華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
220 / 221
援助要請

父の生家 肆

しおりを挟む
「もちろんです。私のわかる範囲での説明になりますが…」
「真の反逆者はイルウォンで間違いないと確証はあるのかしら?」
「はい。私は先日の戦でイルウォンと対峙しました。あの人の纏う雰囲気は禍々しく、呪いによるものだと一目でわかりました。私が朱雀の姿で対峙したことで、リョンヘ様にかかっていた呪いも解かれましたし。ヘウォン様もイルウォンに王族を盾にして脅されていたと仰っていました。」

 ハヨンの最後の言葉で、ドゥナの寄せられた眉がぴくりと大きく跳ね上がった。

「燐国の王に仕える誇りを持つ私達には許されない行動ね…。王族までを駒のように扱って、この国の全てを手に入れたような気持ちになっているのかしら。」
「以前、城内で奇妙な暗殺未遂事件がありました。それは襲撃者が何一つとして事件のことを覚えていないということです。王城を追われたリョンヘ様のもとにも似たような襲撃がありました。恐らくイルウォンは洗脳のような力も持っております。」
「次から次へと信じられないような情報が入ってくるわね。でも洗脳ができるのであれば納得できるような不可解な話もあるのよ。」

 ドゥナも可能な範囲で情報を集めていたのだろう。先日の戦は朱家も出陣していたのは間違いない。そうなれば最前線の兵士の様子が奇妙だと報告があってもおかしくないだろう。

「戦で徴収された兵士のことですか?」
「それもあるわ。あとは噂で事実なのかは確認できないのだけれど…。穏和で平民の出兵を一番反対しそうなアン・ジョンチャンが異を唱えることなく、むしろ徴兵に賛同していたという話も出ているわ。」

 ハヨンは朧げな記憶を必死に掘り起こした。アン・ジョンチャンは確か青龍隊の隊長だ。青龍隊は歩兵部隊。王城内が拠点である白虎隊であったハヨンには接点がほとんどなかった。だが武闘会でヘウォン達と共に判定席にいたことは覚えている。隊長の中では若いため接点がなくとも覚えていたのかも知れない。

「上からの圧力で仕方なくというのは考え難いのですか?」
「彼は長いものに巻かれるような性格ではないわね。例え危険だとしても一度は意義を唱えたと思うわ。意志の強さと恐れることなく進言する勇気が彼の慕われる理由だったから。」

 例え城内の情報を入手しづらくなったとしても、非常時に動き出しそうな人間が沈黙を貫いていれば不自然だろう。

「城内に常駐している貴族のみ軍議への参加を許可される一方で、城外に姿を見せなくなるというのは不自然でしかないわ。ヒチョル王の崩御で混乱しているのに、城内での反発は一切耳にしないほどの統率力があるのだから。」

 今、ドゥナの頭の中では噛み合わなかった情報が一気に当てはめられている所なのだろう。ハヨンが一つ話せば、それ以上の内容を瞬時に理解する。ハヨンは今までひたすらに武芸を極めようとしていた。それ故に学識が高いわけでもなく、駆け引きができるわけでもない。ハヨンが真っ直ぐに言葉を伝え、ドゥナの問いで補完していくやり方はとても円滑なやり取りだった。

「イルウォンがどれほどの人間を洗脳しているのかは分かりませんが、今回徴兵された雑兵の大半は操られていたと思います。」
「私もそう思うわ。朱家の兵士も一部出陣したの。陣の中盤あたりに配置されていたのだけれど、最前線の異様さについては報告があったわ。決戦前夜は静かだったのに、戦が始まってからは士気も高く、何が彼らの原動力となったのかがわからなくて不気味だったと。」
「私は実際に剣を交えましたが、訓練されていない素人であるはずの兵士に一切の迷いがなかったので、やはり不気味でしたね。」

 ハヨンはあの無機質な瞳と、一切の抵抗無く炎に巻かれていく兵士の姿が脳裏に浮かび、腹の中にある臓器を全て持っていかれたかのような浮遊感にみまわれる。
 ハヨンは慌てて頭の中の残像をかき消した。

「大量の雑兵とは別に、イルウォンは操る人間をある程度は絞っているようね。朱家で出陣した者には様子を見るために一切異を唱えないように伝えていたわ。帰ってきた彼らは特におかしな点はなかった。それに、前王の側近だったヘウォン様が洗脳されていないのもおかしいもの。」
「ヘウォン様が洗脳されなかった理由はわかりませんが、やはり都合の悪い人間は操り、その他は圧力をかけて反抗しないようにしているということでしょうか。」
「そうでしょうね。ヒチョル王亡き今、燐国の情勢はとても不安定だから、慎重にならざるを得ない人は多い。それを上手く使っているようね。」

 一見破天荒にも思えるヘウォンですら、イルウォンの脅迫により今まで動けずにいた。そう考えると王城内は思いの外イルウォンの力によって統制が取れているのだろう。

(この状況を打破するのはなかなかに骨が折れるんだろうな)

 リョンヘへの協力を他の貴族に求めることは至難の業だ。ならば尚更、こうしてハヨンと会い、内情を深く察することができているドゥナに協力を仰ぐ他ない。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...