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【揉捻】回転する想い
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しおりを挟む龍峯の駐車場で月島さんの車に乗った。
「今日はすみませんでした。聡次郎のワガママに付き合っていただいて」
「いいえ、食事も奢ってくれましたし、買い物にも付き合っていただきましたから」
「食事はどこに行きましたか?」
「叔母様夫婦のお蕎麦屋さんです」
「え? 本当にそこに?」
「はい……」
何か問題なのだろうかと運転席の月島さんを見た。
「そうですか……聡次郎が三宅さんをあそこに……」
「だめでしたか?」
「いいえ、聡次郎が家族以外をあの店に連れて行ったことがなかったので」
そういえば叔母様もそんなことを言っていたっけ。
「それだけ三宅さんのことを考えているということか……」
「え? どういうことですか?」
「いえ、今のは忘れてください」
月島さんの言葉が気になった。私のことを考えているというのは、私を偽婚約者として押し通すことを深く考えているという意味だろうか。
「実は僕は未だに聡次郎が偽の婚約者を立てたことが気に入らないんです」
「そうですね。私もです」
私はもちろん月島さんも聡次郎さんの理解しがたい計画に無理矢理付き合わされている。
「僕は聡次郎に奥様が決めた相手と結婚してほしいと思っています」
「そう……なんですね……」
これはショックだった。月島さんは聡次郎さんの味方なのだと思っていた。本当は奥様と同じく私の存在に納得していないということだ。
「龍峯の今後のために、より良い結びつきを持つのはいいことですから」
「はい……その通りだと思います……」
「僕は龍峯には返しきれない恩があります。自分の生涯をかけて龍峯に尽くす必要があります。誰よりも龍峯の繁栄を願っている」
小さい頃から聡次郎さんや慶一郎さんと共に育ってきた月島さんは、龍峯に一社員以上の愛着を持っているのだろう。
「でも僕は聡次郎の幼馴染で1番の理解者だと思っています。聡次郎の人生は自分で選ばせてあげたいとも思っている」
「はい……」
「お見合い相手が聡次郎の好きになれる人なら良かったのですが……」
「お相手の方は問題のある方なのですか?」
「いいえ。申し分のない企業のご令嬢です。三宅さんは銀栄屋をご存じですか?」
「ええ、百貨店ですよね?」
「そうです。銀栄屋のいくつかの店舗に龍峯の店を出させてもらっているのです。お相手の方は株式会社銀栄百貨店の社長令嬢なんですよ」
それは本当に申し分のない相手だ。銀栄屋は主要都市には必ずある大手百貨店。その社長令嬢とは龍峯にとっても良縁間違いなしだ。
「もし聡次郎さんがその方と結婚すれば、今後銀栄屋の他の店舗でも龍峯が出店させていただくこともできますしね」
「その通りです。それにあちらのお嬢様も聡次郎を気に入ってくれています」
それなのになぜ聡次郎さんは破談にしたいのだろう。よっぽど性格の合わない人なのだろうか。ごく平凡な私が婚約者でいることが尚更申し訳ない。
「ありがとうございました」
アパートの前まで送ってもらい月島さんにお礼を言った。
「いいえ、こちらこそ。聡次郎をよろしくお願いします」
この言葉に引っ掛かるものを感じたけれど、引き続き婚約者を演じてくれという意味なのかと理解した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。お疲れ様でした」
月島さんの車が見えなくなるまで見送り、自分の部屋に帰るとどっと疲れが出た。
こんなことがいつまで続くのか。私はいつまで聡次郎さんに振り回されなければいけないのだろう。
私のこと、どう思ってるの……?
◇◇◇◇◇
新茶が市場に出回る前に龍峯も新茶の予約注文を受けるようになる。
3月の下旬には各店舗やネットから予約が次々と入り、龍峯本店でも古明橋の企業からたくさんの注文が入っていた。
「このお客様は去年と同じでいいと言ったのね? なら送り先が2ヶ所なのに3セット注文はなぜ?」
店舗事務所で私は花山さんに厳しい口調で責められていた。
「あの、いつもと同じでと言われたので去年のリストから送り先を書きました……3つとはっきり言ったので毎年そうなのかと……」
「1つの送り先ごとにきちんと確認しなさい! あなたが決めるんじゃなくお客様が決めるの!」
「すみません……」
怒鳴られて私の声はどんどん小さくなる。
普段店舗の営業には口を出さない花山さんはこういうときだけ店長面をする。
「すみません花山さん、お店にまで聞こえています……」
店舗の入り口から川田さんが顔を出した。花山さんの怒鳴り声はお店にまで響いているようだ。
「川田さんもきちんと確認してください。三宅さんにはまだ1人で予約を任せるには不安です」
「申し訳ありません……」
川田さんは頭を下げた。川田さんのせいではないのに責められてしまい申し訳ない。
「それと、次のシフトですが6日が休み希望とのことですが出勤できる?」
「すみません、6日はもう1つのバイトに入るのでこちらはお休みをいただきたいです……」
「そういえば掛け持ちしてるんだっけ。こっちの仕事がきちんとできないのは、そっちに気持ちがいってるからじゃないの?」
「どういう意味ですか?」
「龍峯の仕事を覚える気がないんじゃない?」
「そんなことはありません!」
思わず大きな声で言い返してしまった。確かに休みがほとんどなく働いているから集中力が落ちている。けれど仕事を覚える気がないなんて決め付けられたくない。
「じゃあ時間がありすぎてボケているのかしら? フリーターは時間に融通が利いていいわね」
これには頭に血が上った。花山さんにフリーターであることをバカにされているとはっきり感じた。怒鳴り返してやると口を開きかけたとき、「オフィスまで聞こえてますよ」と廊下側のドアから聡次郎さんが入ってきた。
「あらー、お疲れ様ですー」
聡次郎さんを見た途端花山さんの声が高くなり、表情も明らかに作り笑顔になった。
「何かありましたか? 会話が会社中に響いてますよ」
花山さんの怒鳴り声がオフィスや店舗にまで聞こえているなんて下品もいいとこだ。花山さんが恥ずかしそうにしている様子が気持ち悪く、いい気味だなんて思ってしまう。
「三宅さんがまだ龍峯のお仕事に慣れないようなので励ましていたんですー」
聡次郎さんを前にバレバレの嘘をつく花山さんに呆れてしまう。
「そうですか。でも声量には気をつけてくださいね」
「申し訳ありません」
花山さんはお腹に両手を当てて頭を下げ聡次郎さんに謝った。
「それと花山さん、三宅さんは特別なんです」
「特別とは?」
「母さんがお願いして働いてくれているんだ」
「え?」
聡次郎さんの言葉に私までも驚いた。
「奥様が?」
「バイトではあるけれど、こちらから頼んで働いてもらってるんだ。だから厳しくして辞められたら困るのは花山さんかもしれないですね」
聡次郎さんは穏やかな声で告げたけれど目が笑っていない。花山さんの顔がどんどん青くなっていく。
「そういうことだから丁寧に教えてあげてください」
「かしっ、かしこまりました!」
花山さんは完全に焦っている。奥様に頼まれて働いていると言われ、聡次郎さんに牽制されてはこれ以上私にうるさく言うことはできない。
聡次郎さんは満足そうな顔をして廊下へ出て行った。
「花山さん、まだ何かございますか?」
私は嫌みを込めて言った。特別扱いされた私にこれ以上文句があるなら言ってみなさいとこっちもケンカ腰だ。
「もういいです……」
「では失礼します」
打ちのめされた花山さんを置いて聡次郎さんを追ったけれど、廊下にはもう誰もいなかった。
私を守ってくれたのかな?
普段私をからかう態度の聡次郎さんが今度は守ってくれた。今までなら怒られて当然と花山さんに加勢しそうな感じだったのに。
この間の気まずい会話のままだから、会ったらお礼言った方がいいのかもしれない。
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