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王の腹心
望外の人物
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新たに仲間となったジイルと共に、ハヨンたちは本拠地である孟へと向かった。
その最中で、喪に服すために黒い暖簾を軒下に掲げる民家がちらほらと見受けられた。恐らく家族の誰かが戦で亡くなったのだろう。
その度に、つい大切な人が亡くなった家族のことを考えて胸が痛むが、慌てて気を逸らす。
奉謝の儀に向かう時は夜中であったことや、山の方向は民家が少ないため、このような光景が広がっていることに全く気づいていなかった。
しかし、ハヨン達が孟に近づくにつれて、喪に服している家々はまばらになっていく。リョンヘ側についた民達は守りきれたということが明白だった。
孟の入り口に立つ兵士達は、リョンヘの顔を見るや否や、妙な表情を浮かべた。焦っているのか、喜んでいるのか、とにかく、危機的なものではないことは伝わってきた。
「ご苦労様。それにしてもお前達、何かあったのか?」
リョンヘもそのことに気付いたのだろう。兵士は一瞬目を泳がせた。
「あの、ヘウォン様が…いらっしゃってます」
「えっ」
ハヨンは思わず声が出てしまったが、それは見事にリョンヘと重なっていた。
ヘウォンは崩御したヒチョル王から厚い信頼を寄せられていた武人である。そして、ハヨンが所属していた白虎隊の隊長でもあった。
数々の武功をあげた彼が、この国が危機に瀕しているにも関わらず、何をしているのか噂にすらならないのは、明らかに不自然だった。彼がイルウォンに易々と殺害されるはずがないだろうが、ハヨンはずっと気を揉んでいた。
「今、ヘウォンはどうしている」
「すぐそこの留置所で待機してもらっています。王城から逃れてきたと言ってはいましたが、鵜呑みにして城内に入ってもらうわけにもいきませんので…。」
兵士は小さな小屋を指差した。怪しい者が孟の領地内へ入ろうとした場合、身元を確認するまで待機する留置所がある。この反逆を企てたイルウォンが、人を操る能力があることを知った以上、幾ら見知った人物であっても、簡単に通してしまう訳にはいかない。
ましてや、今回の人物はヘウォンである。彼が闘いを始めれば、兵士が束になっても止められないだろう。
「わかった。今すぐ会おう。チェヨンとジイルは城内に向かうんだ。ハヨン達は、ついて来てくれ。」
ヘウォンと戦うようなことになれば、やはり人の力だけではどうにもならないだろう。ハヨン達は頷く。
「何、すごい人なの?」
ムニルがハヨンにそっと耳打ちをした。
「おそらくこの国の武人の中では一番強いお方だよ。」
納得した表情で、ムニルとソリャが頷いた。
チェヨンとジイルが、兵士に孟の中へと案内されたのを確認してから、小屋に向かう。
小屋は領地内へ入る者の確認や、兵士の休憩などに使われるため、かなり簡素な作りだ。そして中も狭いことは分かりきっているため、剣を使うのは至難の業だろう。
ハヨンは忍ばせていた暗器を、取り出しやすくなっているのか手で確認する。
リョンヘが戸に触れようとする。
「ここは私がします。」
戸を開けた瞬間に、ヘウォンに攻撃されてはひとたまりもない。ハヨンはそう制止した。
「わかった。頼んだぞ」
ハヨンはリョンヘと交代し、戸に手をかけた。振り返り、皆の様子を確認する。頷いたのを見て、戸を開けた。
「久しぶりだなぁ!」
その瞬間、懐かしい声が響いた。相変わらずとんでもない声量だ。まるで声に鈍器のような衝撃がある。
「お久しぶりです」
ハヨンは思わず首を縮こませながら会釈した。
「その様子を見るに、どうやら無事みたいだな」
リョンヘは安堵した表情である。
兵士が念の為に拘束したのだろう。両手は縄で縛られている。しかし、ヘウォンはそのことを気にする素振りは全くなかった。恐らく彼ならば、これぐらいの拘束は易々と解けるだろう。そうしないのは、敵意がないことを示すためである。
衣服はくたびれ、煤がついているが、傷一つ見つからない。
「リョンヘ殿下もご無事で何よりです」
ヘウォンは緊張が解けたのか、椅子にもたれかかる。ぎっ、と椅子が苦し気な音を立てた。
「なぜ、今になってここに来たんだ?」
「勿論、イルウォンの元から逃れたかったのですが、人質を取られましてね。」
「人質?」
ハヨンとリョンヘは首を傾げた。彼に妻子はいない。もしかすると、親戚等の一族のことかもしれないが、彼は次男であり、家は継いでいない。
そのため、王専属の護衛を担う彼は特別に王城内に屋敷を与えられていた。
そのような彼が人質を取られ、守らなければならないものと言うと、答えは明確だった。
「まさか、父上は生きておられるのか」
リョンヘが凄まじい勢いで問う。
「ほぼ確実と言えます。どうやら、イルウォンは何かを探しているらしい。それ故、その在処を知るまでは手を出せないようです。」
「よかった…。」
リョンヘの脱力しきった声は、安堵や不安がないまぜになっていた。
「イルウォンは私を行動を逐一監視されていましたが、反逆が起こった直後の一度だけ我が主と会うことができました。リョンヘ様達のことを心配されていましたよ。」
随分前とは言え、弑逆されたというのは虚偽の内容であったことの証拠である。
ハヨンはリョンヘをちらりと見ると、彼の目は少し潤んでいた。
その最中で、喪に服すために黒い暖簾を軒下に掲げる民家がちらほらと見受けられた。恐らく家族の誰かが戦で亡くなったのだろう。
その度に、つい大切な人が亡くなった家族のことを考えて胸が痛むが、慌てて気を逸らす。
奉謝の儀に向かう時は夜中であったことや、山の方向は民家が少ないため、このような光景が広がっていることに全く気づいていなかった。
しかし、ハヨン達が孟に近づくにつれて、喪に服している家々はまばらになっていく。リョンヘ側についた民達は守りきれたということが明白だった。
孟の入り口に立つ兵士達は、リョンヘの顔を見るや否や、妙な表情を浮かべた。焦っているのか、喜んでいるのか、とにかく、危機的なものではないことは伝わってきた。
「ご苦労様。それにしてもお前達、何かあったのか?」
リョンヘもそのことに気付いたのだろう。兵士は一瞬目を泳がせた。
「あの、ヘウォン様が…いらっしゃってます」
「えっ」
ハヨンは思わず声が出てしまったが、それは見事にリョンヘと重なっていた。
ヘウォンは崩御したヒチョル王から厚い信頼を寄せられていた武人である。そして、ハヨンが所属していた白虎隊の隊長でもあった。
数々の武功をあげた彼が、この国が危機に瀕しているにも関わらず、何をしているのか噂にすらならないのは、明らかに不自然だった。彼がイルウォンに易々と殺害されるはずがないだろうが、ハヨンはずっと気を揉んでいた。
「今、ヘウォンはどうしている」
「すぐそこの留置所で待機してもらっています。王城から逃れてきたと言ってはいましたが、鵜呑みにして城内に入ってもらうわけにもいきませんので…。」
兵士は小さな小屋を指差した。怪しい者が孟の領地内へ入ろうとした場合、身元を確認するまで待機する留置所がある。この反逆を企てたイルウォンが、人を操る能力があることを知った以上、幾ら見知った人物であっても、簡単に通してしまう訳にはいかない。
ましてや、今回の人物はヘウォンである。彼が闘いを始めれば、兵士が束になっても止められないだろう。
「わかった。今すぐ会おう。チェヨンとジイルは城内に向かうんだ。ハヨン達は、ついて来てくれ。」
ヘウォンと戦うようなことになれば、やはり人の力だけではどうにもならないだろう。ハヨン達は頷く。
「何、すごい人なの?」
ムニルがハヨンにそっと耳打ちをした。
「おそらくこの国の武人の中では一番強いお方だよ。」
納得した表情で、ムニルとソリャが頷いた。
チェヨンとジイルが、兵士に孟の中へと案内されたのを確認してから、小屋に向かう。
小屋は領地内へ入る者の確認や、兵士の休憩などに使われるため、かなり簡素な作りだ。そして中も狭いことは分かりきっているため、剣を使うのは至難の業だろう。
ハヨンは忍ばせていた暗器を、取り出しやすくなっているのか手で確認する。
リョンヘが戸に触れようとする。
「ここは私がします。」
戸を開けた瞬間に、ヘウォンに攻撃されてはひとたまりもない。ハヨンはそう制止した。
「わかった。頼んだぞ」
ハヨンはリョンヘと交代し、戸に手をかけた。振り返り、皆の様子を確認する。頷いたのを見て、戸を開けた。
「久しぶりだなぁ!」
その瞬間、懐かしい声が響いた。相変わらずとんでもない声量だ。まるで声に鈍器のような衝撃がある。
「お久しぶりです」
ハヨンは思わず首を縮こませながら会釈した。
「その様子を見るに、どうやら無事みたいだな」
リョンヘは安堵した表情である。
兵士が念の為に拘束したのだろう。両手は縄で縛られている。しかし、ヘウォンはそのことを気にする素振りは全くなかった。恐らく彼ならば、これぐらいの拘束は易々と解けるだろう。そうしないのは、敵意がないことを示すためである。
衣服はくたびれ、煤がついているが、傷一つ見つからない。
「リョンヘ殿下もご無事で何よりです」
ヘウォンは緊張が解けたのか、椅子にもたれかかる。ぎっ、と椅子が苦し気な音を立てた。
「なぜ、今になってここに来たんだ?」
「勿論、イルウォンの元から逃れたかったのですが、人質を取られましてね。」
「人質?」
ハヨンとリョンヘは首を傾げた。彼に妻子はいない。もしかすると、親戚等の一族のことかもしれないが、彼は次男であり、家は継いでいない。
そのため、王専属の護衛を担う彼は特別に王城内に屋敷を与えられていた。
そのような彼が人質を取られ、守らなければならないものと言うと、答えは明確だった。
「まさか、父上は生きておられるのか」
リョンヘが凄まじい勢いで問う。
「ほぼ確実と言えます。どうやら、イルウォンは何かを探しているらしい。それ故、その在処を知るまでは手を出せないようです。」
「よかった…。」
リョンヘの脱力しきった声は、安堵や不安がないまぜになっていた。
「イルウォンは私を行動を逐一監視されていましたが、反逆が起こった直後の一度だけ我が主と会うことができました。リョンヘ様達のことを心配されていましたよ。」
随分前とは言え、弑逆されたというのは虚偽の内容であったことの証拠である。
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