騎士の鎧を着た社畜職人、最高の製品を作ったら王国の運命を変えることになった

前田 真

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第1章:騎士の鎧と職人の魂の出会い

第4話:見えないムダ。紙切れ一枚が店の未来を左右する

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 PDCAと四つの基本の徹底により、バルカン鍛冶屋は劇的な変化を遂げた。

 炉の火は安定し、工具を探すムダは消え、作業時間は短縮された。

 しかし、シグマはまだ休まなかった。

 彼の目は、作業場から店の裏手に積まれた材料置き場に向けられていた。

「バルカン殿、ルナ嬢。『見えないムダ』というものが残っています」

 シグマはそう言って、薪や鉄くずが雑然と積まれた場所の隅を指差した。

 そこには、次の発注までの間、店の稼働を支える貴重な燃料である木炭が、ただ積み上げられている。

 ルナが首を傾げた。

「見えないムダ? 何のこと?」

「在庫です」

 シグマは答えた。

「ルナ嬢、今の炭の残量で、次の大きな依頼、騎士団の武具の修理まで間に合いますか?」

 ルナは顎に手を当てた。

「えーっと。多分大丈夫だと思うけど……そろそろ雑貨屋の店主に頼まなきゃ、かな?」

 シグマは表情を変えず、淡々と指摘した。

「『多分』では商売は成り立ちません。今のやり方では、『ある日突然、炭が足りなくなり、納期を破る』という最悪のリスクを常に抱えています」

 バルカンが口を挟んだ。

「まあ、わしの経験と勘で、いつも間に合ってきた。何十年もな」

「その『経験と勘』が倒れた日、店は破綻します」

 シグマは静かに言った。

「安定した商売とは、誰がやっても同じ品質で、同じ納期を守れることです。そのためには、『いつ発注すべきか』を見える化する必要があります」

 シグマは、材料置き場全体を整理し直した。

 彼はまず、木炭を積む場所をレンガで囲み、その周囲に境界線を引いた。

 そして、ルナとバルカンに木の板を渡した。

「ここから木炭が減り、この赤い境界線が見えたら、それが『発注点』です。考える必要はありません。赤い線が見えたら、すぐに雑貨屋に声をかけてください」

 ルナは不思議そうに板を見た。

「え? 線が見えるだけでいいの?」

「はい。そして、この木の板が在庫管理表です。現在ある炭の量、過去の発注量、そして発注すべき最低限の量を、ルナ嬢に記録してもらいます」

 シグマは、ルナに、その日の発注量と納品日を記録させた。

 ルナは最初は煩雑に感じたが、シグマが作成した簡単な表に従って数字を埋めていくうちに、自分たちの店の経営状態が、今までよりもはるかに正確に把握できることに気づき始めた。

(なんてことだ。在庫の心配や、発注し忘れのモヤモヤした不安が消えた……!これなら、ルナにも任せられる)

 バルカンは内心、驚きと共に感動していた。



 数週間後。

 鍛冶場を訪れた雑貨屋の店主が、整然とした材料置き場と、ルナが正確な発注量を告げる姿を見て、驚きを隠せなかった。

「ルナ嬢、今日はお父さんじゃなくて、君が発注かい? しかも、ぴったりの量を。前は『大体これくらい』って言ってたのに……」

 ルナは自信を持って答えた。

「ええ、シグマ様が教えてくださったの。これで、欠品の心配はもうないわ」

 バルカンは、娘の成長と、店の裏側で起こっている静かな変化を嬉しそうに見ていた。

 シグマの知識は、鍛冶屋の『技術』だけでなく、『経営』そのものを効率化し、彼らの生活からムダな心配と不安を消し去り始めていた。

 シグマは、作業標準書に目を落としながら、次の手を考えていた。

(在庫管理と発注システムは整った。次は、受注のリードタイム(納期)を短縮するための、工程の標準化だ。異世界とはいえ、JIT(ジャスト・イン・タイム)の概念は必要だ……)
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