公爵令嬢は逃げ出した!

百目鬼笑太

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第二章 冒険する公爵令嬢

幕間 01

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 その日はラウルスの人生で最も記念すべき日になるはずだった。

【よくも、よくも我が母を殺したな……!! 忌まわしき皇帝ラウルスに呪いあれ!! 帝国に呪いあれ!!】

 黒い龍が上空を旋回し、何度も何度もラウルスの元に襲いかかっている。

「ひっ……」

 背後から聞こえてくる妻の小さな悲鳴に、龍への苛立ちが増していく。
 妻を背に玉座から立ち上がり、腰の剣に手を添える。
 今日は、ラウルスが皇帝となる即位式が予定されていた。
 皇太子であったラウルスは皇帝に、皇太子妃であったジョゼフィナは皇后へそれぞれ就任するはずだった。
 そこに龍が現れた。


 龍は即位式をめちゃくちゃにして、今も憎悪の籠った赤い目でラウルスを睥睨している。


「……俺が行こう」

 ラウルスは皇族の血統が代々継いできた現存する魔術で最も破壊力の大きい魔術を産まれたときから使えた。
 それに加えて母方のジウロン族の特徴として莫大な魔力も持ち合わせて、それゆえに皇太子の頃から歴代最強の皇帝になると噂されてきたのだ。

 だからこそ皇后……第二皇子の母に疎まれて度々刺客を向けられて来たのだ。

 半端に有能であるよりは、あそこでは無能として振る舞う方が生きやすかっただろう。

 ラウルスの攻撃魔術を持ってすれば──加えてラウルスの傍らにはジョゼフィナがいる──龍の一体や二体など容易く屠れよう。

 いざ魔術を放たんとラウルスが剣を抜きかけた。
 しかしその前に暴れ狂う龍の前へ飛び出る者がいた。
 ラウルスは動きを止めた。
 その人物は輝く金髪に宮廷魔術師の正装を身につけている。

「バジル……!?」
「なにやってんだ、あのバカ……!」

 側近として控えていたバルトロッツィの双子が思わずと言った感じで声をあげる。

(ではあれが末弟のバジル・バルトロッツィか)


 すぐに食われるなりするかと思えば、龍は動き止めた。
 一人と一体が何かを話している。流石に距離があり、内容が聞こえることはない。

「あぁ、よかったわ……」

 落ち着いた様子の龍にジョゼフィナの呟き。
 しかしラウルスは険しい目のまま警戒を緩めずに注視していた。それは他の騎士も魔術師も同じであったはずだ。

 どこからか、飛んできた魔弾にバジルの胸に赤い花が咲いた。

「バジル!!!」
「クソッ! どこのどいつだ!! 魔弾を飛ばしやがったのは!!」

【あ、あぁぁっぁあ!!! バジル! バジル!!!!】

 龍とともにバルトロッツィの双子が狂乱する。
 下手人を探そうと魔術師の方へ向かっていく双子とは異なり、龍の赤い目はラウルスへと向けられた。

【よくも……!! 皇帝ラウルス……!!】

 最早誰の声も届かないだろう。
 龍はただ憎悪に染まり切った目をラウルスへと向け、特大の呪いを吐き捨て姿を消したのだった。


 ▲▽



「陛下、ご無事ですか」
「……構うな。貴様もさっさと身を休めろ」
「えぇ。わかっておりますよ。貴方の無事を確認したらすぐに寝所へと戻りますわ」

 ラウルスの私室にて、ジョゼフィナとラウルスは向かい合っていた。
 慮るようにジョゼフィナの手のひらがラウルスが肩に触れる。

 その手が肩を撫ぜた。その瞬間、心臓に針を刺されたような痛みが走った。
 その意味を理解して、ラウルスは笑いをこぼした。

「……そなたの血統魔術は『増幅』であったな」
「えぇ、そうですが。なぜ今それを……?」
「……いや、あの龍め。去り際に俺へ厄介な呪いを残していったらしい」
「呪い、ですか」

 眉を下げて、不安そうに繰り返すジョゼフィナの頰に手を伸ばす。
 今度は触れる前に心臓に痛みが走る。

「どうにか呪いを解く手段を探しましょう。陛下」
「……そうだな。多少癪だが、教皇を呼べ」
「かしこまりましたわ。教区へ使いの者を送りましょう」

 ジョゼフィナがラウルスの部屋から去っていった。
 その背を見送り、ラウルスは呪いに蝕まれたらしい体をベッドへと横たわる。

 龍の残した呪い自体には、そこまで強い効果はないのだ。
 しかしあらゆる魔術の威力を『増幅』させてしまうジョゼフィナがそばに居るだけで恐らくはラウルスの体を蝕んでいく。

 先ほどの龍の様子を思い返す。
 バジル・バルトロッツィを失い、我を失った様子の龍の姿だ。
 愛するものを失って、その仇に同じ思いを味わわせてやろうというのだ。

「龍にしては趣味のいいことだな」

 誰もいない部屋でラウルスは自嘲気味に独り言ちた。

 それはまさしく意味のないことである。
 ラウルスは、皇后を──ジョゼフィナを愛してはいないのだから。


 やがて教皇でも呪いは解けぬと言われ、呪いをかけた龍本体を叩こうと討伐隊が組織された。

 戦果をあげない討伐隊に対して業を煮やした教会はラウルスに何の相談もなく異世界より聖女を召喚してみせる。

「はじめまして、皇帝陛下。私、胡蝶こちょう愛莉らぶりと申します、皇帝陛下の体を蝕む龍の呪いを必ずや私っが解いてみせますから!」
「……ほう? 吠えるではないか、小娘風情が」
「皇帝陛下、異世界からの客人ですわ。出来る限りの礼を尽くすべきかと」
「あぁ、いいんです! そういう扱い慣れてますから。絶対、ぜっ~~たいに解きます! お任せください、皇帝陛下」

 謁見に現れた黒髪に黒い瞳の少女は自信しかないようだった。
 こんな小娘に何が出来ると、鼻で笑えば隣の玉座に座るジョゼフィナがラウルスを窘める。

 すでに呪いはかなり進行していた。しかし、呪いとジョゼフィナとの因果関係をラウルスは誰にも話していなかった。

 呪いはジョゼフィナの側にいるほど進行していく。
 それを打ち明ければ、ジョゼフィナは無意識であるとはいえ皇帝を蝕んだ罪で投獄か処刑、もしくはどこぞに追放されてしまうのが関の山だ。
 それも皇帝を殺しかけたという悪名を負わされてである。
 その後、ジョゼフィナがどういう扱いを受けるかは目に見えていた。

 つまるところそれは、ジョゼフィナを守りたかったからなのだけど、横暴で乱暴者と噂される皇帝は気づかない。
 本人が気付けないことを皇后が気づくはずもなく、二人はお互いにお互いを愛していないと固く信じきっていたのだ。

 本人たちも気づかず決して愛して合ってはいないと言うけれど、そこに確かに情はあった。
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