騎士の鎧を着た社畜職人、最高の製品を作ったら王国の運命を変えることになった

第2章：最高の製品は悪用させない！

第11話：論理に基づいた追跡装備の設計図

　バルカンを寝台に寝かせ、ルナがつきっきりで看病する中、シグマは工房の隅で、静かに、しかし凄まじい集中力で作業に取り掛かっていた。

　シグマの心には、バルカンの負傷に対する激しい怒りと、職人としての譲れない決意が渦巻いていた。

　俺が心血を注いだ、生涯最高の盾だ。

　あれが悪党どもの手に渡り、邪悪な目的に利用されるなど、職人としての誇りが断じて許さない。

　最高の技で作ったものは、悪に与しない。

　悪人の手から、最高の盾を必ず取り戻す。

　彼の目的はただ一つ、『悪人の手から最高の盾を回収する』こと。

　そして、この旅の最も重要な原則は、『リスクの排除』、すなわち『戦闘を避ける』ことだ。

　戦闘経験のない自分にとって、それはリスクマネジメントの観点からも絶対に必要な判断だ。

　バルカン殿の二の舞になっては意味がない。

「ルナ。悪いが、少し手伝ってくれ」

　ルナは心配そうな顔で近づいた。

　シグマは彼女に、工房の片隅に保管されていた最高の盾を作る時に出た端材であるルミナ金属の小さな欠片を指さした。

「これを、極限まで薄く、均一に叩き延ばしてほしい。これが、奴らを追うための道標になる」

　シグマは、ルミナ金属が持つ共振の性質を利用しようとしていた。

　名誉の盾が発する微弱な波動を感知するためのアンテナとして、この欠片を使おうと考えたのだ。

　シグマは木の板に、追跡装置の設計図の概念を書き殴る。

「これが『共振探知機』の設計だ。原理は単純。盾から漏れる波動をアンテナで拾い、減衰率と方向を割り出す。これさえあれば、敵の居場所は数字で明確になる。これこそ、データに基づいた確実な追跡方法だ」

　シグマの論理は完璧だったが、ルナは表情を曇らせた。

「でも、シグマ。もし追いついたら、どうするの？　あなたは……戦い方を覚えていないのでしょう？」

　この問いに、シグマは即座にリスクを排除する決断を下した。

「戦いはしない。俺が戦って盾を壊したり、ルナを危険に晒したりしたら、職人として失格だ」

　シグマは『戦闘回避』を絶対原則とした。

　そして、そのために必要なのは『ステルス性』だ。

　彼は工房の奥から騎士の鎧を持ち出し、その構造と素材を解析した。

　重厚な鎧は防御力は高いが、金属音が騒々しい。

「鎧の音は、周囲への騒音だ。この騒音を消す」

　シグマはルナに、吸音性と耐摩耗性に優れた影石かげいしの粉末を用意するように指示した。

　彼は、鎧のすべての接合部、可動部、そして内側の緩衝材に、影石かげいしの粉末をコーティングする設計を始めた。

「この『静音加工ステルス・アジャストメント』が、俺たちの命綱だ。これで、敵に気付かれることなく、俺の、俺達の最高の製品を取り返す」

　設計図を完成させたシグマの顔には、最高の製品を作り上げた時と同じ、論理と職人の矜持が完璧に噛み合った、鋭い眼差しが浮かんでいた。