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援助要請
父の生家 肆
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「もちろんです。私のわかる範囲での説明になりますが…」
「真の反逆者はイルウォンで間違いないと確証はあるのかしら?」
「はい。私は先日の戦でイルウォンと対峙しました。あの人の纏う雰囲気は禍々しく、呪いによるものだと一目でわかりました。私が朱雀の姿で対峙したことで、リョンヘ様にかかっていた呪いも解かれましたし。ヘウォン様もイルウォンに王族を盾にして脅されていたと仰っていました。」
ハヨンの最後の言葉で、ドゥナの寄せられた眉がぴくりと大きく跳ね上がった。
「燐国の王に仕える誇りを持つ私達には許されない行動ね…。王族までを駒のように扱って、この国の全てを手に入れたような気持ちになっているのかしら。」
「以前、城内で奇妙な暗殺未遂事件がありました。それは襲撃者が何一つとして事件のことを覚えていないということです。王城を追われたリョンヘ様のもとにも似たような襲撃がありました。恐らくイルウォンは洗脳のような力も持っております。」
「次から次へと信じられないような情報が入ってくるわね。でも洗脳ができるのであれば納得できるような不可解な話もあるのよ。」
ドゥナも可能な範囲で情報を集めていたのだろう。先日の戦は朱家も出陣していたのは間違いない。そうなれば最前線の兵士の様子が奇妙だと報告があってもおかしくないだろう。
「戦で徴収された兵士のことですか?」
「それもあるわ。あとは噂で事実なのかは確認できないのだけれど…。穏和で平民の出兵を一番反対しそうなアン・ジョンチャンが異を唱えることなく、むしろ徴兵に賛同していたという話も出ているわ。」
ハヨンは朧げな記憶を必死に掘り起こした。アン・ジョンチャンは確か青龍隊の隊長だ。青龍隊は歩兵部隊。王城内が拠点である白虎隊であったハヨンには接点がほとんどなかった。だが武闘会でヘウォン達と共に判定席にいたことは覚えている。隊長の中では若いため接点がなくとも覚えていたのかも知れない。
「上からの圧力で仕方なくというのは考え難いのですか?」
「彼は長いものに巻かれるような性格ではないわね。例え危険だとしても一度は意義を唱えたと思うわ。意志の強さと恐れることなく進言する勇気が彼の慕われる理由だったから。」
例え城内の情報を入手しづらくなったとしても、非常時に動き出しそうな人間が沈黙を貫いていれば不自然だろう。
「城内に常駐している貴族のみ軍議への参加を許可される一方で、城外に姿を見せなくなるというのは不自然でしかないわ。ヒチョル王の崩御で混乱しているのに、城内での反発は一切耳にしないほどの統率力があるのだから。」
今、ドゥナの頭の中では噛み合わなかった情報が一気に当てはめられている所なのだろう。ハヨンが一つ話せば、それ以上の内容を瞬時に理解する。ハヨンは今までひたすらに武芸を極めようとしていた。それ故に学識が高いわけでもなく、駆け引きができるわけでもない。ハヨンが真っ直ぐに言葉を伝え、ドゥナの問いで補完していくやり方はとても円滑なやり取りだった。
「イルウォンがどれほどの人間を洗脳しているのかは分かりませんが、今回徴兵された雑兵の大半は操られていたと思います。」
「私もそう思うわ。朱家の兵士も一部出陣したの。陣の中盤あたりに配置されていたのだけれど、最前線の異様さについては報告があったわ。決戦前夜は静かだったのに、戦が始まってからは士気も高く、何が彼らの原動力となったのかがわからなくて不気味だったと。」
「私は実際に剣を交えましたが、訓練されていない素人であるはずの兵士に一切の迷いがなかったので、やはり不気味でしたね。」
ハヨンはあの無機質な瞳と、一切の抵抗無く炎に巻かれていく兵士の姿が脳裏に浮かび、腹の中にある臓器を全て持っていかれたかのような浮遊感にみまわれる。
ハヨンは慌てて頭の中の残像をかき消した。
「大量の雑兵とは別に、イルウォンは操る人間をある程度は絞っているようね。朱家で出陣した者には様子を見るために一切異を唱えないように伝えていたわ。帰ってきた彼らは特におかしな点はなかった。それに、前王の側近だったヘウォン様が洗脳されていないのもおかしいもの。」
「ヘウォン様が洗脳されなかった理由はわかりませんが、やはり都合の悪い人間は操り、その他は圧力をかけて反抗しないようにしているということでしょうか。」
「そうでしょうね。ヒチョル王亡き今、燐国の情勢はとても不安定だから、慎重にならざるを得ない人は多い。それを上手く使っているようね。」
一見破天荒にも思えるヘウォンですら、イルウォンの脅迫により今まで動けずにいた。そう考えると王城内は思いの外イルウォンの力によって統制が取れているのだろう。
(この状況を打破するのはなかなかに骨が折れるんだろうな)
リョンヘへの協力を他の貴族に求めることは至難の業だ。ならば尚更、こうしてハヨンと会い、内情を深く察することができているドゥナに協力を仰ぐ他ない。
「真の反逆者はイルウォンで間違いないと確証はあるのかしら?」
「はい。私は先日の戦でイルウォンと対峙しました。あの人の纏う雰囲気は禍々しく、呪いによるものだと一目でわかりました。私が朱雀の姿で対峙したことで、リョンヘ様にかかっていた呪いも解かれましたし。ヘウォン様もイルウォンに王族を盾にして脅されていたと仰っていました。」
ハヨンの最後の言葉で、ドゥナの寄せられた眉がぴくりと大きく跳ね上がった。
「燐国の王に仕える誇りを持つ私達には許されない行動ね…。王族までを駒のように扱って、この国の全てを手に入れたような気持ちになっているのかしら。」
「以前、城内で奇妙な暗殺未遂事件がありました。それは襲撃者が何一つとして事件のことを覚えていないということです。王城を追われたリョンヘ様のもとにも似たような襲撃がありました。恐らくイルウォンは洗脳のような力も持っております。」
「次から次へと信じられないような情報が入ってくるわね。でも洗脳ができるのであれば納得できるような不可解な話もあるのよ。」
ドゥナも可能な範囲で情報を集めていたのだろう。先日の戦は朱家も出陣していたのは間違いない。そうなれば最前線の兵士の様子が奇妙だと報告があってもおかしくないだろう。
「戦で徴収された兵士のことですか?」
「それもあるわ。あとは噂で事実なのかは確認できないのだけれど…。穏和で平民の出兵を一番反対しそうなアン・ジョンチャンが異を唱えることなく、むしろ徴兵に賛同していたという話も出ているわ。」
ハヨンは朧げな記憶を必死に掘り起こした。アン・ジョンチャンは確か青龍隊の隊長だ。青龍隊は歩兵部隊。王城内が拠点である白虎隊であったハヨンには接点がほとんどなかった。だが武闘会でヘウォン達と共に判定席にいたことは覚えている。隊長の中では若いため接点がなくとも覚えていたのかも知れない。
「上からの圧力で仕方なくというのは考え難いのですか?」
「彼は長いものに巻かれるような性格ではないわね。例え危険だとしても一度は意義を唱えたと思うわ。意志の強さと恐れることなく進言する勇気が彼の慕われる理由だったから。」
例え城内の情報を入手しづらくなったとしても、非常時に動き出しそうな人間が沈黙を貫いていれば不自然だろう。
「城内に常駐している貴族のみ軍議への参加を許可される一方で、城外に姿を見せなくなるというのは不自然でしかないわ。ヒチョル王の崩御で混乱しているのに、城内での反発は一切耳にしないほどの統率力があるのだから。」
今、ドゥナの頭の中では噛み合わなかった情報が一気に当てはめられている所なのだろう。ハヨンが一つ話せば、それ以上の内容を瞬時に理解する。ハヨンは今までひたすらに武芸を極めようとしていた。それ故に学識が高いわけでもなく、駆け引きができるわけでもない。ハヨンが真っ直ぐに言葉を伝え、ドゥナの問いで補完していくやり方はとても円滑なやり取りだった。
「イルウォンがどれほどの人間を洗脳しているのかは分かりませんが、今回徴兵された雑兵の大半は操られていたと思います。」
「私もそう思うわ。朱家の兵士も一部出陣したの。陣の中盤あたりに配置されていたのだけれど、最前線の異様さについては報告があったわ。決戦前夜は静かだったのに、戦が始まってからは士気も高く、何が彼らの原動力となったのかがわからなくて不気味だったと。」
「私は実際に剣を交えましたが、訓練されていない素人であるはずの兵士に一切の迷いがなかったので、やはり不気味でしたね。」
ハヨンはあの無機質な瞳と、一切の抵抗無く炎に巻かれていく兵士の姿が脳裏に浮かび、腹の中にある臓器を全て持っていかれたかのような浮遊感にみまわれる。
ハヨンは慌てて頭の中の残像をかき消した。
「大量の雑兵とは別に、イルウォンは操る人間をある程度は絞っているようね。朱家で出陣した者には様子を見るために一切異を唱えないように伝えていたわ。帰ってきた彼らは特におかしな点はなかった。それに、前王の側近だったヘウォン様が洗脳されていないのもおかしいもの。」
「ヘウォン様が洗脳されなかった理由はわかりませんが、やはり都合の悪い人間は操り、その他は圧力をかけて反抗しないようにしているということでしょうか。」
「そうでしょうね。ヒチョル王亡き今、燐国の情勢はとても不安定だから、慎重にならざるを得ない人は多い。それを上手く使っているようね。」
一見破天荒にも思えるヘウォンですら、イルウォンの脅迫により今まで動けずにいた。そう考えると王城内は思いの外イルウォンの力によって統制が取れているのだろう。
(この状況を打破するのはなかなかに骨が折れるんだろうな)
リョンヘへの協力を他の貴族に求めることは至難の業だ。ならば尚更、こうしてハヨンと会い、内情を深く察することができているドゥナに協力を仰ぐ他ない。
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