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王の腹心
望外の人物 弐
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「父上は他に何か言っていなかったか」
リョンヘの声色はどこか幼さを感じられた。
彼はイルウォンから反逆者として王城を追われて以降、孟で指揮をとり続けていた。仲間はいたが、上に立つ者として気丈に振る舞っていただろう。そんな彼にとって、父であり、王であるヒチョルの言葉が何よりも欲していたのかもしれない。
「私のことは気にするなと。各々ができることをし、王族として責務を全うするように、と仰られていました。」
「…そうか。」
彼の不安や、戸惑いが見てとれたのはそこまでだった。頷き、笑みを見せる。
具体的な指示のない伝言は、ハヨンにはヒチョル王がリョンヘとリョンヤンの両者を信頼してこそのものに思えた。
「ヘウォン。お前はこの先どうするつもりだ。」
「私は王城にいても監視をつけられて、自由に動くこともできませんでした。なので、私の力を存分に発揮できる場所にいたい。それが我が主を守る術になると思うのです。つまりは、リョンヘ様達と共に戦います。」
主人を守る______。彼の守りたいものは単純明快だった。もちろん、国や部隊の仲間等、他にも失いたくないものもあるだろう。
「ヘウォンがいるというのは、とても心強い。そして、今になってここに来た理由もよくわかった。ただ、俺には一つ不安なことがある。」
「何でしょう」
「それはイルウォンによって、お前も操られていないか、ということだ。」
今まで王やリョンヘを襲った刺客や、戦に駆り出された兵士が操られていることがあった。しかし、彼らとは面識がなく、剣を交えた際も言葉を交わすことはなかった。
そのため、操られた人間が話すことができるのかもわからない。以前の彼の様子を思い出せば、違和感のある行動はしていない。しかし、ヘウォンが現在操られている可能性を捨て切ることはできないのだ。
「リョンヘ様の言う通りですな。私には証明のしようがない。ですが、ヘウォンは私に術をかけようとしてきましたが、失敗していました。」
「失敗?なぜだ」
術をかけられた者は、明らかに素人や、武人ではない者ばかりだったが、それに伴わない戦闘能力を持っていた。
おそらく術をかけたことに関係があるのだろう。
それほど強力な術であるにも関わらず、なぜ彼にはかからなかったのか。やはり四獣や魔物については不可解なことが多い。
「私にもわかりません。それは、ヘウォンにとっても予想外のことのようで、大変驚いていました」
ヘウォンは豪放磊落な人間で、物事に対しても楽観的に考える人物である。そして、この国では最も強い武人とも言える。戦闘では気が昂るものだが、同時に冷静に局面を判断する必要がある。彼は精神統一についても長けていると言えよう。
そんな彼が、何者かに洗脳されると言うのは想像が出来なかった。
「しかし、ヘウォンは都合の悪い人間がいるとすぐに術をかけていました。それぞれの隊長や有力貴族の大半は様子がおかしかったので。彼にとっても術の限界があるのかもしれませんな。」
ハヨン達は魔物のことを詳しくは知らないが、術をかけることに何の制約もないとは考えられない。戦いにおいても、体力は尽きるものだし、何通りもの武器を同時に使うことはかなり困難だ。
イルウォン側の情勢を詳しくは知らないが、意外と彼らも追い詰められているのかも知れない。
「ヘウォンの言っていることは嘘ではないんだろう。ただ、無条件で信じるにはお前は強すぎる。しばらくは孟の城には入らず、監視をつけさせてもらう。それでもいいか?」
「操られていては、どうしようもありませんからな。構いませんよ。それぐらい用心されている方が安心します。」
ヘウォンがリョンヘの提案に頷く。そして、二人は握手した。
しかし、ヘウォンは拘束されており、両手が繋がれたままであったため、奇妙な光景だ。
「これは付けていても、お前にとっては飾りでしか無いんだろうな。解いていいぞ」
「よかったです。許可が無ければ外せませんし、拘束されていては生活には不便ですから」
ヘウォンは嬉しそうに両手の拘束を引きちぎった。やはり彼には規格外と言う言葉が似合っている。
ムニルとソリャが驚愕の表情を浮かべている。それを視界の端で捉えたハヨンは、ヘウォンの常人ではあり得ない身体能力を改めて実感した。
「ねえ、彼が実は五人目の隠された四獣だってことは…無いわよね」
ムニルが耳打ちをした内容はなかなか興味深かったが、ハヨンは首を横に振った。四獣である彼が慄いているのは愉快でもある。
「隊長は我が国で最強とも言われる武人だよ。ヒチョル陛下の専属護衛をしていたの。」
「なかなか心強い人物が味方になったわね」
「うん。孟にいる兵士の士気の上がり方はとてつもないと思う。」
実際に、ハヨンも彼が操られていると言う不安がないわけでは無いが、彼が味方につくことは大きな一手だと感じていた。
そして、しばらく王城に幽閉されていた彼ならば、現在の王城内の様子も知っているだろう。イルウォンと戦う事において、有利になるのは間違いない。
王城からリョンヘ達と共に追放された時は絶望的な状態だったが、少しずつではあっても希望の光が見えてきているのだった。
リョンヘの声色はどこか幼さを感じられた。
彼はイルウォンから反逆者として王城を追われて以降、孟で指揮をとり続けていた。仲間はいたが、上に立つ者として気丈に振る舞っていただろう。そんな彼にとって、父であり、王であるヒチョルの言葉が何よりも欲していたのかもしれない。
「私のことは気にするなと。各々ができることをし、王族として責務を全うするように、と仰られていました。」
「…そうか。」
彼の不安や、戸惑いが見てとれたのはそこまでだった。頷き、笑みを見せる。
具体的な指示のない伝言は、ハヨンにはヒチョル王がリョンヘとリョンヤンの両者を信頼してこそのものに思えた。
「ヘウォン。お前はこの先どうするつもりだ。」
「私は王城にいても監視をつけられて、自由に動くこともできませんでした。なので、私の力を存分に発揮できる場所にいたい。それが我が主を守る術になると思うのです。つまりは、リョンヘ様達と共に戦います。」
主人を守る______。彼の守りたいものは単純明快だった。もちろん、国や部隊の仲間等、他にも失いたくないものもあるだろう。
「ヘウォンがいるというのは、とても心強い。そして、今になってここに来た理由もよくわかった。ただ、俺には一つ不安なことがある。」
「何でしょう」
「それはイルウォンによって、お前も操られていないか、ということだ。」
今まで王やリョンヘを襲った刺客や、戦に駆り出された兵士が操られていることがあった。しかし、彼らとは面識がなく、剣を交えた際も言葉を交わすことはなかった。
そのため、操られた人間が話すことができるのかもわからない。以前の彼の様子を思い出せば、違和感のある行動はしていない。しかし、ヘウォンが現在操られている可能性を捨て切ることはできないのだ。
「リョンヘ様の言う通りですな。私には証明のしようがない。ですが、ヘウォンは私に術をかけようとしてきましたが、失敗していました。」
「失敗?なぜだ」
術をかけられた者は、明らかに素人や、武人ではない者ばかりだったが、それに伴わない戦闘能力を持っていた。
おそらく術をかけたことに関係があるのだろう。
それほど強力な術であるにも関わらず、なぜ彼にはかからなかったのか。やはり四獣や魔物については不可解なことが多い。
「私にもわかりません。それは、ヘウォンにとっても予想外のことのようで、大変驚いていました」
ヘウォンは豪放磊落な人間で、物事に対しても楽観的に考える人物である。そして、この国では最も強い武人とも言える。戦闘では気が昂るものだが、同時に冷静に局面を判断する必要がある。彼は精神統一についても長けていると言えよう。
そんな彼が、何者かに洗脳されると言うのは想像が出来なかった。
「しかし、ヘウォンは都合の悪い人間がいるとすぐに術をかけていました。それぞれの隊長や有力貴族の大半は様子がおかしかったので。彼にとっても術の限界があるのかもしれませんな。」
ハヨン達は魔物のことを詳しくは知らないが、術をかけることに何の制約もないとは考えられない。戦いにおいても、体力は尽きるものだし、何通りもの武器を同時に使うことはかなり困難だ。
イルウォン側の情勢を詳しくは知らないが、意外と彼らも追い詰められているのかも知れない。
「ヘウォンの言っていることは嘘ではないんだろう。ただ、無条件で信じるにはお前は強すぎる。しばらくは孟の城には入らず、監視をつけさせてもらう。それでもいいか?」
「操られていては、どうしようもありませんからな。構いませんよ。それぐらい用心されている方が安心します。」
ヘウォンがリョンヘの提案に頷く。そして、二人は握手した。
しかし、ヘウォンは拘束されており、両手が繋がれたままであったため、奇妙な光景だ。
「これは付けていても、お前にとっては飾りでしか無いんだろうな。解いていいぞ」
「よかったです。許可が無ければ外せませんし、拘束されていては生活には不便ですから」
ヘウォンは嬉しそうに両手の拘束を引きちぎった。やはり彼には規格外と言う言葉が似合っている。
ムニルとソリャが驚愕の表情を浮かべている。それを視界の端で捉えたハヨンは、ヘウォンの常人ではあり得ない身体能力を改めて実感した。
「ねえ、彼が実は五人目の隠された四獣だってことは…無いわよね」
ムニルが耳打ちをした内容はなかなか興味深かったが、ハヨンは首を横に振った。四獣である彼が慄いているのは愉快でもある。
「隊長は我が国で最強とも言われる武人だよ。ヒチョル陛下の専属護衛をしていたの。」
「なかなか心強い人物が味方になったわね」
「うん。孟にいる兵士の士気の上がり方はとてつもないと思う。」
実際に、ハヨンも彼が操られていると言う不安がないわけでは無いが、彼が味方につくことは大きな一手だと感じていた。
そして、しばらく王城に幽閉されていた彼ならば、現在の王城内の様子も知っているだろう。イルウォンと戦う事において、有利になるのは間違いない。
王城からリョンヘ達と共に追放された時は絶望的な状態だったが、少しずつではあっても希望の光が見えてきているのだった。
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