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【揉捻】回転する想い
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しおりを挟む「三宅さん大丈夫だった?」
お店に戻ると川田さんが心配して私に駆け寄った。
「大丈夫です。専務が庇ってくれましたから」
「聞いてたよ。花山さん大人しくなったわね」
お店と事務所を繋げる扉はほとんど開いていることが多い。先ほどの聡次郎さんと花山さんの会話も川田さんに聞こえていたのだろう。
川田さんは事務所への扉を閉めた。これで事務所にいる花山さんに会話は聞こえない。
「花山さんって専務や社長秘書や男性社員にはいつも態度が違うのよね」
「そうですね。わかりやすいです」
「逆に女子社員への態度は酷いから、みんな影で花山さんの悪口を言っているみたい」
それは想像できた。花山さんの聡次郎さんや月島さんに接する態度は面白いほど気持ち悪い。
「三宅さんって奥様に頼まれて働いているの?」
川田さんも先ほどの聡次郎さんの言葉に疑問を持ったようだ。
「いえ……頼まれたわけではないですけど……」
何と答えればいいのだろう。頼まれたというよりは強制的に働かされているのだ。その事情を川田さんに言うことはできない。
「専務の嘘ですよ。ああ言えば花山さんが黙ると思ったんですよきっと」
「そうなの……まあ、私としてはお茶好きが増えるのは嬉しいわ」
川田さんは釈然としないようだ。けれどこれ以上詮索してこないのはありがたかった。
お昼休憩にはお弁当を持ってこっそりとエレベーターに乗って16階に上がった。
聡次郎さんの部屋のチャイムを押しても応答がない。休憩時間には家に来てと言ったのは聡次郎さんなのに。
せっかくお弁当を作っても専務とバイトでは忙しさが違う。お昼休憩が重なるとは限らないのだ。
ランチバッグをドアノブにかけて置いておこうとしたとき、階段から聡次郎さんが上がってきた。
「あれ、帰ろうとしてた?」
「だって聡次郎さんいないから」
「これでも頑張って早めに帰ってきたんだよ。お昼を梨香に合わせるためにね」
偉そうに言った聡次郎さんは鍵を取り出し部屋を開けた。
食堂で2人で食べるのは私が嫌だった。それなら聡次郎さんの部屋で食べようということになったのはいいけれど、これなら外で食べても同じことだ。わざわざ私の作ったものをここで食べなくてもいいのに。
リビングで上着を脱いだ聡次郎さんはいつもと変わらない様子だ。抱き締めてキスしてきたあの時の余裕の無さなんて微塵も感じさせないから、私もあのことは何も触れられない。
テーブルに置いたお弁当を食べた聡次郎さんは「うまい」と素直に褒めてくれた。
「梨香、お茶」
「はいはい」
いつものようにお茶を淹れると「まあまあだな」と言うだけでおいしいとは言ってくれない。お茶の葉の量、湯の温度、抽出時間、全てに気を配り最高のお茶を淹れたつもりだけれど、聡次郎さんは満足しない。
お弁当は美味しいって言ってくれるのにな……。
「さっきはありがとう」
「何が?」
「花山さんから庇ってくれて……」
「別に。本当にオフィスにまで聞こえて、他の社員が笑ってたから」
笑われるなんてどれだけ花山さんは嫌われているのだろう。本店店長だからという理由だけじゃなく、お店の横で仕事しているのにもオフィスには居づらい理由があるのかもしれない。
「梨香、顔色が悪いけど大丈夫か?」
「そうかな? ちょっとせきが出るけど体調は悪くないはず」
本当は体がだるい。風邪かもしれないとは自覚していた。でもそれを聡次郎さんに言ったら自己管理がなってないからだと嫌みを言われかねない。
「本当に大丈夫か?」
「………」
箸が止まった。聡次郎さんに心配されるなんて初めてだったから。
「大丈夫……」
「まあ毎日お茶飲んでれば平気だろ」
「お茶にはビタミンCが多いっていうからね」
「勉強してるじゃん」
「そこそこに」
気がつけば聡次郎さんと自然な会話ができている。それが楽しいとさえ思えてきた。このままうまく婚約者のふりができればいい。これ以上聡次郎さんへの気持ちが大きくならないように。
◇◇◇◇◇
新茶の予約が締め切り、全国に大量のお茶を発送する時期がやってきた。
本店で注文を受けたものは作業場で商品を箱に詰め、発送手続きをすることになっている。
「商品管理部が箱に注文された物を入れてくれているので、三宅さんはリスト通りに入っているかチェックしてください。大丈夫なら棚に積んでいってください」
「かしこまりました」
花山さん監視の下、商品管理部と協力して商品を箱に詰めていく。
この会社は新茶と海苔をセットにして発送で、こっちは新茶が3セット。こっちは同じセットを5ヶ所に分けて発送で、その内1つが海苔入り……。
お客さんによって注文内容も異なり間違えないように箱に入れなければいけない。
「三宅さん、このお客様のご自宅には新茶は4つでいいのかしら? 毎年5つのご注文なんだけど、今年は変わったの?」
「えっと……」
花山さんの指摘にリストを確認すると注文は5つとなっていた。
「すみません、5つでした……確認不足ですみません……」
「気をつけて。何のための確認なんですか? 個数を間違えて困るのはお客さんなのよ」
「すみません……気をつけます」
頭に角が見えそうなほど顔を歪めて怒る花山さんに思わず身がすくむ。
「花山さん、僕たちが最初に間違えたので……すみません」
商品管理部の男性が花山さんに謝ったけれど、
「いいえー、三宅さんには小さいことに気を配って確認する癖をつけてほしいので厳しくしてるんですよー。気にしないでくださいー」
と私を叱った声よりも高く甘えるように男性社員に笑いかけた。その姿に先ほどとは違う意味で体が震える。男性社員にだけあからさまに態度が違って気持ち悪い。
聡次郎さんに私は『特別』なのだと仄めかされてから怒鳴ることはしなくなったけれど、敵意は相変わらずむき出しだ。
龍峯が2日間休みのときはその2日間ともカフェに出勤した。本当は1日くらい休みたかったけれど、学生がテスト期間に入るとフリーターは休みを取りにくい。
調子が良くなかった体はますます悪くなり、だるさが際立ってきていた。
お店で筒状の商品の包装の練習をしていたとき事務所から花山さんが勢いよく出てきた。
「三宅さん、先ほど男性のお客様が玄米茶を買いにきましたよね?」
「はい……お買い上げいただきましたけど……」
年配の男性が玄米入り緑茶を会社用にと買っていった。
「7つ買ったのに、レシートは8つ分請求されていると今電話がありました」
「え!?」
「レジの画面を確認しないで打ったんでしょ? 適当なことをされたら困ります」
「申し訳ありません……」
「私じゃなくてお客様に謝りなさいよ」
大声ではないけれど、低い声の花山さんは私を睨みつけている。
「明日お客様がもう一度ご来店されるので1つ分返金してください」
「はい……かしこまりました……」
花山さんは事務所に戻ると扉を強く閉めた。
横にいた川田さんも呆気に取られ言葉が出ないようだったけれど、花山さんがいなくなると「大丈夫?」と心配してくれた。
「平気です……すみません、レジ間違えてしまって……」
「いいのよ。お客様にも明日謝ればいいんだから」
ここでもカフェでもレジを間違うことはあっても、間違いに気づかないままお客様を帰してしまうことはなかった。疲れているとはいえ、これは危険な状態だ。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開き条件反射でお辞儀をして顔を上げると、来店されたのはお茶にうるさい松山様だった。
「こんにちは」
今日も高そうな着物を着て、上品に歩いて中央のイスに座った。
「今日は玉露の試飲がしたいわ。あなたにお願いしようかしら」
龍清軒を淹れようとした私に向かって松山様は微笑んだ。
「でも……あの……」
「お茶の勉強をされているのでしょう? 玉露をどれだけおいしく淹れられるようになったのか飲んでみたいの」
無茶な要望に言葉が出ない。まだ私には玉露を淹れるなんて自信がない。
「これを開けてください。買いますから」
松山様は棚から玉露の袋を取ると私の前に差し出した。
「かしこまりました……」
お買い上げくださるなら尚更失敗はできない。横で川田さんが見守る中、通常の茶碗よりも小さい玉露用の茶碗を温め、他のお茶よりも低い温度になるよう計算し、お湯を急須に入れる。抽出時間は多めの2分半。1秒たりとも間違えないように時計の秒針を凝視した。
川田さんと松山様の視線を痛いほど感じる。こんなに長い2分30秒を経験したことはない。
茶碗に最後の1滴まで玉露を注ぎきると茶托に載せて松山様の座るテーブルに運んだ。
「いただきます」
松山様の様子を気にしないように他の仕事をしていたけれど、内心はドキドキして体のだるさを強く感じた。
「まだ玉露のうま味が引き出されていないわ」
やはり、と私は落ち込んだ。
「申し訳ございません……」
「いいえ、だめではないのよ」
そう言う松山様は立ち上がり私のところまで空の茶碗を持ってきてくれた。
「また来ますね」
封を開けてしまった玉露と龍清軒を3袋買って頂いて松山様は帰っていった。
「全然だめでした……」
川田さんに落ち込んだ声を向けた。
きっとお湯の温度がまだ高かったのだ。玉露の甘みとうま味は高い温度では浸出されない。
けれど川田さんは私とは反対に笑顔だ。
「三宅さん、松山様今日は厳しい言葉じゃなかったよ。あんな風に言うときは褒めてるのと同じよ」
「そうでしょうか……」
「自信持って」
川田さんはそう言うけれど私は褒められたようには感じない。
急須に残った玉露の二煎目を飲んだけれど、川田さんに淹れてもらった玉露とは程遠い味がした。
好きだと思えるようになったお茶は今の私ではまだ中途半端な知識と技術。カフェでの仕事も動きが鈍り、後輩にフォローされることが増えた。
龍峯が休みの日はカフェに出勤し、カフェが休みの日は龍峯に朝から夕方まで勤務する。
疲れが溜まっていることは自覚していたけれど、思うように頭が働かないことがもどかしい。
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