騎士の鎧を着た社畜職人、最高の製品を作ったら王国の運命を変えることになった

第1章：騎士の鎧と職人の魂の出会い

第5話：標準作業。リズムに乗ったら納期が半分になった

　PDCA、整理整頓、在庫管理の徹底により、バルカン鍛冶屋の評判は村を超えて広がり始めていた。

　品質が安定し、納期が確実になったことで、依頼は殺到し、作業場は活気に満ちていた。

　しかし、シグマの眼には、この活気の中にも『ムラ』が映っていた。

　昼食を終えた後、シグマは小さな砂時計と、木の棒を持ってきた。

「バルカン殿、ルナ嬢。今の作業には『ムラ』があります」

　ルナは驚いた。

「ムラ？ 剣の品質は均一になったはずよ？」

「品質の話ではありません。作業時間です」

　シグマは説明した。

「ルナ嬢が剣一本を打ち終えるのに、日によって二十分かかったり、三十分かかったりする。バルカン殿の腕は確かですが、日々の体調や気分によって、作業速度に違いが出ています」

　バルカンは腕を組み、不満げに言った。

「職人の仕事に、そんな細かい時間を計る意味があるのかね？ それが『個性』というものだろう」

　シグマは静かに首を振った。

「個性ではありません。それは『ムダ』と『ムリ』を生む原因です。ムラがあるから、次の工程で待つ時間が生じる。それが『仕掛かり品のムダ』です。そして、納期に間に合わせようと焦ることで、体に過度な負担、すなわち『ムリ』がかかる」

　シグマは、その場の床に線を引き、熱入れ、叩き、研磨といった各工程の持ち場を明確に区切った。

「これより、全ての作業に『標準時間』を導入します。私とルナ嬢、バルカン殿の三人で、最も効率的な手順を見つけ出し、各工程にかかる時間を計測します」

　彼は砂時計を手に取り、ルナに一つの剣の研磨を依頼した。

「ルナ嬢の平均的な速度、最も集中力が高く、品質が安定する速度でお願いします。スタート」

　ルナは、自分の作業が初めて細かく計測されることに緊張しつつも、言われた通りに研磨を始めた。

　計測が終わり、シグマが木の棒で壁に数字を刻む。

「研磨工程の標準時間、十七分です。これからは、ルナ嬢が十七分で終えられるように工程を組みます。そしてバルカン殿は、十七分で次の剣をルナ嬢の持ち場に届ける。ルナ嬢が仕上げた剣を、私がすぐに次の工程に運びます。必要なものを、必要な時に、必要なだけ。これが、ＪＩＴ（ジャスト・イン・タイム）の概念です」

　三人の作業は、まるで一つの大きな機械の歯車のように、正確なリズムを刻み始めた。

　初めは時間に追われることに抵抗を感じていたルナとバルカンだったが、程なくその『リズム』の心地よさに気づき始める。

「なんだこれは……休む時間が決まっているようだ。急ぐ必要はないのに、自然と体が動く」

「工具がすぐに使える場所にあるから、ムダに動かなくていいのね。前よりもたくさん作っているのに、なぜか疲労の『ムリ』がないわ……」

　シグマが設定した標準時間は、彼らの肉体的な負担が最小限になるように計算されていた。

　ムラが消えたことで、彼らは常に安定したペースで、集中力を途切れさせることなく作業に没頭できるようになった。

　結果は劇的だった。

　以前は受注から納品まで二週間かかっていた依頼が、この工程の標準化と同期によって八日に短縮された。

　納期が半分になり、店の生産性は三倍以上に跳ね上がった。

　シグマは、整然と並ぶ完成品の山を見て、内心で静かに頷いた。

（よし。現場のムダ、ムラ、ムリは、ほぼ消えた。工房の体制は整った。これ以上の品質管理はあり得ない。あとは、この製品の真価が、市場で評価されるのを待つだけだ）