君知る春の宵 ~極道とリーマンが×××!?〜

いつうみ

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その3 春疾風〜ひと時のランデブー〜

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“7代目先崎組若頭青葉組組長、東藤龍巳”

先崎組?若頭?
春人にはピンと来なかったが、先崎組とは関東を牛耳るヤクザの組で、若頭とは実質ナンバーツーという事である。次期組長候補であり、さらに自らの組である青葉組の組長でもある。
「組ということは、建設業の方でしょうか」
名刺をもらえて嬉しくてにこにこしながら、春人が尋ねる。
「建設ね……まあ、なくはないな。転がすだけだが」
「転がす……ロードローラーとかの重機ですか」
「重機は埋めるときに使うな。何台かは所有している」
何を埋めるのだろうか。
春人の頭にはさらにハテナが浮かんだが、彼は賢明にも口をつぐんだ。何の会社か後で上司に聞いてみよう。もしかしたら、繋がりができたと誉められるかもしれない。
東藤が言った。
「その名刺、大事に持っていな。一度くらいなら、助けに行ってやってもいいぜ」
「そんな、悪いです。助けにだなんて」
「今回の詫びだ。それに、お前を気に入った。こんなに素直な人間は初めて見た」
それは誉められているのか微妙だったが、春人は持ち前のポジティブ精神で捉えた。
「ありがとうございます!」

どこにでもいる普通の青年……。
だが笑うと妙に惹き付けられる。その笑顔に、東藤は毒気の抜かれる思いだった。自分は彼を見て、“商売男よりこういうのがいい” と言ったらしい。何の気なしに言ったその言葉を覚えてはいないが、我ながら見る目がある。
名刺には、桜井春人という春めいた名前があった。彼らしい名だ。印刷された社章はピンク色。たまたまだろうが、それもまた似合っていて微笑ましい。東藤は、自分の幸運に感謝したい気になった。
「出社する所だったんだろう。送ってやる。おい、俺の車を回せ」
東藤の言葉を受け、部下の数人が、「ハッ」と言って飛び出して行く。それに驚きながら青年は、
「え、そんな。あ、でも……助かります」
遠慮するそぶりは一瞬で、照れたように笑う。こんな人間は東藤の回りにはいない。そもそも一般人で、東藤のような男と恐れ気なく話すのも珍しい。

「新社会人か?」
「はい、入社したばかりで……まだ研修中です」
「会社はどうだ?」
そんな事を話しながら、東藤の黒のベンツ……窓は当然フルスモーク……に頓着せず、助手席に乗り込む春人。東藤の車を先頭に数台の車が続く。東藤と二人きりの車で、東藤自らの運転で社に向かってもらいながら、春人ははたと気づいた。
「あ……、もう遅刻ですね。連絡しないと」
だが、遅刻の言い訳に悩む。出社途中で拉致されました、と本当の事を言って信用してもらえるだろうか。悩む春人の携帯を、運転席の男が取り上げた。画面に表示を出していた会社の所属係の番号に勝手にかけてしまう。
「あっ」
「直属の上司の名は?」
「え、森田係長です」
「……ああ、森田さんを」
繋がったらしい。呆気に取られる春人の目の前で、男がとうとうと喋る。
「……ああ、森田さんですか。貴社の桜井さんの事でお電話しましたが、実はわが社の人間が桜井さんに車で接触事故を起こしまして。まことに申し訳ない。彼はまだ治療中です。命に別状はありませんが、本日は大事を取ってもらいます。詳しくは追って連絡します。では」
ぽかーんとする春人の手に、携帯が戻ってきた。
「これで今日1日、休みだな」
「えと、いいんでしょうか……」
「後でまた上手く言っておいてやる。気がねせずにいろ。それより俺に付き合ってくれないか」
「え、付き合う、ですか?どこへ?」
「そうだな、このままドライブはどうだ」
東藤の意外な台詞に、春人は思わず微笑んだ。
「いいですね。会社をさぼってだなんて、新社会人としては許されないかもしれませんけど」
「なら、着いてきてる奴らを撒くぜ!」
東藤がいきなりアクセルを踏み込んだ。気持ちのいい加速だった。速度がぐんぐん上がり、後続の数台のベンツがあっという間に後ろに見えなくなった。朝の渋滞が終わった首都高速を、右へ左へと車線を変更し車を追い抜いてゆく。焦って追ってくる部下たちの誰も着いてこられない。東藤のハンドル捌きは鮮やかだった。
春人は知れず、心が弾んだ。

少しだけ窓を開け、風を入れる。東藤の髪がなびき、目を奪われる。ふと、二人の視線が合った。唇の端を少しだけ上げた東藤の顔は、強面だが楽しそうに見えた。
やっぱり男前だ。
一回り以上年齢が上であろう東藤が、なぜ自分をドライブに誘ってくれたのだろう。
普通に考えたらとんだトラブルに巻き込まれて、と思うところだ。出社もできず、どこへ行くかも知らされずこうしてよく知らぬ男の車に乗っている。なのに不安感はなかった。
どこまでもこうして走って行きたいような、そんな不思議な気持ちを春人は初めて感じていた。
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