む。
母の瞳には何も映っていなかったのだ。墨を垂らしたかのように、ただ黒々として、そこに生命の輝きはなかった。母は息子の存在を捉えておらず、己の内なる世界に感情も、感覚も、全てを置き去ってしまっているのだと、ジイルは幼いながらに感じ取った。
まさにそれは母親の器であったものだった。恐る恐る、正座する母の膝に触れ、その冷たさに改めて慄く。しかし、母は何の反応も示さなかった。
(お母さんが力を使っちゃ駄目って言ってたのはこういうことだった…?)
ジイルは己の力の重大さを、初めて思い知った。これは人のためにもなるが、禁忌に触れることもある。己は何も考えずに、その禁忌に触れてしまったのだ。
「本当に死を確認したにもかかわらず、甦ったというのであれば、ジイルは人智を超える力を持っているということになる。」
ジイルが自分の犯した過ちに気づき、後悔、罪悪感、恐怖、そう言った感情の渦に囚われてしまっている内に、大人の間では話が進んでいた。
はっと我に返ると、いつの間にか大人達はジイルと母を取り囲むように見下ろしている。
彼らの顔は窓から差し込む光が逆光となり、暗く、読み取ることは困難だった。父親ですら何を考えているのか全く分からなかった。ジイルを取り囲む全てのものが、今までと同じものであるにも関わらず、全てが異質に感じられた。
「お父さん…」
(みんなの様子が変だ…。でもお父さんならどんな時も味方になってくれる。僕を助けてくれる…!)
ジイルは縋るようにして呼びかけたが、父はちらりとジイルを見た後、気まずそうに視線を逸らした。しかし、その瞬間父の表情は一気に変化した。表情は明るく、悦びと涙を見せたのだ。
「ジイル…!俺たちはまた三人で暮らせるんだな…!」
(何で…?違うよ、お父さん。お母さんはもう、お母さんじゃないよ…。)
しかしそれは、到底口に出せるものではなかった。
ジイルは、今まで苦しい生活ながらも両親がいれば幸せだった。しかし、その幸せの根底すら、たった今崩壊していくのを感じ取った。
父親はジイルの力の恐ろしさも、本当の母ではないと言う事実も、全てから目を逸らし、願望に飛び付いたのだ。家族が皆、今まで通りに過ごせると言う、叶いもしない願い事に…。
その後、ジイルの元には亡くなった家族を蘇らせて欲しいと言う依頼が少しずつ来るようになった。
「僕にはできません…」
掠れた声を振り絞るように断っても、
「なぜ?あなたの母親はこうして生きてるじゃないですか!」
と非難され、
「ジイル。俺達には母さんが帰ってきた。それがとても幸せだ。他の人も幸せになるべきだろう?」
父にはそう肩に手を置いて囁かれる。
確かに父は幸せそうだった。人形のように意思を持たず、言葉を発さない母に対して、甲斐甲斐しく世話をした。そして、どんなに寒い日でも意気揚々と働きに外に出た。
そんな父に対して、ジイルは何も言えなかった。そして幼いが故に、幸せそうに見える父の本音はどうなのか、考えつきもしなかった。父はこの人形が本当の母だと思っているのか、返ってきもしない問いかけをすることが笑顔になる程楽しいことなのか…。
(お父さんにとっては幸せ…なのかな)
そう考えたジイルは、次々と過ちを重ねた。
そして、死者の肉体のみを蘇らせており、命を軽視していたと言うことに気づいた頃には、ジイルは神に近しい存在として村人から崇められるようになっていた。
幼い頃から、己のしたことに違和感はあったが、自覚をした瞬間に罪悪感に見舞われた。しかし、自覚をした頃には既に手遅れだった。何人もの願いを叶えてきたため、願いを拒否することはジイルへの非難となったし、大事な家族が帰ってきて欲しいと言う気持ちはジイルも痛いほどにわかるからだ。
そうして行くうちに、ジイルは村で新たに建てた社に住まい、衣食住を村人達に世話をされるようになった。父とは離れ、いつしか人とは御簾を通して話し、人に崇められるほど、ますます孤独になっていった。
(僕は神様でも何でもないのに。むしろ神様だったら、お母さんを生き返らせようなんて考えなかっただろうな…)
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